第10話 到着

「近くにタクシーがいたら拾え、もちろん移動費はこちら持ちだ」


 公園内を出た後も言われた通り電話を切ることなく歩き続けていたら、途中タイミングよくタクシーを拾うことができたのでお言葉に甘えて車で移動することにした。タクシーに乗り込んだと伝えると、もう大丈夫だな、と言ってブツリと突然電話は切れた。


 一体なんだったのだろうか? 小さく首を傾げ、しばし手に持っているスマホを見つめて考えてみたがサッパリわからなかった。


 まぁいいか、と半分投げやりに考えることを放棄すると、ようやく落ち着く余裕がでてきたのか、車内に流れるラジオが不意に耳に入ってきた。


『臨時ニュースです。近頃騒がれている連続殺人事件、痛ましくも次の被害者が出てしまいました、被害者はいずれも髪の長い女性が狙われているようです』


 そんな不穏なニュースが流れる中、場の空気を和ますかのようにタクシー運転手のおじさんが話しかけてきた。


「物騒な世の中やなぁ、嬢ちゃんも綺麗で長い髪の毛してるから夜道気をつけないといけないなぁ」


 もしかしてラジオのニュースを聞いて怖がっているのではないかと気を使ってくれたのだろうか?


「……そうですね」


 別に不穏なニュースを聞いたからではないが私は近々、髪を切ろうかなと考えていた。それは、この髪には拓也と過ごした思い出が多く刻まれているような気がして、なんだか急に鬱陶しく思っていた。


 元々、学生の時は髪が肩くらいまでの短いショートヘアーだった。しかし、拓也が「俺、髪の長い方が好きなんだ」と言った何気ない一言から伸ばし、毎日手入れし始めて丸4年。


 昨日まではあんなに愛着のあった自分の髪さえも全て見苦しいとさえ感じた。


 この後もあれこれ気を使ってタクシーのおじちゃんは色々話しかけてくれたが、どうしてもまたモヤモヤとした感情に囚われ、会話に集中できず、上の空のまま李音の屋敷の前へとついてしまった。


 屋敷に着くと、門の前には薫と呼ばれたあのメイドさんが立っていて、タクシーの運転手に何やら見たこともない金色のカードを渡して代わりに支払いをしてくれた。タクシーを見送り、門を閉め終わると薫はクルリと揚羽の方を向き優雅に一礼してみせた。


「先日はご挨拶ができず申し訳ありません、メイドの薫と申します」


 ふわりとほのかに香る優しくてお日様のようないい匂いが鼻をくすぐった。


「え、あ、いえ! あの、暁揚羽と申します!」


 彼女のような優雅な仕草を真似できず、一体どうすればいいのかと狼狽えていると薫は優しくクスッと笑った。


「ふふ、肩の力を抜いてください。お部屋にご案内いたします」


 優雅に身を翻し歩き出す薫の後を、まるで親鳥についていく生まれたての雛鳥みたいにぎこちなく後を追った。


「お荷物はすでにお部屋に通してあります。ダンボールお一つだけでしたが他にお荷物はございますか?」


「あ、私、服とか家具とかあまり興味がなくて最低限しか、その、持ってなくて……」


 本当を言うとお金がなくてあまり身の回りのものにお金をかけてられなかったのだが、口が裂けても正直に言えるわけがなかった。


「ふふ、いわゆるミニマリストさんですか? 素敵ですね」


「あ、あははは……」


 そう言うことにしておいてもらおう……。


 そんな世間話をしているといつの間にか広い玄関を通り、階段を上がり長い廊下を抜け、【AGEHA】とローマ字で書かれた蝶のドアプレートがかけられた部屋に到着した。

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