第三部隊とベティー ・4

「ベティーくんは、第三部隊には慣れたかね」

 ホレスの言葉に、ベティーは背筋を伸ばし、緊張した顔になった。

「はい。皆様にはよくしていただいています」

 

 ベティーが第三部隊に配属されてから、二カ月がたった。

 ジョンはホレスの斜め後ろに控えながら、隊長から今回の任務の説明を受けたときのことを思い出していた。 

 次の任務はホレスが部隊全員を率いて任務を行う。隊長自ら部隊を率いて任務にあたるのはよほどの大物なのかとヨハンと二人で気を引き締めたが、それなりの魔物ではあるものの、カンザスの任務ほどではないと言われた。


 隊長曰く、ベティーを初任務に連れて行きたいので自分も行くというのだ。ジョンがホレスに意見を述べる前に、長官命令で拒否権なしの案件であることを告げられた。長官はベティーの力を実践で検証したいと言う。ジョンは正直に言って上層部の対応に良い感じを受けなかった。

 学園を卒業した女神は、一年間の研修期間を設けられている。その中に実戦を伴う任務は入っていない。長官の命令であったとしても、ベティーの処遇は前代未聞と言ってもよかった。

 ただでさえ神団に所属させたことも異例であったのに、その上、任務を実践させるなど、それだけベティーの女神の力に注目が集まっている証拠であった。

 ホレスはベティーを隊長室に呼び、正式にベティーに任務を与えるところであった。


「第三部隊に所属して二カ月だ。事務局での仕事で神将たちとも少しは慣れたかな?」

「皆さんとお話をするようになりました」

「それはよかった。それでは、そろそろ第三部隊の任務も行ってみるか?」

 ベティーは目をまんまるにして、少し震える。

「任務ですか?」

「そうだ。二日後に私を含め、第三部隊の全員が任務につく。任務は五大湖のオンタリオ湖周辺に現れる魔物を一掃することだ。かなりの数の魔物が周辺に出没し、人が襲われている。湖の周辺は閉鎖され、人が入れないようにしているが、一刻も早く魔物をどうにかするように行政からも言われている」

 

 ベティーは、両手を前で握り締め、興奮したようにホレスを見つめた。

「どのような魔物でしょうか?」

 ホレスの目元に、笑い皺ができた。

「どのような魔物が出現しているのか、それを調べるのも任務の一つだ。魔物の特定と排除、そして異界とつながる魔物の道を見つけ出し、その道を消すことが仕事だ」

「は、はい」

 少女は背筋を伸ばし、敬礼した。


 なぜ、こんなにほのぼのするのだろうか。

 ジョンはちらりと隊長とヨハンを見る。二人とも仕事中であるのに信じられないほど表情が緩い。

 少女の敬礼がかわいいとか、大真面目な顔を見ていると気が抜けるとか、あのもんぺ風のズボンも見慣れれば赤ちゃんのズボンみたいで和むとか、理由は尽きない。その中でも一番は、一生懸命に頑張る姿がとてもむずがゆい気持ちになるからだろう。遠い日の若いころの自分を思い出す。

青春バンザイ。


「それではベティーくんに任務を与える。オンタリオ湖周辺に現れる魔物を滅ぼす任務に同行するように。あとの説明はジョンとヨハンに任せる」

「Yes! 」

 ベティーは敬礼したまま、大きな声で返事した。

 ジョンは心の中で、隊長、顏緩み過ぎでしょうと注意する。

 ホレスの顔が、にやつかないように必死に耐えていることがまるわかりの表情であった。





 ジョンとヨハンはベティーと親しくなればなるほど、かわいいと思うことが多かった。

 二人にしては珍しく、ベティーを気遣って任務の説明をするために一緒に事務局に戻ることにした。副隊長の二人と会議室で話すより、事務局の来客用のソファで話をする方が気楽だろうという判断だった。


「ベティーくん、今回の任務のことだが」

 ヨハンの説明にベティーは真剣な顔で頷き、ぴしりと背筋を伸ばした。

「ベティーくん以外の女神が二人同行する」

 ベティーのまあるい目が見開かれ、口がへの字になり、驚愕の表情になった。ジョンは思わず笑いそうになったが、必死に耐えた。顔が面白すぎるのだ。


「二人の女神は、一応、第三部隊所属の女神だが、他の部隊の任務にも同行できるため、最近は他の部隊の任務についていた。所属の女神はベティーくんを入れて十二名いるが、現在活動している女神は七名だ。七名のうち、三名が同行することになる」

