12.君は、何をしているんだ
結婚前の純潔なんて、さほど重要だと思っておりません。大好きで大切な殿方が目の前にいて、襲わないのは淑女として失格ですわ。ご夫人方はお茶会でそう仰ってました……たぶん。
あやふやな記憶を辿り、順番を適当に繋ぎ合わせた結果、襲う覚悟が決まりました。公爵家からついて来てくれた専属侍女のミアに指示して、薔薇の香油を用意してもらいます。
マッサージを兼ねてたっぷりと使用し、ツヤッツヤに仕上げました。髪にも専用の香油を垂らし、丁寧に梳いて乾かします。これで全身完璧ですわ。鏡の前でくるりと回りました。
薄く透ける白いレースは、殿方の心を鷲掴み! とお店で宣伝していました。きっとアレクシス様のお気に召すと思います。でもこの格好は少し恥ずかしいですね。上に一枚ガウンを羽織り、深呼吸。
「もう寝るわ、下がって頂戴」
早めに侍女を下げ、通い扉を見つめる。夫婦になったら、あの扉を使うのでしたね。結婚前は夜這いなので、窓から侵入が正式なマナー。
社交界でもその妖艶さで有名なシベリウス侯爵夫人の言葉を思い出し、何度も自分に言い聞かせる。私は魅力的、殿方なら誰でもむしゃぶりつく……ところで、むしゃぶりつかれたら、どうなるのでしょう。骨についたお肉のように、食べられてしまうのかしら。
こてりと首を傾げ、引き出しに片づけた日記帳を確認する。まず窓の手すりから跳んで侵入、ベッドに潜り込んで待ち、肩紐をずらしてお誘いする。可能なら足も際どい部分まで捲っていい。鍵付きの日記帳の後ろにある白紙に書いた夜這い作法を復唱し、再び鍵を掛けて引き出しにしまった。
完璧よ。では参りましょう。
ガラス扉を開けば、満天の星が私を祝福しているよう。女神様も応援してくださってるわ。そう決め付けて、やや肌寒いテラスの扉を閉めた。手すりの高さはお腹の辺り、走って飛び乗るのは危険ですね。
壁に手をついて、手すりの上に立ちます。幅がある手すりで助かりました。ここから跳んで……届くかしら? 当初の想定よりギリギリ、いえ、危ないと思う。
「妖精王様、お助けくださいませ」
『お転婆もほどほどにせよ。此度はなんだ?』
「隣のお部屋のテラスに行きたいんですの」
返事はないけれど、ふわりと足元に光が集まりました。目立ってしまうけれど仕方ありません。自力で跳んだら落ちてしまいます。光の上をすたすたと歩いて渡り、妖精達にお礼を言って頭を下げました。
光の橋を作ってくれたのは、妖精達なのです。以前からいろいろと助けてくれましたね。カーテンのしまった扉のノブを回し、がちんと硬い音に阻まれます。なんてこと! 戸締りされていますわ。
すっかり忘れていたけれど、一般的に窓の鍵は執事や侍女が確認します。夜の危険を避けるためですが……夜這いも阻むのですね。この場合の対処は、シベリウス侯爵夫人から聞いていませんでした。
「困りましたわ」
「…………君は、何をしているんだ」
呆れた、そう匂わせる声が聞こえてカーテンが開き、室内の間接照明が漏れ出します。かちゃりと鍵を開ける音で、扉が開かれました。
「夜這いに参りましたの!」
順番が狂いましたが、えいっと勢いよく婚約者の胸に抱きつきました。
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