弱小英雄だった俺が、なぜか1000年後の世界で崇拝されている件?

とうま

プロローグ

「そんな……」


 果てしなく広がる荒野。戦況を見渡せる高台で、グレーの背景色に『鷲』の模様が描かれた旗を掲げた一同が立ち止まる。その視線の遥か先には、遠くからでも視認出来るほどの敵の大軍がこちらに進行してきていた。


「これは…… 一体……」


 アリゴス王国10番隊『イーグルネスト』の隊長を務める「イオン・ラオーズ」は、目の前に広がる情景に唖然と呟く。

 敵軍の数は1万……5万……

 全ては見渡せないが、おそらく10万近くはいそうな雰囲気。それに対し自軍の数は1000人にも満たない。

 圧倒的なまでの数の差が、そこにはあった。


(どういうことだ……? 今回の戦は軽い小手調べのはず…… こんな大軍など聞いていないぞ⁉)


 自国『アリゴス王国』と、敵国『バレンシア王国』との戦いの日。その初陣となる今日は、軽い牽制をしあって相手の出方を伺うのがセオリーである。

 なので、想定外すぎる情景に、俺は焦りを隠しきれなかった。なにより一番の衝撃は、この情景を目の当たりするまで、王国から一切の情報を知らされていなかったことだ。


「聞いてた話と違うぞ……!!」

「これじゃ一方的な蹂躙じゃねーか……!!」


 後ろの兵士達からも絶望の声が聞こえる。彼らの全員が、自分を信頼して慕ってくれている部下たちだ。

 王国には、他の軍隊がまだ沢山いる。俺の軍はその中でも、一番少人数で構成されている。これは決して『少数精鋭だから』という事ではなく、単純に軍の規模が小さいだけ。俺の人望の問題である。

『圧倒的戦力差・誤った情報・自軍の全員が俺の部下』この情報から導かれる答えは……


「裏切られた……」


 俺の声に周囲がどよめく。

 これほどの大軍。王国側が知らされていないはずがない。つまり王国内の誰かが、俺の勢力を潰そうと意図的に情報を操作した奴がいる可能性が高い。


「そんな!! イオン様は何も恨まれるようなことなど……!!」


 俺の斜め後ろに控えていた女性が強く反論する。赤髪で少し褐色がかった肌をしたダークエルフ。イーグルネストの副隊長にしてエース「アリア・ヴィクトリア」である。

 彼女が言うように、俺は敵を作らない為にひっそりと、王国の命令通りに真面目に責務を全うしていたはず。

 そんな俺でも、唯一思い当たる節があるとすれば……


「『最弱の英雄』それが王国にとっていらない存在だと思った奴がいたのかもな……」


『最弱の英雄』 俺が陰で言われている二つ名。

 アリゴス王国では歴史的経緯で、軍の総大将のことを『英雄』と呼称する。現在王国には、俺を含めた英雄が11人いる。その中で俺が断トツで弱いと、他の英雄達や貴族によく笑われていた。


「イオン様は決して最弱などではありません!! それに、そんな事で私たちが裏切られる理由など……」

「王国全体は英雄を『神話』として、後世に語り継ごうとしている。その中に俺の名前はいらないと考えてもおかしくはない……」

「そんな理由で……」

「とにかく、この状況をどうするかを決めるのが先決だ……!!」

 俺は必死に考える。

 敵の大軍は、すぐそこまで迫ってきている。今から必死に逃げても、背中から攻撃を受けて全滅するのがオチだ。誰かが足止めをする必要がある。


「「「ここは私たちが!!」」」


 俺が思案していると、アリアを含めた5人の兵士が前に出る。5人全員が、俺が特に信頼している直属の部下達だ。全員が敵の大軍にも臆せずやる気に満ちていた。俺を生き延びさせる為なら、ここで死ぬのも吝かでもないのだろう。


「いや、ここは俺一人で食い止めよう」

「「!!!?」」


 そんなやる気を挫くように俺は否定する。そんな意見、誰一人として1ミリも考えていなかったのだろう。その場にいた全員が動揺していた。隊長の俺が、軍を逃がすための足止めに命を懸けるなんて、普通はあり得ない話だろう。