 ヨハンの説明を真剣に聞いているベティーの様子を見ながら、ジョンはひそかにベティーが嫌がっていないかを注意していた。

 いろいろな性格の女神がいるが、今回同行する女神はまともな方である。隊長は、神気は低いが、それよりもベティーに露骨な態度を取らない者を選んだ。


 今回の配慮には理由があった。

 女神同士の顔合わせの際に、第三部隊の女神の中でベティーをよく思っていない者たちがいたからだ。その女神はベティーに露骨な嫌がらせをしたと報告が上がってきている。嫌味な言葉や無視ぐらいならまだいい方だが、わざと足を引っかけ転ばし、倒れたところで指を踏んづけたとなっては見過ごせなかった。これがエスカレートすれば、大怪我にもつながりかねないと判断された。

 このことは、その場にいた女神の中でベティーに対する嫌がらせに参加しなかった者が、さすがに見かねて報告をしてきた。

 ホレス隊長はベティーに危害を加えた女神に厳重注意をしたが、それで反省しているかはわからない。だから、今回の任務にその女神たちを外すことにした。任務中にそのようなことをされては、命に関わるからだ。

 

「目撃情報によると魔物は湖を中心に半径30キロ圏内で出現している。湖の周辺は、草木が枯れ、腐臭が強い。現地では土壌調査と水質検査を行い魔物の特定を行う。目撃情報の収集は現地の警察と準将が行っており、その情報は入手済みだ。湖の周辺では大型のキャンピングカーで宿泊することとなる。明後日から四日間を予定しており、二日は調査、残りの二日で魔物を排除する」


「Yes!」

「質問は?」

「荷物は何が必要でしょうか?」

 ベティーの質問にヨハンがこちらを見た。黙って二人の様子を見ていたジョンが、ヨハンの代わりに答えるためにベティーの前に出た。

「うん、四日分の着替えだけでいいよ。それ以外は全部そろっているからね」

 ジョンの言葉にベティーは大真面目に敬礼する。とても気合の入った様子に、二人はまあまあと慰めたくなった。


 その後も、普段は研究以外に興味がないヨハンでさえ、歯ブラシや細かいものは全部、専用キャンピングカーに収納されていることや、食事を含めて持っていくものはこちらでそろえていることを丁寧に説明した。

 これが新人の神将なら説明などしない。というか、男は外で寝ろ、食事など自分でどうにかしろという方式であるため、気にしていないのが正しい。

 今回も六台のキャンピングカーで行くが、一台を五人で使用する車もあるため快適とは程遠い。備え付けられたベッドは二つで補助ベッドを入れても三つしかないので、ベッドで寝ることができない者も出てくる。しかし隊員たちは、夜は交代で寝ることになるので、床で寝ることは避けられるだろう。


 そもそも二人は二神将の高位の神将である。このように直接、親切に説明する役割ではない。しかし、さすがに新人女神であるベティーに対しては、ホレスからもよくよく説明するように言われていたため特別対応であった。それは隊長だけではなく、わざわざ長官からも言われたのだ。

 それだけではなく、特将筆頭ダイオンからも二人は呼び出された。彼は今回の初任務でニューヨークから離れることを聞いたのだろう、風邪を引かないように服装や必要なものを連絡するように言われたのだ。

 やれ、持ち物であれが必要だとか、寒いところだから暖かいものを持っていくように注意しろとか、とにかく細々とベティーに説明するように念を押された。

 その後もアレスやレイスター、ガイやジークフリートにと、次々に隊長たちに呼び止められて同じようなことを言われた。


 なんといっても機関最年少の十六歳の少女であるので心配する気持ちはわかるのだが、あまりにも過保護過ぎて、二人は呆れた。ジョンは呆れながらも、もともと面倒見が良い性格で弟分が多かったため、こういうことは嫌いではなかった。

 確かに神将は制服もあり、鍛えているため、暑さ寒さなどものともしない。神将と比べて女神は私服であるし、普通の女性と変わらないのだから配慮は必要であった。


「川や湖の周辺を探索するから、暖かい服装がいいね。歩きやすい靴がいいよ。夜は少し冷えるから、パジャマよりもスウェットの上下とかいいかもね。夜とか何かあった場合、行動しやすいし」


 ベティーははっとした顔になり、思いっきり眉を下げた。

「スウェットの上下を持っていません。今日、買いに行きます」

 そう言うとメモを取り出した。ジョンは思わず、いろいろとアドバイスをしてしまう。


「買うのなら、機関の北側にあるラシードという店がいいよ。スポーツ用品店だけど、その手は安く手に入るし、女性物もある。厚手の靴下とかも売っているから靴下も買った方がいいよ。シューズとかもあるからね」

