ASAMI 賢いヒロイン 20000字以上60000字 4月20日〆切

鷹山トシキ

第1話 赤い玉を探せ!

 2010年1月1日

 奈良県で平城遷都1300年祭が開幕(- 年末)。


 肝炎対策基本法施行。肝炎患者・感染者の支援と医療体制の整備が目的。


 日本年金機構が発足。

 

 アサミは赤い玉を手に入れる為、散歩に出かけた。アサミは無職者だ。公園で求人ジャーナルを読みながら昔のことを思い出していた。

 

 2000年

 パラパラ(第三次パラパラブーム)やキックスケーターが流行。


 警察不祥事・食品事故・医療ミスの多発と隠蔽など社会信用失墜の年。


 児童虐待・少年犯罪(17歳の相次ぐ凶行)が深刻化。また、ストーカー行為を規制するための法律(ストーカー規制法)も施行された。


 2000年の流行語

「おっはー」(慎吾ママ)、「IT革命」が新語・流行語大賞の年間大賞を受賞した。

 

 平和だった久喜にある日突然、鋼の秘密を狙う侵略者カンバラとその一党が襲いかかった。派遣社員の両親を目の前で殺害され、自らは奴隷の身となったアサミは悲惨な境遇の中、労役を通じて強靭な肉体を持つ女性へと成長を遂げる。

 ある日、彼女を使役していた介護士によって思いがけず解放されたアサミは自由の身となり、旅の途中で古代の墳墓から鋼の剣を手に入れた。

 その後、魔女に囚われていた盗賊のサーシャと出会い、2人は蛇を神として崇める邪教の神殿にある財宝を盗みに入る。2人は先に盗みに入ろうとしていた高名な盗賊のタカギと手を組み、信者たちにあがめられていた巨大なヘビを殺そうとするが、火を吐いたり強い敵だったので逃げた。

 神殿から逃げる途中、アサミは壁に掲げてある双頭の蛇の紋章が、両親を殺したカンバラの紋章と同じであることに気付く。


 神殿から逃げ出して豪遊していたアサミたちは、街を治めるハットリの前に引き出される。カンバラをこころよく思っていなかったハットリは3人を褒めたたえ、アイドルになる為に姿を消した娘、マヨを助け出して欲しいと懇願する。タカギとサーシャは危険な旅に反対するが、アサミは1人で後陣山ごじんやまに向かう。しかし、巡礼を装って聖山に辿り着いたアサミは正体を見破られて捕らえられる。


 アサミから故郷の村を襲った過去を責められたカンバラは、かつては鋼の秘密に魅せられていたが、今は人心を支配することこそが力だと言い放つ。アサミは激しい拷問を受け、財宝のありかを明かさなかったため磔にされてしまう。アサミはタカギとサーシャに助け出されたものの瀕死の重傷を負い、タカギは神々の墓守、ヤガミに魔法で助けて欲しいと懇願する。その夜、死神たちがアサミを連れ去ろうとし、タカギは「自分が報いを受ける」と神に誓い、死神は立ち去りアサミは一命を取り留める。


 3人は後陣山の洞窟に忍び込み、カンバラの手下たちを倒してマヨを救い出して脱出するが、カンバラの手下、ナーグモの放った矢にタカギが射抜かれてしまう。タカギはアサミに看取られて息を引き取り、アサミとサーシャは神々の墓所に戻り彼女を荼毘に付す。

 タカギは死に際、『妖魔を倒したかったら赤い玉を手に入れよ』と言い残して死ぬ。

 2人はヤガミと共に戦いの準備を終え、2人を追って来たナーグモの一団を迎え撃つ。アサミはナーグモの腹心、ライフルに不意を突かれ、彼がかつてアサミの両親から奪った剣によって殺されそうになるが、死者の世界から駆け付けたタカギに助けられ、ライフルを倒す。手下を失ったカンバラはマヨを矢で殺そうとするが、サーシャに阻止され1人後陣山に逃げ戻る。アサミは魔法が解けたマヨと共に後陣山に向かい、信者たちに『新世界創生』を呼びかけるナーグモを弓矢で殺し、両親の仇を討つ。ナーグモを失った信者たちの魔法も解け、アサミはマヨと共に後陣山を後にする。


