four

 スマホ画面に映る少年は、目を丸くした。『なにこれ...テレビ?』と言いながら、涙と鼻水を日焼けした腕で拭う。


 ティッシュで拭け、と思いつつ、井ノ坂は他人事に思えなかった。 

 少年は、幼い頃の井ノ坂そのものだった。首まわりが伸びたTシャツにも見覚えがある。小学校高学年の時によく着ていたものだ。


 子どもの頃の動画を見ているようにも思えるが、井ノ坂が手を振ると、少年も手を振り返してきた。


 極めつけは、背後に見える滑り台だ。井ノ坂のいる公園にも同じものがある。ただし、塗装が剥がれかけ、雪に埋もれている目の前のそれとは違い、画面の向こうの滑り台は、塗りたてのペンキが陽に照らされてピカピカしていた。


 目に映る事実が、“ 過去と通信している ”ということを如実に物語っていた。





 「井ノ坂、宿題だ〜。宿題をやらんか〜」

 

 井ノ坂は、唇を“ への字 ”に曲げて言う。


 『ひゃはははっ! 似てる! めっちゃ似てる!』


 少年がゲラゲラ笑うので、井ノ坂は調子に乗って何度も“ への字 ”を作ってみせた。

 

 『もうやめて! お腹痛いっ! ははははっ』 


 「はぁー、懐かしいなぁ...熊川先生。元気してるか?」

 『元気だよ。いつも怒られてる』


 井ノ坂は、苦笑する。


 『おじさんの時も熊先だったの?』

 「ん...まぁな」


 おじさんは、未来の君なんだ。

 口から出かかった言葉を井ノ坂は飲み込んだ。大人になった自分がこれじゃがっかりさせるかもしれない、と思った。

「それより」と井ノ坂は、切り出す。


 「ミオちゃんには、会えたのか?」


 ペットボトルのコーラを口に入れた少年がブッと吹き出して、画面を濡らした。


 「おい! 俺のスマホ!」

 『だ、だって!』

 「毎日公園に居るのは、その子に会いたいからなんだろ」

 『どどどどーしてそのことを!?』

 

 井ノ坂は、遠い記憶をコマ送りするように、少女が微笑むのを思い浮かべた。胸のあたりがくすぐったくなる笑顔だ。

 一度会って名前を聞いたきり、なかなか会えなかったな、と思い返す。


 「ちなみに彼女は、隣町に住んでて、おばあちゃんの家に泊まりにくる時しか会えない」

 『なんでそんな情報まで!?』

 「いいから。もし会えたら、何でもいいから自分のこと話せよ。自分をアピールするんだ」

 『わ、わかった......もしかして、おじさんってエスパー?』


 「おじさんは...」


 何と答えればいいやら迷った井ノ坂は、苦笑して言った。


 「ボクサーだ」


 ふと公園の外から見覚えのある人影がこちらに向かってくるのが目に入った。

 

 「やばい。少年、また連絡する」

 『あっ、おじさ ── 』

 

 井ノ坂は、慌ててスマホの通話終了ボタンを押した。


 「傘も持たないで行っちゃうんだから」

 「ミオちゃん...」

 

 人影は、井ノ坂の妻だった。差してる傘とは別に、もう一本持っている。


 「で、スマホは、見つかったの?」

 「あ、いやぁ、まだ...」

 「えー、この間買ったばかりじゃない」


 妻は、呆れたという表情をした後、井ノ坂の顔を覗きこんだ。


 「何かいいことあった?」

 「え...どうかな」


 「そうか。そうか」と妻は頷くと、井ノ坂に傘を差し出した。


 「帰ろう」

 「だな。腹減った」

 「御節おせちまだ沢山余ってるから協力してって、お義母さんが」

 「また御節かぁ」


 井ノ坂は、公園を後にしながら、また明日電話してみようと考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る