キミは空へ落ちていく

懋助零

大好きな君と、大好きな海。


私は山田 四葉。

幼なじみのイケメン、木村翔に密かに恋心を抱いている、典型的な少女漫画のような設定(?)の高校生だ。

今日も今日とて、翔に会うために学校に行くのだ。

顔を人目見るだけで心が苦しくなるほど愛おしい……きっと翔のことをこんなに好きな人は他に居ない!!これだけは断言出来る。



さてと、それは置いておいて。


今日は4月5日。

……私の学校は始業式だ。

今日から2年生が始まる。ワクワクする気持ちもあるが、何より私はクラス替えが嫌なのだ。


翔と、クラスが分かれるかもしれないから……!!


こんなのは拷問に近い……既に私の心はズタボロで今にも壊れそうだが、ポーカーフェイスで冷静を装い、家を出た。


顔には心の内が出ていないが、ため息は出た。

「はぁ……まじか……」

あからさまに肩を落として、始業式だとは見えないであろう姿でトボトボと久しぶりの通学路を歩く。


私の学校は、海の近くにあり、通学路は海の匂いがする。私はそれが好きだからここの高校を選んだと言っても過言では無い。


心が落ちている時は大好きな海でも見よう。そう思って少しだけ立ち止まり、ガードレールに手をかけた。


海は朝日と周りの山々が映り込み、空が反射され、なんとも言えない美しい光景を生み出している。


なんなら飛び込んでしまおうか……そうすれば現実を見なくて済むかもしれない……



そんな馬鹿なことを考えていると、誰かに背中をポンと叩かれた。

「ふぁーお」

アホらしい声を出しながら振り向いてそこに居たのは、なんとあの翔だったのだ。


「ふぁお!!!!!」

さっきの強化版のような叫び声を上げてしまった。

変な声を出したのと翔が目の前で私の目をじっと見つめているのも相まって顔が赤くなっていくのが分かる。

「お、おはよー!」

今日も私は、翔にこの気持ちが悟られないように、あくまで幼なじみとして接する。

「おう、おはよ。」

自然と笑みが溢れる。私は翔の目をじっと見つめた。


「んふふ〜」

かっこよすぎて思わず気持ち悪い笑いがこぼれた。直後に自己嫌悪に陥る。

「お、お前なんで笑ってんだよ!!!オレの顔になんかついてんのか!!」

翔も顔を赤くして言った。

もしかしたら少しは意識してくれてるのかも、と若干心を踊らせた。

多分、笑われたのが屈辱だっただけだと思うけど。


私は心の中で自分の頬を叩いて、ドキドキして今にも「尊い」が言葉に出て来ちゃいそうな自分を抑え、平常を装った。

そして翔の顔ではなく、海の方を見て言った。


「私、海好きなんだ。潮の匂いも、波の音も。」

「……俺も、分かる。海好き。特にここは人知れない絶景だよな。海に空写ってて、超綺麗。」


翔が珍しく共感してくれて、とても嬉しい。

私が嬉しさに浸っていた時、


「俺、死んだらここに骨投げて欲しいな…」


翔がそう言った。


「ちょ、ちょっと冗談でもないこと言わないでよ」

私は翔の、どこか悲しそうな顔を見て、本気で心配してしまった。

死ぬなんて、私が翔を幸せにしてからじゃないと許されないの。

「アッハハ。嘘だよ。ありがと、心配してくれて。……安心したよ。」

「嘘なのかい!」

"安心したよ"という言葉が引っかかったが、そこは気にしない事にして、「学校行こ」と声をかけた。

翔はそれに小さく頷き、私の隣につき、歩き始めた。


「私、クラス替え嫌だなー」

「俺も〜。四葉はなんでクラス替え嫌なの??」

「えー、言っちゃう??///」


ここでいっそ告白するのもありかな、と思ったが、告白する時のシチュエーションはもう決めてある。

1日中考えたシチュエーションだ。それを実行しないのはなんだか嫌なので、上手く誤魔化した。


そんなこんなをしている内、あっという間に学校が見えてきた。


「わぁ、桜咲いてるね。」

「綺麗だな………」

私は桜を見る振りをして、翔の横顔を見る。

……貴方の方が綺麗だよ。と言いたかった。


学校の前の桜並木を通り越して、校門から校内へ入り、新しいクラス名簿の表を見る。


「……ドキドキするううううう!!!」


私は心の中で何度も何度も「翔とクラスが同じでありますように」と唱えた。家でも、スマホで調べたおまじないを100個もやってきた。

きっと、きっと大丈夫だ。同じはず。


名簿表を見ながらクラスを回っている時、B組の名簿表に翔の名前が載っているのを見つけた。


「あ!」


自分の名前は載っていないかと、ゆっくり目を通す。


………だが、私の希望は叶わなかった…!