 あの頃、18歳だったアサミも28歳になっていた。

 両親の仇も討ったのでアサミは勇者になることはなく、介護士になったがパワハラされて心身のバランスを崩し、辞めてしまった。

 モンスターを退治すれば金になるかも知れない。

 そう思ったらいても立ってもいられなくなった。

 タカギはあのとき、赤い玉は人間の敵を倒すことによって、人間を倒したときの手段でモンスターを倒すことが出来ると話していた。

 それにしても寒い、ホッカイロで体を温めた。


 埼玉県東部に位置し、東京都心までは約50 km。市域は東西に約15.6 km、南北に約13.2 kmで、面積は約82.41 km2。関東平野の加須低地・中川低地にあり[2]、市全域は概ね平坦であるが、中心市街地(久喜地区)、栗橋地区、鷲宮地区には、微高地になっている場所もある。市の北東側を利根川が、南西側を元荒川が流れる。隣接自治体は10市町あり、県内では秩父市の15、さいたま市の12、川越市の11に次ぎ飯能市と同数である。


 久喜地区西部を東北自動車道が縦貫し、久喜インターチェンジがある。インターチェンジが接続するのは埼玉県道3号さいたま栗橋線で、鷲宮地区を通り北東部の栗橋地区で国道125号に接続している。栗橋地区には国道4号も通り、栗橋交差点で国道125号と接続する。南西部の菖蒲地区には国道122号騎西菖蒲バイパスが通り、菖蒲北交差点で国道122号と交差する埼玉県道12号川越栗橋線は鷲宮地区に通じて埼玉県道3号さいたま栗橋線と接続している。市域では首都圏中央連絡自動車道(圏央道)が通過しており、2015年(平成27年)10月31日に菖蒲パーキングエリア - 久喜白岡ジャンクション間を含む市内区間が全通した。圏央道を含めれば4本の国道が通る市である。


 鉄道は東日本旅客鉄道(JR東日本)東北本線(路線愛称宇都宮線、以下「宇都宮線」で表記)、東武鉄道伊勢崎線・日光線の3路線が通り、久喜地区の久喜駅でJR宇都宮線と東武伊勢崎線が、栗橋駅でJR宇都宮線と東武日光線が接続する。そのほか、栗橋地区に東武日光線南栗橋駅、鷲宮地区に東武伊勢崎線鷲宮駅とJR宇都宮線東鷲宮駅が所在する。


 鷲宮神社、権現堂公園、菖蒲城址(城址あやめ園)や日光街道の栗橋宿などの史跡・名勝がある。鷲宮地区には古利根川によって形成された鷲宮砂丘(内陸砂丘、中川低地の河畔砂丘群)がある。内陸砂丘は日本国内には少なく、2014年(平成26年)に埼玉県指定天然記念物に指定された。また久喜地区には青毛砂丘があり、栗橋地区にも同じように形成された高柳砂丘がある。久喜地区には久喜断層の存在が推定されている。

 

 正月番組なんて見ている暇はない。

 雷電池にやって来た。埼玉県久喜市中里に所在する池である。中里の東南に所在している。ほぼ自然のままの姿が残されており、池の周辺では東方を大堀排水路が流下し、東武日光線が敷線されている。また周辺は水田などの農地となっている。雷電池には水田からの水路が流入している。この池は1786年(天明6年)に発生した島川(利根川旧流路の一つ)の大洪水により形成され、周囲400間(約720m)あったと云われるが、現在では地元の人々によって埋め立てられ、元の面積の約半分になっている。池の周囲は東側のみ至近を通行できるが、それ以外の地点では少し離れた地点を周回することができる。


 池の周囲を探したが赤い玉はなかった。

 自転車を漕いで高須賀池たかすかいけにやって来た。幸手市大字高須賀および大字松石(行幸地区)に所在する池である。

 池の周囲は自然のままの場所と土崩れ防止の護岸がなされている地点とが存在する。池の形状は洪水の度に変化しているが、1961年(昭和36年)頃にはほぼ現在の姿となっていることが確認できる[1]。池の周囲は公園として整備されていることもあり、ほぼ水面に近づくことが可能であるが、場所により立ち入り制限がなされている。所在地周辺は北側は主に水田などの農地、堤防を挟み中川が流下している。東側および西側は集落となっており、南側は水田などの農地となっている。池の南部では2条の水路と接続しており、西部にて1条の水路と接続している。今日では池の周囲は約650mとなっているが、明治期の記録である『武蔵国郡村誌』には東西50間(約91m)・南北2丁30間(約273m)・周囲6丁40間(約727m)とあり、高須賀村(今日の大字高須賀)の西方に位置すると記されている。


