ボールペンの日

 学ランには胸ポケットがある。親父の頃にはここに「学生手帳」とかいうものを入れてたというけど、今はもうそんなもの無い。少なくとも俺の中学にはない。だけど、胸ポケットに何もないのも落ち着きが悪い気がして、何となくボールペンを刺しておく。そうやって家を出ると。

「あれ? 太郎、胸ポケットに何刺してるの?」

 花子が気易く声をかけてきた。

「ペンだよ。ただの」

「ただの? 何かとんがってるんだけど」

「通天閣土産なんだってさ。アンテナの形」

「危なくない? それ」

「どうやったら危ないんだよ」

「転んだときとかに……こう、ブスっと……」

「これで刺さる転び方ってどんなのだよ!」

「それもそっか」

 ――それだけ話しかけてきておいて、花子は覚えてない。このボールペンは、元々花子が、『家族旅行のおみやげだ』と言って持って帰って来たものなのに。

 とうにインクの出ないボールペンを、密かなアピールのつもりで、彼女が気付くまで胸に刺しておくのだ。

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