13.何故ベッドに入る?――辺境伯
この屋敷にエールヴァール公爵令嬢がいる。それだけで胸が騒がしく、落ち着かない。
離れているが、いざとなれば駆けつけられる距離の客間を当てがった。この屋敷で最高の日当たりを誇る部屋だ。
それを彼女は断った。女主人の部屋でなければ嫌だと……大急ぎで夫婦の寝室へ繋がる通い扉を施錠した。間違って彼女が開けないようにだ。
いくら惚れたと口にしていても、本心など分からぬ。実際、この顔に傷が出来た途端、女は離れていった。国を救った功績を讃えられるが、誰一人嫁に来ない。これが現実と己に言い聞かせ、ようやく諦めがついたのに。
「何故、妖精姫なんだ」
高望みした過去がないといえば嘘になる。しかしこれ程、格差のあるご令嬢を望むほど身の程知らずでもなかった。元男爵家の末っ子、戦うことに特化した醜い男に……各国の王侯貴族がこぞって求婚する美貌の公爵令嬢。釣り合うわけがない。
不意に、窓の外に気配を感じた。誰かいるのか。先代辺境伯夫妻から譲り受けて以来、この主寝室は一人で使用してきた。窓際に近づくと、カチンとノブを回す音がした。当然執事のアントンが施錠している。
侵入者かと眉を寄せ、短剣を確認した。普段ならこの屋敷に襲撃者はないが、今は麗しのご令嬢を預かっている。気を引き締めてカーテンを開ければ……まさかの光景だった。
薄着にガウンを羽織った華奢なロヴィーサ嬢だ。肌寒いのか、少し震えていた。扉を開けて「夜這いに来ましたの」と抱き付く彼女を受け止め、テラスの手すりを確認する。
何か道具を使用した形跡はない。しかし、助走もなしに飛び越えられる距離ではなかった。妖精姫の名が示す通り、ふわりと飛んだとでも?
「ひとまず中へ」
ガウンの下が室内用の寝着だとすれば、さすがに寒いだろう。大急ぎで扉を閉め、廊下側の扉を少し開いた。執事を呼ぶためにベル紐に手を伸ばす。
「ダメです、人を呼ばないでください」
「あ、ああ……」
この俺と二人で密室、嫁に行けなくなる醜聞だ。これは気が利かなかったな。廊下側の扉へ向かう彼女を見送り、終わると思った。なのに、当然のように扉を閉めて戻ってくる。
「……戻るんじゃないのか?」
「戻りますわ。アレクシス様のベッドが、私のベッドですもの」
うふふと微笑む彼女は美しく、飛びつく髪や肌から良い香りがした。種類はわからぬが、花の香りか。両手を広げて俺の硬い体に頬を寄せ、見上げて嬉しそうに笑う。くらりとした。抱き締めないよう、両腕を組む。
「っ! 送っていこう」
「いいえ、ベッドで待つのが作法でしたかしら」
当然のようにベッドへ入り込み、ロヴィーサ嬢は手招きする。未婚の淑女が何をしているのだ。妖精姫の婚約者に選ばれた意図は理解していた。彼女を他国の襲撃から守り抜け、それが王命だろう。
圧倒的な強さを誇る竜殺しの名を、妖精姫を守る盾として使うだけ。いずれ彼女は相応しい男の元へ嫁ぐ。なのに、どうして俺のベッドでガウンを脱いでいる?!
「……早くなさって、アレクシス様」
何も出来るわけがないだろう!
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