「何を言ってるのですかイオン様!! ここであなた様が死んでしまうなど……」


 アリアは気が狂ったかのように叫んだ。


「いや、ここは俺がやる。お前らだけでは、全員が逃げ延びるための足止めは厳しいだろう」


 これは詭弁。本当は俺一人の力など、彼ら5人の力には遠く及ばない。正直な話、一人を相手するのも大変なくらいだ。

 それはみんなも理解しているのだろう。誰一人納得していない。


「それにいつも言っていただろう? 俺には誰にも見せれない隠された力が秘められてるんだよ‼ だから俺は負けねーよ」


 これも嘘。いつも部下達に負けそうになった時、強がって言い訳する為の決まりゼリフみたいなもんだ。

 普段はいつもはみんな笑ってくれるのだが、こんな状況では誰も冗談だと受け止めてくれない。俺がもう決断していることを、みんな理解しているのだろう。


「私も一緒に戦わせてください……!!」


 そんな中でもアリアは全く引こうとしない。


「お前は今回の裏切り者の正体を探る任務がある。だからお前を連れて行く訳には行けない!」

「嫌です!! 私の身はあなた様に全てを捧げています!! あなた様がいない世界など……死んだ方がマシです!!」

「アリア!! これは隊長命令だ!! 逆らう事は絶対に許さん!!」


 意地でも引かないアリアに対して、俺は強い口調で押し通す。それでも意志を曲げないアリアに、後ろにいたもう一人の女性「リーナ」が、アリアの肩に手を置きながら慰める。


「アリア、これは団長命令だよ……大人しく従おう…… それに隊長には隠し玉もあるんだし、きっと生きて帰ってくるよ……ね、隊長……?」

「ああ、まかせろ。リーナも後はまかせた」

「……了解」


 そう言葉を酌み交わすと、二人は涙を滲ませながら背を向く。


「さあ行け……!! そしてまた再開し、共に酒を飲み散らかそうぞーー!!」

「「「おおおおーーーー!!!!」」」


 こうして彼らは俺から背を向き走り出す。その叫び声は、やるし切れない悲痛のような声に聞こえた。

 そして戦場に残った俺は、長年連れ添ってきた愛馬の頭を撫でる。


「すまないが……お前には最後までお世話になるよ……」

「ヒーン!!」


 俺は向き直す。敵の大軍はもう視認出来るほど近づいていた。


「さあ…… 最後の火花を散らすとしますか……!!」


 敵全員が圧倒的な数の差からか、余裕の笑みを浮かべながら大きな足音を鳴らして着実に迫ってきていた。

 しかし俺の軍が逃避をすることを確認すると、その足を速めて追いかけてくる。

 その地響きは,まだ数百メートル離れている自分の元まで伝わってきており、非常に圧迫感を感じるほどだ。

 正直、俺一人で足止め出来るなんて微塵も思っていない。ただ『英雄の首』を討ち取れさえすれば、おそらく敵も満足するだろうという打算があるだけだ。


「行くぞーー!!!」

「ヒヒーーーーン!!」


 俺は馬を走らせる。全身に鎧をまとい、右手の槍を天に掲げながら。


「あれは…… 英雄イオン・ラオーズだ!! 敵軍の総大将が一人で突っ込んできたぞ!!」

「はん⁉ アホだぞアイツ!! 俺らの数を理解していないのか⁉」

「いや、もしや部下に見捨てられたんじゃないか?」

「ともかく、これで『英雄の首』を討ち取れば、相当な報奨金が貰えるぜ‼」


 そんな笑い声が聞こえる。それでも俺は足を止めない。

 すると敵軍から火炎魔法が放たれた。『火炎魔法』と単純に言っても、数百人が同時に行使した、超巨大魔法である。

 俺は槍をその巨大な火炎に突き刺す。そしてそのまま直撃を受けた。


「うおおおおお!!!!」


 そして火炎を突き破った。しかし俺の鎧は火炎で燃え尽き、一瞬にして全身はボロボロ。そのまま敵軍の中に突っ込んだ。

こうして1対10万。無謀な戦いが始まった。




「イオン・ラオーズ討ち取ったぞーーーー!!!!」

「「「うおおおーーーー!!!!」」」」

 敵から歓喜の叫び声

 約7分間に及ぶ激闘の末。俺は遂に力尽きたのだった。


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