少女漫画のような恋をする話

冲田

少女漫画のような恋をする話

 思えばその気づきは、幼稚園児ようちえんじの時。おままごとをしていたころにもさかのぼるだろう。

 おもちゃのキッチンを囲んでひろげられるごっこ遊びで、一番人気の役柄やくがらは“お姉さん”だった。次に妹や赤ちゃん、ペット。そのあたりがまるととなりの家のお姉さんが出現する。

 お母さんも当然、なかなかの人気職ではあった。けれども、なぜか普通にお母さんをするよりも、お母さんの代わりに家事をするお姉さんが好まれた。

 圧倒的あっとうてき不人気職はお父さんだ。それはけれども仕方がない面もあって、おままごと遊びに参加するのは、ほとんどが女の子。お父さん役をやろうなんて人は、そういないのだ。

 そうすると、お父さんは“出張に行ってること”になり、ひどいときは“死んだこと”になってしまって、お父さん不在の家庭が出来上がっていた。それが、ごっこあそびが円滑えんかつに進むための、舞台設定だったのだ。



 今の私は女子高生。

 すれ違えば誰もがかえる美少女とは言えないけれど、地味すぎず派手すぎず、ちょうど良く整っていると思う。程よく友達に囲まれて、教室ではこいバナなんかにはなかせる。

 そして、程よい女でいることが、これからつむがれる物語にはちょうどいい。



 始業のチャイムの少し前に、だるそうな男子生徒が教室に入ってきた。とたんに、教室内の女子たちは色めき立つ。彼は学年一か学校一かともうわさされているほど端正たんせいな顔立ちをした、いわゆるイケメンなのだ。

 目鼻立ちが良いのはもちろんのこと、無造作風なのにキマっている少し長めの茶髪ちゃぱつ、ピアスとくずした制服でちょっとワルそうな雰囲気ふんいき、その全てがかれに似合っていた。

 当然、とてもモテた。モテすぎてもう女にはきた、興味ねぇよくらいの態度だけれど、それでも女子生徒は彼に寄っていくのをやめない。一緒いっしょに話をしていた友人たちも例外ではなく「ヒロくん、今日もカッコいいねぇ!」と言いながら、だらしない表情で見惚みとれている。



 そんな中、私の立ち位置はこうだ。


「そう? まあイケメンだとは思うけど……タイプじゃないかなぁ」


 目の前のイケメンにまったく興味がなさそうな態度をとると、友人は信じられない! と目を見開いた。


「ヒロくんがダメなら、この学校で他に誰がいるっていうのよ?」

「そんなに言うほど?」

「ファンクラブまであるらしいよ」


 へぇ、と私はうなずいて見せる。

 まあ、口ではそうは言っていても、実は私も彼には興味深々だ。今はほとんど話もしないクラスメイトでしかないけれど、ちょっとずつ接触せっしょくを増やしていって、まずは「ふぅん。おもしれー女」と言われるのが目標。



 その第一段階はまもなく達成した。おもしれー女に昇格しょうかくしたあとは、イケメンくんの方から好意を示してくれて、関わりを持ってくるようになる。私はウザそうな、でもちょっとうれしそうなそぶりをしながら彼と接する。

 さあ、そろそろ第二段階。



「ヒロくんの家で勉強会?」


 私と女友達、それからヒロくんとその男友達でグループで仲良くつるむようになったころ、そんな話が持ち上がった。


「そう! もうすぐ期末テストだろ? ヒロめっちゃ頭いいしさ、みんなでわからないところ、教えてもらおうぜ!」

「はぁ? なんでおれんちなんだよ」


 男友達に話をられて、ヒロくんは気だるそうな表情をさらにゆがめた。


「お前んとこの親、夕方から夜勤でいないんだろ? 気楽じゃん」

「まあ、そうだけど……」

「夜は、二人きりにしてやるからさ!」

「はぁ⁉︎ なっ……誰とだよ!」


「え? ご両親とも夜勤なの?」

 私が思わず割り込んで聞くと、ヒロくんの表情がさっとくもる。


「いや、親父は……俺がガキんときに女追いかけて、出てったらしい……」


 そっか……ヒロくん……実は母子家庭で、ひょっとしたら色々かかえてるんだ……。


「ごめん、気軽に聞いていいことじゃなかったよね……」

 私はしゅんとして、うつむいた。




 ──あーあ。外した。不幸系イケメンだったか。

 私は苦労して得た情報を持って、との秘密のまりに向かった。


「そっちはどうだった? たしかルームシェアパターンだっけ?」

「そう。親の転勤についていくのがいやで一人暮らし始めるはずが、なぜか賃貸が二重にじゅう契約けいやくになっててルームシェアはじめたよ。まあまあラブラブになってからそれとなく聞いたけど、親はどうやら普通のサラリーマンだわ」

「こっちはごく普通の、仲良し同居家族だったよ」

「私は当たりだったよ! ま、両親が海外赴任ふにん中に一人で住む家があの高層マンションって時点で、勝ちは決まってたかな」


 私たちはわいわいと、そんな情報じょうほう交換こうかんをする。



 これは、この世界の真実に気づいた者たちの集まりだ。

 私たちのようなの女の子が、なぜか高嶺たかねの花のような男性に好かれて、ドラマティックな恋物語が紡がれる世界。

 そしてこの世界では結構な確率で、そのイケメンは一人暮らし。そこには様々な家族の物語があるけれど、いき着くところは、なんらかの形で両親が疎遠そえんであったり死別していたりすることが、多いのだ。

 きっとおままごとと一緒。人気の役割ではないし、私たちヒロインとイケメンヒーローが愛をはぐくむストーリーにとっては、スムーズに事が進む舞台が出来上がるのだろう。その物語はヒーローの役どころの、スパイスにもなる。



 今回のターゲットは高層マンションの彼に決まった。

 私たちのもう一つの顔、それは簡単に言ってしまえば詐欺師さぎし、または泥棒どろぼう。家族が近くにいない世間知らずのおぼっちゃんは、良いカモなのだ。

 キラキラとした青春恋愛ストーリーが一転、不穏ふおんなものに変わってしまうけれどね。




おしまい

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少女漫画のような恋をする話 冲田 @okida

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