第5話 4月の4「体験入部(餃子焼き部)」

 じゅ~……


 放課後には、はっきり言ってやばい。腹が減る。調理室の隅で、実習調理台を囲むのは、俺と二人の二年生。


 真ん中のホットプレートでは、透明ガラスのフタを通して、きちんと5×3で整列した「ミンミーン餃子」が、蒸し焼きになっているのが見える。



 なぜ俺がここにいるのかというと。

 昨日倉田が調べた部活一覧で、たしかにほとんどの部活(全256部活中236)は五人以下だとわかったが、そのなかでもニッチなものにいくつか体験入部して、その前後のクラスでの反応ーーグループSNSや、休み時間の反応が一番悪そうなものに所属するため、だった。


 四月中はどこのクラブも体験入部でき、来る者も去る者も拒まない。俺が多少緊張して初めて調理実習室のドアを開けると、『餃子焼き部』の二年生男子と女子が歓迎してくれた。

「秋沢君はオーサカ王将とキョート王将どっちが好きなんだい?」

「いや、もしかして、リンギャーハットかもよね! それか、カマクラとか!」


 俺は調理実習室を見回す。中学の家庭科室よりも、設備がたくさんあって、班ごとで使う調理テーブルも大きい。まるで、都市駅の駅ビルにあるキッチンスクールみたいだ。ガラスのむこうで、料理の勉強をしているな、と通りかかってよく見ていた。


 家族でキョート王将にはよく行くけど、選ぶとしたらミンミーンですかね、とこれは本音で言おうとした時。


「そろそろオッケーだな!」

 男子先輩がガラスフタに手を伸ばした刹那、俺は無意識に左手でそれを遮っていた。

「いい感じに焼けたと思いますよ?」

 女子先輩も手を向けるが、俺は右手でそれも制止した。ホットプレート(のガラスのフタ)の真上で、手をクロスさせる俺。


「まだです」


 異様に低い声が出てしまい、女子先輩のまぶたが、ちょっとひくついてしまっていた。


 --しかしこれは「嫌われるための」行動ではなく。いや、結果としてドン引きされればそれでいいのだが。


「ミンミーン餃子は、ギリギリまで蒸し焼きにしてください」

 できれば鉄のフライパンで、蒸し焼き時にもたまに振っておきたかったが。俺はもう十数秒待ってもらった。やがて……




「す、すごい……! いつもと仕上がりが全然違うっ……!」

 目を輝かせる男子先輩。

 調理実習室に、餃子のいいにおいがひろがる。

「それに、底もカリッと、皮はもちっと、中身はジューシーに仕上がってます! 同じホットプレートなのに! すごい、秋沢君!」

 感動する女子先輩からは、まじまじと見られて、思わず目をそらした。



 俺からすると、ミンミーン餃子を焼くことふくめ、家で飯を作るとかは、普通にやっていることだった。たぶん15歳の男子では珍しいほうだと思う。掃除、洗濯、飯の用意、片づけとか、秋沢家では全員がフラットに役割分担されている。用事とかがあればお互い適当に担当を代わるし、そんなもんだと思っている。




 ***


(たぶん餃子焼き部はナシだな……どんなけマイナーでも、俺が入って3人になっても、ミンミーン餃子の焼き方でこれからも揉めそうだし。次はどこに行ってみるか……)


 翌日の夕礼ホームルームが終わって、そんなことをぼんやり考えていると、いきなり副担任の小柴先生が俺を呼んだ。

「……秋沢君」

 小柴先生の声はやけに教室に響き、帰り支度をしていた皆がさっと黙り、俺を見る。

「……その、職員室まで……来てください……」




 ……もしかしてこれは?! 呼び出されて何か注意されるフラグか?!




 俺はにやにやしながら職員室に向かった。





 しかし。




「これ……今までに届いた……メール」

 職員室の入り口すぐには、カウンターがあって、ちょっとした対応はここで行う。生徒が部屋の奥まで入るということは、セキュリティ的に無いんだそうだ。

 小柴先生はカウンターにあるPCのモニタに、それを表示させて、指さす。


『ぜひとも秋沢君に”鶏モモ”部へ』

『”手ごねパン部”に来てほしいです』

『”人参の葉っぱ育成部”では--』


 えーと? またまたマニアックな部活名ですね……。

「……昨日。体験入部した”餃子焼き部”のこと……、学園の『料理クラスタ』クラブに……広まったみたい、です……」



 んーと? そんなにみんな、ミンミーン餃子の焼き方が気になるのか?


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