101.中毒性の強い危険なシチュー

 朝食に差し入れたシチューは好評でした。ご機嫌で部屋に戻った私は、午後のお茶会のために着替えます。お会いしたばかりの貴族夫人やご令嬢を誘ったのですが、思ったより参加者が多くなりました。


「奥様のシチューを食べた被害者が、また出てしまいましたね」


 私の髪をブラシで梳かしながら、エレンは失礼な溜め息を吐く。嫌だわ、そんな言い方をしなくてもいいじゃない。


「皆、美味しいと言ってくれたわ」


「美味しいです。そこは否定しません。絶品料理すぎて、しばらく他のお料理の味がしなくなるんです!」


 そんなことないわと笑い飛ばした。だって一番最初に作った料理はひどくて、涙目で完食したお兄様が三日も寝込んだのよ。すごく落ち込んだわ。その次から、なぜか妖精達が手伝ってくれるようになったの。


 私が味付けを始めると、妖精が上を飛んで粉を落とす。なぜか、味が良くなるのよね。あれは何の粉かしら。


「中毒性があると言いますか、こう……他の料理では物足りなくなります」


「うーん、私は平気よ?」


 この症状は家族だけでなく、試食を頼んだ料理長や執事からも訴えられたわ。でも、私は翌日、ちゃんと料理長の作った食事を美味しく頂けたし。きっと皆の勘違いよ。


「そうでしたね、奥様以外の全員が一時的に味覚が狂っただけですとも」


「もう、エレンったら。シチューを食べ損ねて拗ねたの? また作るわよ」


「食べたいですが、そのあとが辛いのでご遠慮します」


 機嫌が直らなくても、てきぱきと彼女は動く。お茶会用に髪を結い上げた。お招きされた立場ならおろしてもいいけれど、ホスト側なら結った方が好印象だわ。


 辺境伯夫人らしく、落ち着いた色のドレスを選んだ。深緑で裾に金刺繍が入ったシンプルなデザインよ。胸元は刺繍を控えて、代わりに大きなブローチを飾った。ここで光る宝石を使うと下品になってしまう。今回は明るい瑪瑙で、金刺繍と調和させた。


 準備が出来たわ。部屋を出たところで、執事アントンが恐る恐る話しかけてくる。


「あの、奥様。騎士達が昼食の味がしないと、その……」


 何かしたのですか。聞きたい部分を濁す彼に、こてりと首を傾げた。後ろで「やっぱり」と呟くエレンを振り返って微笑む。


「私はお茶会があるから、説明してあげて」


「畏まりました」


 慌てて呼ばれた家令ニクラスにより、アレクシス様の執務室へ案内される。場所は覚えたけれど、貴族夫人は一人で歩き回らないものよ。お母様はそうだったわ。ノックして入室すると、執務机に軽食が残されていた。


「あら、食欲がありませんか? 心配です」


 今夜こそ、セクシーな薄い下着姿で「旦那様っ!」と呼んで、あれこれしたかったのに。一晩中頑張ったあと、腕の中で朝焼けを見たいの。お気に入りの恋愛小説で、とてもロマンティックに描かれていたわ。今夜もお預けかしら。


「いや、ただ砂を噛むようにジャリジャリして、味がしないんだ。それよりあのシチュー、毎日作れないか? 頼む」


 両手で拝む仕草に、私はこてりと首を傾げました。その症状、お父様達と同じです。もしかして、私のシチューのせいでしょうか。

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