07.戦闘で勝てなくとも恋愛は負けませんわ
王宮前の貴族用ロータリーへ用意した馬車に乗り込みます。私が狙われる危険性は十分ご理解いただけたので、行先はレードルンド辺境伯家が王都に所有する屋敷でした。特に行き先を告げませんが、すでに御者は承知してるはず。
揺れる馬車の中、アレクシス様はどうしても馬車の前方に座ろうとします。淑女に後部席を譲るのはマナーですが、折角狭い馬車の中ですもの。密着したい私としては受け入れられません。
「アレクシス様、お隣りへどうぞ」
「いや、さすがにそれは失礼であろう。あなたはエールヴァール公爵令嬢なのだから」
やや砕けた口調で仰っても、あまり意味がありませんわ。それに呼び名が間違っております。
「ヴィーとお呼びくださらないの?」
「さ……先ほどは、その……失礼した。ついカッときて」
「私のために怒ってくださったのね。ありがとうございます、アレクシス様」
ぱくぱく動いた口は、それ以上の言葉を吐かなかった。喋るだけドツボに嵌まることを気づいたみたい。脳筋じゃなくて頭の回転もいいんですのね。嬉しく思いますわ。
揺れる馬車の中で立ち上がり、中央に座るアレクシス様の左側に体をねじ込みます。無理やりお尻を詰めたら、慌てて右へ寄せてくださいました。助かりました、お尻はしっかり大きい方ですの。ですが座った勢いで胸を腕に押し当てる計画は、残念ながらダメになりましたね。
「っ、その……動いている馬車の中で立つのは危険だ」
「ご心配嬉しく思います。でも倒れたら助けて下さるのでしょう?」
「それはもちろんだ! が……危険は避けて欲しい」
「はい、旦那様」
「……それは早い」
早いけど、嫌ではないのですね。ほっとしました。こうやって隙間を埋めるように詰めていく手法は、高位貴族が外交でよく使う手段です。男爵家の末っ子から成り上がった辺境伯であるアレクシス様は、おそらくご存じではない。知っていて、逃げ場を奪うなんて悪い女ですわ。
自覚があるので、この体と心をすべて捧げ一生懸けてお詫びいたしますわね。にこにこと笑顔を振り撒き見上げる私に、アレクシス様は耐えきれず馬車の中で立ちました。でも背が高いので天井に当たります。すぐに後部席へ座りました。
予定通りですわ。両足を広げて、今度は隣に座れないよう画策するアレクシス様の抵抗が、何ともお可愛らしいこと。この程度想定内です。
照れて赤い顔を隠すように腕を組んでそっぽを向く。座る席を中央へ移動し、がたんと大きく揺れたタイミングで開いた足の間に座りました。
「なぁあ!?」
「ふふっ、私のために開けてくださったのですね」
よろめいたフリで、アレクシス様に寄り掛かります。これで突き放すために押しのけることも出来ず、ぎこちない手で支えるばかり。女性の体のどこに触れたら無礼なのか、判断に困っているご様子で安心しました。これで手慣れた所作で抱き寄せたら、顔をグーパンでしたわ。私の拳が折れそうですけれど。
女性慣れしないアレクシス様の手を導き、腰に回していただきました。
「これなら安定しますわ」
「それは良かった……ん? 良かった、のか?」
「はい、転ばずに済みます」
戦闘では勝てないですが、恋愛では勝たせていただきます。手加減は出来ませんわよ、竜殺しの英雄様。
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