「うっそーーーーーーーーん!!!!」


私は絶望のあまりに叫びながら腰を抜かした。

多分とてつもない変人だと思われていただろうが、この際そんなことどうでもいいのだ。


翔とクラスが違うと私は学校に行きたくない……

不登校にもなりかねない………


もう何もかもどうでもいい気持ちで残りの名簿をチラ見して下を向いて歩いていたら、E組に私の名前を見つけた。


「よりにもよってB組から遠い教室じゃんっ……」


更に追い打ちをかけられ、自分の出席番号が書かれた席につき、新学期早々机に突っ伏した。


クラスメイト全員が揃い、体育館に向かう。

クラスごとの先生が発表されるからだ。


「先生なんてどうでもいいよ……」

私がそう呟いた時、後ろからポンと背中を叩かれた。

「おーい!山田さん?だよねー?」

「……っと、誰ですか?」

明らかにギャル味の強い見た目をしている。


明らかに校則違反だが、そこには触れないでおいた

地雷を踏んだら面倒くさそうだと思ったからだ。


「え、ウチ1年の時結構有名だったんだけどww知らない人いないと思ってたwwwウケるwww」

「は、はぁ。」

ぶっちゃけ何もウケない。

これだからギャルは苦手なのだ。私はそそくさとその場を去ろうとした。が、ギャルはなっがい爪が着いた手で私の制服の袖を掴んだ。


「ちょ、待てよ☆☆」


「……寒。」

急にネタをぶっ込んできた。ほんとにテンションが分からない……こっちはそういう気分じゃない。


「待ってまぢごめんってwウチ松本芽瑠!!めるって呼んでほしーなー?山本さん?」

「はぁ、分かりました。」

自分で言っときながら私のことは名字+さん付けかいとツッコミたくなったが、黙った。

「あ!そしたら山本さんの事はやまもっちって呼ぶねー!!んじゃーまたね!やまもっち!」


……少し気分が明るくなってきがする。

憎めないな、ギャル。


私は改めてそう思い、軽い足取りで体育館に向かった。

始業式が始まり、長い長い校長の話が始まり、先生の発表が始まり、やっと長い一日が終わった。


帰ってきてから、

私は翔とのツーショット写真をスマホで眺めた。


「はぁ、顔面国宝かよ。」

スマホを顔面に落としたが、気にしない。痛いが、気にしない。


この笑顔を守るためなら、私はなんだってやる。


その次の日、私は朝早くに起きて自分のビジュアルを整え、翔の家の前まで行った。

「一緒に行こう」と、誘うためだ。


翔は快く、「いいよ、一緒に行こ。」と言ってくれた。


それが日常になってきたある日、急に翔に、

「ごめん、今日から一緒に行けないかも。ほんとごめん」

と言われた。

なんでかは気になったが、聞かないようにした。

もしかしたら翔に好きな人が出来たのかもとか、そういう理由で自分が傷つかないために聞かなかった。


その日から、たまにお互いを見かけたら、会釈する程度の関係になっていった。


私が思う理想の関係とは程遠かった。


私がそのことに対して悩んでいたある日、ついには無視されるようになってしまった。


私は今まで思うように行かなかった不満を、全て翔に吐き捨ててしまった。


「なんで無視するの!?何があったの!!私の知らない所で、何かあったの?!!言ってよ、言われないと分からない、私何かした??」

「……違う、違うんだ……四葉のせいじゃない…」


また、翔は逃げていった。


私の、翔に対しての気持ちが薄れていった。



学校は、夏休み前の最後の日になっていた。

翔とは、あの日、喧嘩をしてから口を聞いていない。

私の気持ちも、不安定なものになってきていた。


情緒不安定だった私は、気持ちを落ち着かせようと、夏休み前入る前に、海に寄ってから帰ろうと思い、新学期の朝に寄った場所に行った。

先客がいた。翔だ。


「あ、翔…久しぶり」

なんだかよそよそしい挨拶しか出来なくなっていた。

「わっ……な、なんだ四葉か……久しぶり」

翔は尋常じゃないほどびっくりしていた。

その後、会話が弾まずに、無言の時が続いた。

前までは、無言の時も、嬉しくて、楽しくて、ずっと隣にいたいと思っていたのに。


今は、気まずいとしかおもえなくなっていた。


「…遅くならないうちに、帰りなね。」

私は耐えられなくなり、一言残してその場を去った


私が結構遠くまで離れたあとも、翔は無言で海を、真剣な眼差しで見つめていた。




