第15話 なれるとしたら……
この人は確か、名前……は思い出せないけど、同じクラスメイト……だったと思う。
揚羽が所属しているクラスには女子が25人、男子が20人いるが幼い頃から父に暴力を受けていたこともあり、男子とは正直距離を置いていたし、極力話しかけることもなかった。それ故、何故彼が私の家を調べてわざわざノートを届けに来てくれたのか全くもって理解できなかった。
しかし他に大事な用があってきてくれたのかもしれないし、門前払いするのも失礼かと思ったのでとりあえず部屋の中に招き入れ、お茶を出した。
「あの、俺、五十嵐拓也って言うんだけど、わかるかな?」
彼はソワソワと少し期待するかのように自己紹介をした。
「……ごめんなさい、同じクラスなのはわかるんだけどあんまり覚えてなくて」
その言葉に五十嵐くんは、まじかぁ……と分かりやすいくらいガッカリして気を落として見せた。
「ちぇっ、少しは覚えてるかなって期待したのに」
やっぱあんま話したことねぇし、だめかぁと言葉を続けて五十嵐くんはテーブルの上に項垂れた。しかし、すぐに気を取り直したのかシャキッと背筋を伸ばし、重たそうな学生鞄から次々とノートを取り出して見せた。
「これ先週のやつ、こっちは英語で、これは数学でー」
ドンドンドンとみるみるうちにテーブルの上にはノートが山積みになった。私は何が起こっているのか理解できず、呆気に取られてなんて言葉にしたらいいのか迷った。
「暁さん、ずっと休んでたから何か力になれないかなって思ってさ」
へへっと五十嵐くんは照れくさそうに笑う。その笑顔があまりにも眩しくて真っ直ぐにみることができなくて思わず顔をそらすと彼は不思議そうに首を傾げた。
「……どうして? 私、貴方にそんなによくしてもらう理由なんてないのに……」
誰かに頼まれたのか、個人の親切心なのかはわからないがノートを持ってきてくれたところで学校に復帰する予定がない私にはいらぬお節介というものだ。
しかし、彼は屈託のない笑顔で言った。
「だって暁さんに学校来てもらいたいんだもん」
それは本当に予想していなかった言葉だった。突然私一人いなくなろうが誰も困らないし、誰も気にしないと思っていた。彼のその言葉でモノクロに染まった世界にまた少し色がついたような気がした。
「すぐには無理でもさ、絶対また来なよ」
じゃ、今日は俺帰るね、と五十嵐くんはそそくさと照れくさそうに帰っていった。帰り際に「また明日来るね」と言い残していったから、明日まではまだ生きていてもいいかなと思った。
––––これが私と拓也の最初の出会いだった
「あれ……ここ、どこ?」
ふと意識が戻ると揚羽は真っ黒い空間に一人立ち尽くしていた。今の今まで何をしていたか、何を喋っていたか、何を思っていたか、何も思い出せない。
ただ、声が聞こえた気がした。
「そのまま、そのまま前へ」
どこか懐かしい声のような気がしたがそれが誰なのか全く思い出せない。しかし、その声に導かれ右も左も方向感覚が掴めないまま揚羽は一人歩き始めた。真っ黒い空間がただ続いていく。他の色は何一つない。一人暗闇の中を歩き続けるのは心が折れそうになるが声に導かれるまま、ただ進んだ。
「そのまま、そのまま前へ」
歩いている途中、灰色のドアが見えてきた。そのドアには大きくバッテンが書いてあり、ドアノブには厳重にKEEPOUTと書かれた赤いテープがぐるぐる巻きに巻き付けられていた。
「そのまま、そのまま前へ」
声に導かれるまま、そのドアは通り過ぎることにした。すると通り過ぎてすぐにガタンっと後ろから物音がして、ギィ……と扉が開く音がした。
はぁはぁ、と男の不気味な荒い息使いが聞こえ、本能的に身体が震えた。
「決して振り向かないで」
音に反応して振り向こうとしたら導く声が止めた。
後ろからは「ずっと……ずっと見てるよ……」と男の声が何度も何度も振り向かせようと声をかけてきたが、ぐっと堪えて決して振り向かずに前へと進んだ。
「そういい子ね、もっと前へ」
やがて灰色のドアから遠ざかり不気味な声も止んだ。しかし歩き続けても歩き続けてもいつまでも真っ黒な世界が続いている。もうどれくらい前へ進んだのだろうか? ちっともゴールが見えてこない。
すると今度は刃物のようなもので傷をつけたボロボロの真っ赤な扉が目の前に現れた。やはり、先ほどと同じように扉には大きくバッテンとかかれ、KEEP OUTのテープがドアノブに巻かれている。
今度はその扉からは物音一つせず無事に通り過ぎることができ、私は内心ホッとした。
「もっと、もっと前へ」
導く声にだんだん近づいているような気がした。早くこの暗闇から抜け出したくて私は駆け足で前へと進んだ。やがてまた扉が見えてくる。
今度は何も印が描かれていない、KEEPOUTと書かれたテープも巻かれていない、扉の色は……何故だが認識することができなかった。白、のような気もするし、緑のような、いやピンクかもしれない……とにかく頭にこれといった色が浮かばなかった。
しかし、このままこの空間を彷徨っても仕方がないと思ったのでドアノブに手をかけ、その扉を開けてみることにした。
「大丈夫」
導く声が脳内へ響く。
「きっと貴方の味方になってくれるから」
揚羽は眩い光に包まれて、ぎゅっと目を閉じた。
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