28.アレクシス様の実家のお話は禁句のようです

 家族の顔合わせを終えて、ふと疑問に思い尋ねてしまいました。


「アレクシス様、私……メランデル男爵家へご挨拶に向かわなくていいのでしょうか」


 我が家は勝手に押しかけてきましたが、あれは異例です。そもそも私が勝手に押しかけたので、両親や兄はアレクシス様へしっかりお詫びもしていきました。たくさんの贈り物がその証拠です。受け取る際に恐縮してらしたけれど、これは当然の権利なので安心してくださいね。


 届いた贈り物をリストと照合するアントンが「若奥様!」と声を上げます。遮るタイミングでしたし、アレクシス様の表情が暗くなりましたので……私は一礼してアントンの方へ向かいました。


「お呼び立てして申し訳ございません。こちらをご確認いただいてもよろしいでしょうか」


 さりげなく用を作って、アレクシス様から遠ざけられます。どうやら実家のお話は禁句のようですね。私は努めて明るく、何も気づかなかったフリで手を振りました。


「後で夕食をご一緒しましょうね、アレクシス様」


「ああ、私は書類を片付けてくる」


 執務室へ歩き出すアレクシス様を見送り、私はアントンに向き直りました。手にしたリストはそのままお返ししますわ。いくら目上の公爵家からの贈り物でも、女主人がリストを手に確認作業をするのは子爵家以下ですもの。王家からの贈り物なら別ですが。


「アントン、禁句なの?」


「はい。メランデル男爵家の皆様は、旦那様を蛇蝎だかつのごとく嫌っておられます」


 蛇蝎のごとく……つまり激しく忌み嫌っているのですね。普通に縁が遠い程度の場合には使わない表現でした。末っ子の三男とお聞きしていますが、一般的に末っ子は愛され甘やかされるのではないでしょうか。上に兄が一人の私もそうでしたわ。


 アレクシス様に聞いたら傷つけてしまうでしょう。執事のアントンは代わりに答えてくれるようです。ここで事情を尋ねておきましょうか。


「なぜですか?」


「……あの家の方々は戦いから戻られた旦那様に、会いに来られました。まだ包帯が取れぬうちはお優しかったのですが。傷が露わになると暴言を吐きました」


 言葉遣いが崩れてきましたわね。それほどの暴言だったのなら、アントンも口にしたくないはず。私は遮るように右手を彼の前に立てました。


「実際の暴言は結構よ、きっと気分が悪くなるような言葉でしょうね」


「はい。もし許されるなら、あの場で私が剣を抜きたいと思うほどの……」


 堪えきれない感情を恥じるように、アントンはきゅっと唇を噛みました。礼儀正しい執事である彼をして、ここまで言わせるほどの……暴言です。私が聞いたら、メランデル男爵家を滅ぼすかも知れません。


「アレクシス様に謝ろうかしら」


「いえ、触れずにお願いいたします。何も気づかなかったようにお振る舞い下さい。旦那様は若奥様が心を痛められたことに対して、罪悪感を覚える方ですから」


「わかったわ」


 お礼を言ってその場を離れます。ハンカチで目元を押さえたアントンは、すぐに執事の仮面で仕事に復帰しました。お母様やお父様に相談するべき? でも勝手に動いてバレたらまずいわ。あれこれ考えた末、お母様へお手紙を書くことにしました。


 メランデル男爵家の噂や評判を知りたいと、遠回しに何かあったことを匂わせて。社交界を自由に泳ぐお母様の情報網なら、きっと知りたい情報が集まるはずです。先ほど顔を合わせたばかりの娘がすぐ手紙を出したことで、察しのいいお母様ならピンと来るでしょう。


「そういえば……お兄様とミランダ様の結婚式がもうすぐでした」


 出席は二人揃って頼むとお兄様に言われ、アレクシス様が困惑しておられました。ドレスはアレクシス様の色を取り入れて、豪華に仕上げましょう。そうと決まったら、すぐ手配しなくては!

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