夏休みの最中、私はまた、海を眺めに行った。


次こそは、1人でぼんやりと海を眺めようと。


ウキウキで自転車を漕いでいると、僅かに人影が見えた。それも、ひとりじゃない。数人いる。


結構近くまで行くと、その光景がはっきりと見えた。

翔が、男5人に殴られ、蹴られ、ボコボコにされていた。


翔と同じクラスと思われる男達は、翔に次々と罵詈雑言を述べていた。

「うわっ、ボロボロじゃんか、www」

「こんな姿、お前の好きな奴が見たらどう思うかな〜wwwwww」

「恥ずか死ぬか?wwwウケるなそれwww」


私はその光景を見て、唖然とした。

まさか、まさか翔がいじめを受けていたなんて。


そうわかった瞬間、今までの翔の行動の全てが辻褄に合った。

私を避け始めたのは、自分がいじめられていると勘づかれたくなかったから。

恥ずかしい姿を…見られたくなかったから。


私は涙が溢れてきた。

「ちょっと!やめなよ!!」

私の体は咄嗟に、翔の前に出ていった。

「あんた達の方が恥ずかしいよ!!!!」


私がそう言うと、男たちは舌打ちをしながら自転車を漕いでどこかに行ってしまった。


「…翔、ごめんね、私………」

今まで酷いことをしてしまったと、後悔していることを伝えようとしたら、翔は立ち上がって、走って逃げてしまった。


私はその背中を見て、何も言うことが出来なかった。


あの日から、私は翔の姿を見ていない。

もう夏休みも最終日だ。


わたしが部屋にこもって翔と撮った写真を眺めていると、自分の部屋のドアがノックされた。


「四葉、話したいことがあるの…」


お母さんの、悲しそうな声がドア越しに聞こえる。


背中に、ゾクリと何かがはしった。



嫌な予感が、した。





「翔君が……亡くなったのよ。」




嘘だと、言って欲しかった。


ドッキリだと、言って出てきて欲しかった。



「自殺だそうよ……可哀想に……」



でも翔は、出てきてくれなかった。



私が、近くにいたのに。


寄り添ってあげられなかった。


今まで、私が辛い時は翔が寄り添ってくれたのに。


私は、辛い状況に置かれた翔を、突き放した。



手に持った携帯に写る、翔の笑顔が、もうみれないと、やっと理解した瞬間に、私の目から涙が溢れた。


そんな私に、お母さんは一便の手紙を差し出した。


手紙の封筒に、


"四葉へ。 翔より。"

と、翔が書く綺麗な文字で、綴られていた。


私は溢れ出る涙を抑えきれず、嗚咽を漏らしながら封筒を開き、中から手紙を取り出す。


そこには、こう、書かれていた。





"四葉へ。


初めに言っておくが、これは遺書だ。

四葉がこれを読んでいるということは、もうきっと俺は決心が着いたということ。死の決心が。


俺、いじめられてたんだ。クラスメイトに。

もう耐えられなくて、自殺しようと思った。


だから、これからあの海に行って、飛び込もうと思う。あそこなら、最期に相応しいだろ?


前、ボソッと「死んだらこの海に骨投げて」とか言ったのが、まさかホントになるなんてな。


ごめんな。本当は、もっと四葉と一緒にいたかった。

本当は、ずっと四葉の事が好きだったんだ。

隠してた。最期に言おうと思ったけど、喧嘩中だったし、きっと振られて悲しい気持ちで死ぬなら、このまま死にたいなって。


最後まで自分勝手でごめん。

でも怒らないでくれ。俺にとって、死ぬことが最善の選択だった。


またいつか、会おう。大好きだ。


翔より。"



「せめて、私に相談してよ……!!」

私は涙を流しながら、ひとりで言った。

お母さんは、隣で静かに鼻を啜っている。


私の涙が手紙に垂れ、そこの文字が滲んだ。


私は、手紙をぎゅっと握りしめ、私は家を飛び出した。


後ろから聞こえる、「四葉……!」と叫ぶお母さんのことを見向きもせずに、走った。


あの、翔と新学期にあった海に向かって。


沈みかける夕焼けが、海に綺麗に写っている。

私の気持ちとは裏腹に、波はたたずに大人しい。


私は、海に向かって、そして翔に向かって叫んだ。




「私も、大好きです!!!!!!!!!!!」













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