67.私にも分けてくださいね

 完全に飲み過ぎました。揺れる馬車の中で、アレクシス様の肩に頭をもたれさせます。倒れないよう支えてくれる腕が逞しくて、温かくて、優しくて。心地よさにふわふわした気分で、くすくすと笑いだしました。何がおかしいのでもなく、ただ気分が高揚するのです。


「立派な酔っ払いだな」


「ふふっ、アレクシス様はぁ……酔っ払いが……きゃっ」


 お嫌いですか? そう尋ねようとした私は、突然止まった馬車の中を転がりかけました。すぐにアレクシス様が腕を引き抱き締めてくれたので、実際はよろけて胸に顔を埋めた形です。


「っ! 旦那様!!」


 切羽詰まった御者の声に、護衛の騎士の剣戟の音が重なりました。ぱちくりと瞬いた私を抱き寄せたアレクシス様は、窓の外を確認するとカーテンを引きます。それから迷いながら、私に尋ねました。


「ヴィー、襲撃だ。戦う間、俺の腕の中にいるか。馬車の中で待つか」


「一緒に!」


 即答でした。間延びした喋り方は吹っ飛び、選択肢はひとつだけ。馬車の中で待つ? それは選択肢にはなりません。だって誘拐されたり人質にされる危険が高まりますし、最強のアレクシス様の腕の中が一番安全ですもの。


「っ、わかった」


 腕を首に回してしがみついた私を、左手で軽々と持ち上げます。それから馬車の扉を蹴って飛び出しました。アレクシス様目掛けて飛び掛かった敵を、騎士が排除するのが見えます。その間もいくつかの攻撃があり、アレクシス様は右腕一本で防ぎ切りました。


 足手纏いなのは承知ですが、そう感じさせないほど動きが滑らかで。昨夜のダンスを思い出しました。あれと同じ、私の体から余分な力を抜いてアレクシス様に動きを合わせます。


 十数人いた賊も、つぎつぎと切り伏せられました。血が飛んで生臭く、悲鳴や苦痛の声が耳を汚します。それでも彼と同じ景色が見られたことは、私にとって大きな経験でした。


「……父上?」


 盗賊の集団に見えた中に、一人だけ離れた位置で不慣れな様子で剣を構える男性。アレクシス様はその男へ向かい、父と呼びかけました。疑問形ですが、確かに面影は感じられます。


 髪色はややくすんで見えますが、目元が似ているでしょうか。心配になりアレクシス様に視線を向けた私は、彼の悲しそうな呟きを聞いてしまいました。


 ――そこまで俺が嫌いか、と。


 ずきんと胸が痛み、涙が溢れそうになりました。でも私が泣くのは間違っています。失礼です。ぐっと堪えて、大きく深呼吸しました。呼吸の音が揺れましたが、誤魔化せたでしょうか。


「さっさとしね!!」


 驚いて見開いた目に飛びかかってくる男が映り、アレクシス様の面影のある顔が苦痛に歪みます。彼は聞くに耐えない声を吐き出しました。怨嗟の響きと表現したくなるような、呪いと嫉妬、羨望……少しの何か。


「片付けろ」


 まだ息のある父親を前に、騎士達へ指示を出すアレクシス様の瞳は、乾いていました。親子の情を断ち切ったとしたら、悲しいことでした。胸に穴が開いたなら、私がそこを埋めます。あなたを全力で愛しますから、お願いです。


 一人で悲しまないでください。その重さを私にも分けてくださいね。

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