 池は1786年(天明6年)に発生した浅間川の破堤(権現堂堤)で生じた押堀おっぽりである。河川の氾濫の原因としては1783年(天明3年)に発生した浅間山の噴火により利根川筋に噴石物が堆積し、河床が高くなったことに起因する。高須賀池は低地に所在する小面積の池沼には珍しく、水深が10m近くある。そのため夏期は水面近くと底層で水温差が大きくなり、酸素量に著しい違いを生じさせる。そのため特徴的な生態系がみられ研究対象となり、昭和初期に湖沼学者の注目を集めた。「この小さな池はおそらく日本の池の中で、もっともよく海外の学者に知られている湖である」と湖沼代謝の調査を施した菅原健は述べている。しかし、1947年(昭和22年)9月16日に発生したカスリーン台風による水害により濁流による土砂が高須賀池に流入し、池の形状が大きく変化した。水害前は南北に長かった池の南側は土砂により埋まり、池の北側は濁流にえぐられ池底の形状が変化した。この際発生した北西側の池は水深約10mを有している。これは再び押堀を形成したこととなり、池の形状が変化した後も湖沼としての価値が高く、自然環境保全法に基づき環境庁の調査対象天然沼となっている。埼玉県内では柴山沼・伊佐沼・別所沼と併せ指定されており、5年毎に調査が行われている。このような高須賀池も今日では池の周囲は高須賀池公園として整備されており、2005年(平成17年)4月1日に開園している。高須賀池以外にも古くには幸手市内に押堀などの池沼が存在していた。

 

 池の周囲が公園として開発される以前はヨシやマコモなどの湿性植物が植生しており、池の東側にエノキ・ムクノキ・シラカシ・クサギ・クワをはじめとする30種類を超える樹種の帯状の樹林が広がっていた。さいたまレッドデータブックには中川低地・加須低地において希少種に数えられているカヤネズミやクロスジオオウンカなどが確認されている。この他、鳥類としてカイツブリ・カワウ、魚類としてタイリクバラタナゴ・オオクチバス・コクチバス・鯉・ヘラブナ・マブナ・ナマズ・ブルーギル・カムルチー・モツゴ、貝類としてイシガイ、トンボ類としてクロイトトンボ・ホソミオツネントンボ・オオアオイトトンボ・ハグロトンボなど14種が確認されており、池の周囲ではシラコバトも確認されていた。東側の樹林帯ではチョウ類としてクロアゲハ・ゴマダラチョウ・キマダラセセリ、ハエ類としてクロメマトイ・ミヤマキンバエ・キーガンニクバエ、ムカデ・ヤスデ類としてムカデ類が多く、エリジロベニジムカデ・ヒロズジムカデ・ゴシチナガズジムカデ・ウチカケヤスデをはじめ幸手市内で確認されている種の7割、夜間には蛾類としてカギバアオシャク・ウンモンスズメ・セダカシャチホコなどが観られた。ムカデ類のジムカデが多くみられる理由として、生息地が微高地となっており水没することが少ない為とみられている。

 ここにも赤い玉はなかった。


 妖怪退治ってどれくらい儲かるんだろう?

 ハローワークに行けば分かるかも知れないが、祝日だから開いてない。

 家に戻り昆布茶を飲んだ。

 アサミは姉のワカバによって養われていた。

「そんなもの飲んでたら腎臓悪くするよ?」

「そうだよね〜」

 ワカバは臆病だったから復讐の旅には同行していない。ワカバは近所のスーパーでパートをしてる。

 テレビを点けようとしたら「電気代かかるんだから、やめてよ!」と怒鳴られた。

「チェッ、分かったよ〜」

  

 書斎でアサミは『孫子そんし』を読むことにした。紀元前500年ごろの中国春秋時代の軍事思想家、孫武そんぶの作とされる兵法書。武経七書の一つ。古今東西の軍事理論書のうち、最も著名なものの一つである。紀元前5世紀中頃から紀元前4世紀中頃あたりに成立したと推定されている。


 以下の13篇からなる。


 計篇 - 序論。戦争を決断する以前に考慮すべき事柄について述べる。


 作戦篇 - 戦争準備計画について述べる。


 謀攻篇 - 実際の戦闘に拠らずして、勝利を収める方法について述べる。


 形篇 - 攻撃と守備それぞれの態勢について述べる。


 勢篇 - 上述の態勢から生じる軍勢の勢いについて述べる。


 虚実篇 - 戦争においていかに主導性を発揮するかについて述べる。


 軍争篇 - 敵軍の機先を如何に制するかについて述べる。


 九変篇 - 戦局の変化に臨機応変に対応するための9つの手立てについて述べる。


 行軍篇 - 軍を進める上での注意事項について述べる。


 地形篇 - 地形によって戦術を変更することを説く。


 九地篇 - 9種類の地勢について説明し、それに応じた戦術を説く。


 火攻篇 - 火攻め戦術について述べる。


 用間篇 - 「間」とは間諜を指す。すなわちスパイ。敵情偵察の重要性を説く。

 

 


 



 

 

 

 

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