107.我が子を預けて熱い夜を

 久しぶりに二人きりの夜です。娘のアストリッドが生まれてから、ずっと夜は我が子と一緒でした。エレンと肌を磨き、髪を整え、ひらひらした夜着を纏う。準備は完璧でした。


 本来の自室である二階の主寝室へ足を踏み入れると、アレクシス様が待っていました。ガウンだけの姿ですと、鍛えた筋肉がより映えます。えいっと飛びついた私を、簡単に抱き上げてベッドに下ろします。うっとりと見上げ、するりと首に手を回しました。


 この後はどうするんでしたっけ。先日読んだ恋愛小説を思い出しながら、微笑んだところで……アレクシス様が横に手をつきました。ここで距離が縮まってキスから、熱い夜を過ごすのですね。


 期待に胸を高鳴らせる私は目を閉じ、キスを待ちます。頬、額、顔中に触れるキスは最後に唇へ。そっと離れ、ぎしっとベッドが軋んだ。


「……え?」


 いつまでも進展しない状況に焦れて目を開いた私は、隣で横になるアレクシス様に目を見開きました。私を抱きしめたまま、眠るつもりですか?


「アレクシス様、あの」


「気持ちは嬉しいが、今夜はしっかり休んでくれ。起こされる心配なく眠れるのは、久しぶりのはずだ」


「ええ、ですが」


 だからこそ、アレクシス様のいる夫婦のベッドにいるのですが?


「焦らなくても、ご両親は二週間も滞在される。一度休んでからでも遅くないさ」


「はぁ……」


 微妙に納得できないのですが、そこまで説明されたら正しい気もしてきました。隣で目を閉じれば、すぐに眠りは訪れます。あっという間に意識を攫い、目が覚めたのは翌朝も遅い時間でした。窓から入る日差しから判断して、お昼前でしょう。


「眠り過ぎました」


「奥様、昨夜はダメでしたか」


 私の支度を手伝うエレンが、ちらりとベッドに視線を向けます。さほど乱れていない上、シーツも汚れていないので一目瞭然ですね。


「体を休めて疲れを取ってから、ですって」


「そうですか」


 着替え終えた私は、鏡に映る自分の姿に眉を寄せました。顔に疲れが見えるのは仕方ないとして、横に……こう、ふくよかになったような? これはあれですか、太ったという……。


 ぷにぷにと腹の肉を摘んでみる。過去にはなかったお肉が、しっかりベルトになっていました。


「私、太ったかしら」


「ふくよかな方が幸せそうに見えるそうです」


 うん、太ったのね。侍女であるエレンから見てもそうなら、きっと裸に近い昨夜の私を見たアレクシス様も、そう感じたはず。痩せる方法を考えなくては。子どもがいても出来る運動と、後は食事を減らすくらいかしら。


 気合いを入れた私は、数日でげっそりするほど痩せた。両親が心配するほど没頭したため、頬が痩けたところで中止命令が出ました。アレクシス様は、ややふくよかな私でいいとのこと。


 ただ疲れている様子を心配しただけで、愛情は薄れていないし、飽きてもいないと断言されました。騎士達がいる場所で宣言したため、すぐに砦中に話が広まり……応援されております。今夜こそ、熱い夜を!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る