短編保管庫

大原理玖

ある日のメンテナンスについて

「おかえりコピー」


 チャイムが鳴らされたので玄関の重い扉を押しながら声をかける。


「ただいまオリジナル」


 白いブラウスに黒いパンツスーツを身につけたコピーは少し微笑みながら家に入る。使い古された黒いローファーを脱いでしゃがんで並べた。


「今日は少し遅かったようだね」


「同僚の関さんに夜ご飯に誘われたので、一緒にディナーを食べてきました。ところで、夕食を食べている時にパンを胃の幽門に詰まらせてしまったのですが、こういう時は同僚にどうつたえれば良いのでしょうか?」


 いつもの通りコピーと一緒に薄暗い地下に降りていく。


「胃の調子が悪いと伝えればいいよ。それにしてもまた詰まらせたか。あとで見てみよう。パンを食べる時は水分も一緒に摂取するようにして」


「はい、わかりました。餅を使用した食品、タピオカは細かく粉砕し、パン類、カステラ、ナンは水分を一緒に含んで食道に流します。シベリアは?カステラが使用された食品だと聞きました」


「シベリア?シベリアはよく噛んで、水分と一緒に飲み込んで。牛乳がよく合う」


「はい分かりました」


 暗い地下室への階段を降りていき、入り口の横のモニターに手のひらを乗せる。数秒たった後ピピピと音を立て扉は開かれた。扉が開くと部屋が明るくなる。


 壁は白く、真ん中に歯医者の施術台の様な椅子が置かれている。そして隣にはポッドが置かれている。コピーを収納するためのものだ。他には壁際には白い机といくつかのPC。必要最低限のものが置かれている様子だ。


「はい、ここに座って。今日のメンテナンスを始めよう」とコピーに伝える。


「わかりました」と小さく答えコピーは部屋の中央に置かれた椅子に座る。


 初めに電極のついたヘルメットのようなものをコピーにかぶせる。


「今日の何か確認しておきたいデータはある?」


「15:34頃に部長の田嶋さんに、あなたは言われたことしかやらないと言われたのですがどういう意味でしょうか?」


「命令されてない内容であっても適切と判断したことはやって置いて欲しいという意味だね。これはかなり高度な内容だから、他の人の様子を見て模倣するようにすればいいよ」


「なるほど、この田嶋さんの命令は無視して良いと?」


「構わない。君のプログラム的に難しい。適当に謝っておけばいい」


「わかりました。次からは謝罪をします」


 モニターに映されたその時の情景を再生して流し見る。中堅の男性からコピーが怒られている映像が流れる。私もこういう不明確な命令をされると対応が難しいので、コピーが怒られているのを見るとまるで自分が怒られているかのような錯覚を起こして、肩に自然と力を入っているのを感じる。


「この会話をした時に君は不快感を感じたりはしないのかい?」


「不快感?ないですね。学習内容外なので、対応しかねるなと感じるだけです」


「なるほどな、君のように生まれたかったよ」


「ははは、私を作ったのはあなたなのに。面白いジョークです」


 コピーの視界に光を当て、適切に脳まで伝達をされているかを確認する。次は耳にスピーカーを取り付け確認をする。こうして毎日軽く雑談をしながらメンテナンスをする。


「ちなみに夜に食べたパスタは美味しかったかい?」


 今日の録画データの中に夜ご飯に食べたパスタとパンが映っていた。


「塩分濃度が高いのと、油分も多く含まれていたため、健康を害する可能性はありますが、「関さんはここのパスタが一番だ」とおっしゃっていたのでおそらく美味しいのだと思います。人間は体に悪いものが美味しいと感じると聞いています。残ったソースにパンをつけて食べるとなお美味しいと勧められたので一緒に食べましたが、詰まらせる可能性があるため次回からは断ります」


「そうか、今度私も連れて行って欲しいな」


「あなたと私は同じ顔をしているので、それは難しいでしょう。周りの人間が怪しみます。でも」


「でも?」


「テイクアウトがあります。今度命令があれば、帰宅するときに買ってきましょう。パンは要りますか?」


「ありがとう、パンもお願いしよう。外界に一緒に出られないことを考えると、自分と同じ顔に君を作ってしまったのも考えものだね」


「外界には一緒に出られませんが、私とあなたが異なった顔をしていると公的な手続きを代理することが難しくなります」


「そうだね。頭部は問題なさそうだ、今度は横になろうか。初めに胃の状態を確認しよう」


 ボタンを押すと、椅子がゆっくりとフラットになる。上についたライトを胃のあたりに当たる様に動かして脇腹の部分にあるツメにマイナスドライバーを引っ掛けると体の前面がかぱっと開く。もし私がいなくなった時に私以外の人間でも対処ができるようにアナログな仕組みにしたけども、この自分で体を開き、機械で模したものであるが臓器が露出するという行為が一種のグロテスクさを含んでいるとよく感じる。


