第4話 第四話 『初めまして』

 

 あれから、夢中で本を読み耽っていると小さな窓の外が暗くなって来ていることに気がついた。慌てて本を元の場所に突っ込むと、王室図書館を後にする。等間隔で立つ衛兵以外は誰もすれ違わない広い通路を、相変わらず重いスカートを翻しながら小走りで戻る。思い出したようにキュルルルとお腹が鳴って、誰も聞いてないのに恥ずかしくてドレス越しに押さえた。


「ただいまー」


 私の部屋の横には、衛兵が二人並び立っている。わざわざ二人がかりで扉を開けてくれるのにお礼を言うと、少しだけ見慣れた部屋へと戻ったことに知らず入っていた肩の力が抜けるのが分かった。

 部屋の中にはサラがいて、お帰りなさいませ、と頭を下げてくれる。出ていったときと違って綺麗にベッドメイキングされたシーツに飛び込みたくなるのをぐっと抑える。

 テーブルにはポットとまだ湯気の立つティーカップ。椅子を引かれるがまま腰を下ろすと、温かいそれに口をつけてホッと息をついた。そういえば本に夢中で水分もとって無かった。品は良くないだろうが、ごくごくと勢い良く飲み干す私に嫌な顔せずサラがおかわりを注いでくれる。


「そういえば、夕飯てどうしたらいいかな」


 私の言葉に、すぐにご用意いたします、そう引き下がろうとした彼女に声をかける。


「サラ、ご飯食べた?」

「は、いえ。まだでございますが」


 質問の意図がわからないと目を白黒させる彼女に、お願いがあるんだけど、と続けた私にサラは顔を真っ青にさせたのだった。




 朝と同じく、静かな室内にカチャカチャと食器の音が響く。

 今朝と違うのは、食事をコースでなく全て並べてもらったこと、二人分あること、目の前に、サラが座っていること、だった。

 細かく切った肉を口に運びながら、チラリと前を見やる。血の気の失せた顔は可哀想なほどこわばっていて、ナイフとフォークを持つ手は震えていた。これは、間違えたかな。


「あのさ、サラ」


 恐る恐る呼びかけると、は、はい!と勢いよく顔を上げた。心なしかうっすら涙目だ。


「ごめんね、そんなに気を張らないで。って言っても無理なんだろうけど」


 なんて言ったって相手は王女、普通下働きの者と食事の席など同席しないだろう。それも、散々嫌な態度を取り続けていたであろう王女だ。そう、今回私が確認したかったのはこの部分だった。私、レア王女がどれだけ酷いことをしてきたのか誰かに確認したかったのだ。そのために食事の席を共にしたのだが、余計にストレスを与える結果となってしまって失敗だった。


「実はさ、ちょっと聞きたいことがあって」


私って、今までみんなに対してどんな態度だった?


 ひゅ、と息を呑む仕草にああまた失敗したと悟った。

 大体馬鹿正直に主人に向かって「最悪でしたよ」なんて言うわけがない。しかも相手はレア王女、下手したら首が飛ぶ。


「姫は…大変お優しく…慈悲深い方で…」


 おいおいおいおい。目線はうろうろ顔は真っ青。こんなの初対面の相手にだって嘘だとバレる。この子、こんなに分かりやすくて大丈夫だろうか。でも、まあ、私はレア王女ではないので。


「あーーーごめんなさい。正直に言います。実は、一部の記憶があやふやで」


 私の告白に、サラはえっ、と顔を上げた。

 もう下手に取り繕うのはやめて、正直に言うことにした。この先絶対にボロがでるし、そもそもが面倒くさい。


「ここだけの話にしてほしいんだけど」


 実はここはゲームの世界で、現実世界で私は死にかけていて。なんて言ったらいよいよ頭がおかしくなったのかと疑われるから、なるべくおかしいところがないように、つじつま合わせのような説明を捻り出した。

 ここがどこで、私が誰かは分かっているけれど、みんなとどんな風に過ごしてきたかの記憶が全くない。覚えている人もいるけれど、名前すら忘れてしまっている人もいる。

 そこまでで、サラはまた顔をさっと青くした。話していて気づいたけど、日常生活のほとんどを忘れているってやばくないか?今の私は、王女としての振る舞いも分からない。父親や母親の記憶もなくて、ここに知り合いなんて一人もいない。

 今まで現実感が無かったけれど、急に襲ってきた不安に皮膚がきゅっとつままれるようだった。

 そんな私の不安を感じ取ったのか、サラが私の手をそっと握りしめてくれた。


「それは…ご不安でしたでしょうね」


 ああなんて優しい子なんだろう。こんな優しい子をレアは、よく辛く当たれたものだ。いつの間にか冷たくなっていた手に、サラの温かい体温がじわじわと移ってくる。私は、ぎゅっとサラの手を握り返した。


「だから、改めて『初めまして』だね。よろしく」


 そんな私に、サラも優しく握り返してくれたのだった。


 

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