第5話 悪夢
幸せな夢を見た。拓也と私。二人が永遠の愛を誓い、小さなチャペルで結婚式をあげる夢。そこには私が16歳の時に亡くなった大好きな母もいて、おめでとうと涙を流して喜んでくれていた。
付き合い始めた高校の頃、一度だけ冗談で、でも真剣な眼差しで「将来俺たち結婚しような」と照れ臭そうに微笑んでくれたのを思い出す。高校を卒業してからは拓也は地方の大学へ、私は地元の飲食店で働きながら遠距離で付き合っていた。
でも数週間に一回、必ず電車で数時間かけて会いに来てくれたし、電話も沢山してくれた。私は心からこの人とだったら幸せになれる、この人と一緒になりたいと本気で思っていた。それが今、夢の中でだけど叶おうとしている。
「新婦よ、貴方は永遠の愛を誓いますか?」
神父が揚羽に問う。
「はい、誓います」
真っ白で綺麗なウェディングドレスに包まれて私は胸がいっぱいになりながらもそう答えた。隣には同じく正装した拓也が並んでいる。
どうしよう、夢だってわかっているのになんだか恥ずかしくて顔がまともに見れない……。
「新郎よ、貴方は永遠の愛を誓いますか?」
神父が隣の新郎へ問う。
「それは、もちろん」
不意に聞こえてきたのはあの氷のような冷たい声、あれ、この声は……? すると突然揚羽の右腕が強く引っ張られ隣にいた人物に引き寄せられる。目の前に現れたのは昨日、私自身を一千万で買い取った……。
「り、李音様……?」
高揚していた体からサーっと血の気が引いて行くのを感じた。違う、こんな、こんなはずじゃ……。
「だってお前は俺の女になったんだもんな?」
くすりと人を小馬鹿にしたような笑い声。
「金の亡者め、やはりお前にもあのクズの父親の血が流れているのか?」
人を
違う、違うっ! やめて、やめてやめてやめてッ! 私は、拓也のためッ! 拓也のためにお金がどうしても必要だったのッ!
「それでは、誓いの口づけを」
神父の一言に、ひっ、と小さく悲鳴が出て体が震えた。今すぐ逃げなきゃと踠いて見たものの、しっかりと掴まれた肩は振り解けなくてそのまま強引に顎に手をかけられ引き寄せられる。
「や、やめてーーーーーーッ!」
ゴチンと頭に鈍い音がして目が覚める。酷く暴れたせいかベッドから体ごと落ちてしまったようだ。身体中がとにかく痛い。
「ゆ……夢……?」
そう呟き、ホッと胸を撫で下ろす。でもすぐに自己嫌悪が襲ってきた。
最悪だ、自分で勝手に都合のいい夢を見て、勝手に恩人の李音様を悪者にしてしまった……。私がお願いして、自分で決めたことなのに被害者ぶって本当に最悪だ……。
ぐしゃぐしゃと自分の長い髪をかき乱した後、ゆっくり深呼吸をし、そして気合を入れるため両頬をバチンッと平手打ちで叩いた。
「しっかりしろ、揚羽!」
そう自分を鼓舞した。叩いた両頬は少しヒリヒリしたが、なんだかんだ身は引きしまったような気がした。
時計をみると時刻は午前9時、いくら休日とはいえ、いささか眠りすぎてしまったようだ。ふとスマホを見てみると、拓也から数件の着信とメッセージが通知されていた。昨日眠る前にお金を用意できたから明日会いたいことを伝えていたからその返信だった。
拓也いわくお金は大金だから持ち歩くことは危険なため、送った番号の口座に振り込んで欲しいとのこと。そして今日の午後3時、昨日あった公園でもう一度会おうとの内容だった。そしてさらに意味深なメッセージが一つ。
『結婚する、会わせたい人がいる』
これは一体どう捉えればいいのだろうか? プロポーズにしては文脈がいささか変な気がするし、ましてやメッセージ一つでされてもムードもなくて反応に困ってしまう。間違って送信してしまった、とか? それとも今日公園で会う時にプロポーズされてしまうのだろうか? それじゃあ今見たのは予知夢? いや、李音様には失礼だが悪夢の間違いか。それにもう私は李音様の
––グゥー
そんな難しいことを考えていたら突如、揚羽のお腹がすごい音をたてて鳴った。そういえば、昨日の夜から何も食べていない。
元々幼い頃からあまり裕福な家庭ではなかったため、食べるものもままならず、他の人と比べて少食な方だったが流石に腹に何か入れないとこの音は鳴り止みそうにない。
「そうだ、確かパンとスープがまだあったはず」
昨日部屋を綺麗に片づけたとはいえ、食べ物だけは勿体無くてまだ処分できずにいた。これを食べたら準備をして家を出よう、とりあえず返信はしないで直接会って確かめるとして、あ、荷物は宅急便で送っていいって言っていたからその手続きと、後お金を指定の口座に振り込みに行かなくちゃ……。
先程ベッドから落ちてまだ痛む体を起き上がらせてついに私の人生で一番最悪な日がはじまった––––
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