09.女主人のお部屋を希望します
「答えは簡単ですわ。私は家を出る際に覚悟を決めておりました。アレクシス様に嫁ぐと両親にも挨拶を済ませ、荷物を運ばせましたの。お分かりでしょうか」
「断ったら、帰る家がない……と?」
「ええ、さすがはアレクシス様です。もちろん望まないのに泊めてくださる方はいると思いますが、そのくらいなら潔く身を処しま……」
最後まで言い切る前に、ぐっと口を塞がれた。大きな手のひらが温かい。そうでなく、ここで言葉を封じるならキスしていただかないと。期待していたのに残念ですわ。
「誰からも愛され望まれる若き乙女が、軽々しく身を処すと申すでない」
「はい、それがアレクシス様のお望みでしたら、私は従いますわ」
困ったと顔に書いて、分かりやすく項垂れる。アレクシス様って本当に初心なのですね。微笑ましく見守る私に、アントンが報告を口にしました。荷馬車の私物をすべて回収したそうです。
「分かりましたわ。では一度公爵家に戻り、残りの荷物を運んでくださいね」
「そんなに入らんぞ」
ぼそっと呟かれ、少しだけ考えます。後ろで指示待ちの侍従へ命じました。
「旦那様のご命令よ、他の荷物はすべて処分して頂戴」
「かしこまりました」
エールヴァール公爵家の侍従は、私に絶対服従です。愚かにも逆らって、お父様に解雇された方もおられましたっけ。
「いや待て、なぜ捨てる」
「捨てるのではありませんわ」
ほっとした様子のアレクシス様に、笑顔で説明します。ところで、先ほど旦那様と呼んだのは気づいてくださったかしら。アントンはこっそり涙を拭って「旦那様にも春が」と感動しているけれど。
「ドレスは型落ちしても生地は上質ですし、家具もまだ使えます。貴族や裕福な平民の皆様に売りに出しますのよ。私が所有していたと聞けば、高値が付きますわ」
購入者は主に信奉者の方々でしょう。何に使うか知りませんが、以前はカーテンも売れましたのよ。
「…………わかった、荷物は全部ここへ運べ」
「はい、ではそのように」
勝ったわ! 帰っていく荷馬車の音を聞きながら、レードルンド辺境伯家の屋敷に足を踏み入れました。入り口の古風なシャンデリアも見事ですが、玄関ホールのステンドグラスも素敵。窓ではなく天井に設置しましたのね。
花や動物の形に作られた模様が、円形の天窓から降り注ぐ日差しで床に描き出されます。見事ですわ。これほどの作品を作らせたら、今だと屋敷ひとつ分くらいしますね。
褒め称えながら、屋敷の二階へ案内されました。南にテラスのある、大きな窓が特徴のお部屋です。白木の家具に合わせて、全体にクリーム色と深緑で統一されていました。
「ここで良いか?」
「……アレクシス様のお部屋はどちらですか?」
とても素敵なお部屋ですが、続き部屋への扉が見当たりません。左側は位置からしてお風呂やクローゼットの扉でしょう。北に廊下がありますので、西にも扉がないとおかしいですわ。
小首を傾げる私に、彼も不思議そうに首を傾げました。何を尋ねられたのか、そんな顔をしながら答えてくれます。
「一番端の部屋だ」
「でしたら、その隣が私のお部屋ですわ。ここではございません」
「……一番日当たりがいいぞ」
「日当たりより、あなた様の隣のお部屋を希望いたします」
夫婦の部屋は隣り合っており、必ず間に通いの扉が用意される。廊下に出なくとも、互いの部屋を行き来できるようにするためです。このお屋敷の古さなら、絶対に続き扉のある女主人の主寝室がある。
私の予感は当たったようです。くすくす笑うアントンが、前辺境伯夫人のお部屋に案内してくれました。
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