 体の前面を開くと、内臓が見える。肋骨はなくても外側の耐久度である程度カバーできるのでメンテナンスがしやすいように排除しており、最低限の人間らしい活動ができる臓器でできている。別に臓器を模したものでなくてもいいのだけれど、なんだか臓器にすることによって人間らしさが生まれると、コピーと作ったあの時思ったのだろう。


 その証拠に身体の全体に酸素を送る必要が無いので心臓は必要ないが、その部分に心臓を模した金属の模型を入れておいた。その銀色の心臓は時々メンテナンスをしている私の顔を映す。


 まずは食道を開いた。この内臓も半分に割ったものを貼り付けたような構造になっており、真ん中から開くようになっている。特に問題はなさそうだ。次に胃を開く。コピーが話をしていたように胃の出口の部分にカチカチになったパンが詰まっている。それをピンセットで取り除いていく。水分を取らずに咀嚼をして送り込むと、ぎゅっと固めただけのパンを胃に送り込むことになってしまう。そしてこうして詰まらせる。それにしても、そんなに詰まるほど大きな塊ではないのだが。


「コピーすまない、昨日メンテナンスをした時に胃と十二指腸の接続部分が少しずれていて幽門部分がうまく機能していなかったようだよ」


 今度は丁寧に接続をして、内臓を閉じる。


 小腸、大腸と動きの確認をして身体をパタンと閉じる。今度は手を開いたり閉じたり、足を曲げたり伸ばしたりする。


 毎日毎日この繰り返しだ。いつまでこれが続くのかは誰にもわからない。


「メンテナンス終わったよ。コピー、何か言いたいことはある?」


「いえ、ありません」


 コピーは何か考えるような表情をした後に、


「ありがとうございます」と言った。


「それじゃあ、おやすみコピー」


「はい、おやすみなさい。オリジナル」


 コピーは蓋がついている隣の台に移動して横たわった。


 私はコピーを抱きしめるように首の後ろに手を回し、そこにあるボタンを長押しした。


 コピーは動かなくなり、少しずつ冷たくなる。手のひらで顔を撫でるようにコピーの目を閉じた。


「コピー、いつもありがとう。わたしは君がいないと生きていけないんだ」


 台のガラスの蓋を閉じて、ぐっと押し込む。そしてボタンを押すと中に半透明の液体が流れ込む。ポットの中を水溶液が満たされるまで5分くらいかかるのだけど、毎日それを最後まで見届けることにしている。


 4年前に私はコピーを作った。私は社会不適合者だったので、私の代わりに社会で働ける自分を作ることにしたのだ。


 コピーも私に似て初めは失敗だらけだったが、私との大きな違いは失敗してもどんなに怒られてもどんなに周りから冷たくされても、精神的なダメージを受けないところだった。


 何度も何度も学習を繰り返すうちに社会に問題なく馴染めるほどの知能になった。今となってはコピーをディナーに誘ってくれる同僚までいる。


 わたしは何度も学習する前に折れてしまった社会不適合者だから社会的に生きられない人間になってしまったが、コピーはそうはならない。コピーに働いてもらい、お金を稼いでもらい、わたしはロボットに養われて生きていくことにした。


 初めは私がコピーにいろんなことを学習させていたが、いつの間にか追い抜かされてしまった気がする。こうしてメンテナンスをする瞬間だけが私の存在意義を感じる。ついに私は家に閉じ籠り家からほとんど出ない、話し相手もコピーしかいない。世界からどんどん取り残されていくのだ。


 ポッドの上に手を置く。


 この肉体はいつまで持つのだろうか。私より先に壊れるのか、私が壊れる方が先かも検討がつかない。


 この体が動かなくなった時に他のコピーを作る財力が私にはない。このコピーが壊れた時、オリジナルだけになり私が外の世界に出て行かなくてはならないのかもしれない。


 そうなった方がいいのか悪いのかは分からない。それでも私はメンテナンスをしながら何かを祈っている。それはきっと愛するロボットが自分を看取ってくれることなのだろう。

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