 ベティーは大真面目にメモをしている。ここまで真剣に取り組まれると、二人としてはかわいいと思うし、世話の焼きがいもあった。

「帰りに車で連れて行こう」

 ヨハンらしからぬ親切な申し出に、ジョンは自分もついて行こうと決めた。ここまできたらいろいろと選んであげたい。それにちゃんと買えるか心配もあったからだ。  


 それから二人は帰りにベティーを連れて店まで行き、あれこれ世話をして買い物の面倒まで見て家まで送った。

 少し帰るのが遅くなり、二人が心配していたアレスに本気で威圧されたのは、また別の話である。








 オンタリオ湖は、ニューヨークから車で六時間かかる場所にあった。

 第三部隊は早朝に機関を出発し、湖へと向かった。目的の場所に到着するのは、正午前の予定である。

 大型キャンピングカーの中で、ジョンは周辺の地図を見ながら、目撃情報とこの近辺を担当している準将からの報告書を何度も目を通していた。


 五大湖はとても広い。オンタリオ湖周辺の調査に絞っていても広大な範囲である。ベティーには魔物がいる場所を特定するための調査と説明したが、実際は魔物がいる場所は特定されており、任務は最終の実戦という段階に来ていた。神団が動くということは、そういうことだ。


 瘴気の発生と魔物が目撃された時点で、まずは一般の警察が動く。どの範囲まで魔物の被害が起こっているのかをかなりの人数を割いて人海戦術で調べるため、その時点でほぼ場所が特定されることになるのだ。同時に機関に連絡が入り、その地域担当の神将、もしくは準将が、警察が特定した場所へ赴き、調査をする流れとなっていた。

 一般の警察は瘴気が発生している場所には入らず、機関に任せるため、瘴気発生場所内の調査は担当の神将か準将が行うことになるが、その者たちが対応できない魔物は、その上の部隊へ話が持ち込まれることになっていた。今回は、さらにその上の神団に話が来たということだ。


 地図には詳細に瘴気の発生場所が書かれており、エリー湖からオンタリオ湖へと流れる有名なナイアガラの滝よりさらに下流のオンタリオ湖へ流れる手前で、魔物の目撃情報とともに瘴気が濃い場所として印が付いていた。

 観光地であるナイアガラの滝ではなかったのが幸いであったが、魔物の発生の原因の一つは明らかに、世界三大瀑布と呼ばれるこの滝が原因であろう。


「ヨハン、今回の魔物の大量発生って、これが原因だよね」

 地図上のナイアガラの滝を指でたたきながら報告書を読んでいる相棒に声を掛けると、相棒は報告書から目を離さずに答える。

「大きな割れ目はいい目印だからな。あの場所は自然の力も大きく、常に物理的にも大きな力が動いているから次元も歪みやすい。もともと魔物が出やすい場所でもあるが、大量発生した原因はこれだな」

 

 ヨハンは読んでいた報告書の一枚を渡してきた。ジョンは受け取ると内容を読み、呆れ返った。


「一般人って、何考えているのだろうね。理解できないよ。なんで、ナイアガラで集団自殺なの? 宗教団体だって、百人が飛び込んでいるよ。最悪じゃん」

「ああ、最悪なのは宗教絡みだから、飛び込む前にいろいろと儀式をして日にちと時間指定までしている。あの場所でそれを行なえば、魔物を引き寄せる可能性が高くなるのは当然のことだ。今回は大当たりだということだ」


 ジョンは深くため息をついた。

「つまり流された亡骸とともに、魔物がその場所に現れたということ?」

「原因はそれだな。魔物の数は数百以上の可能性があると書かれている。しかし、瘴気が発生した場所の荒廃の仕方に違和感があるな。あとは現地で確認するしかない」


 ジョンは顔を上げ、窓を少し開けて外を見た。

「ああ、この辺りからか」

 報告書にあった瘴気が濃い場所からは、まだあと車で一時間ほど先であるのに、すでに瘴気の匂いがした。その匂いの中にかすかに腐臭がする。


「範囲が広いから浄化も手間だ」

 ヨハンも渋い顔になる。ジョンは地図に書き込みながら、魔物を退治した後の瘴気の浄化が必要な場所に印をつけていた。大元の魔物を倒せば、この辺りの瘴気ぐらいなら自然に消えるだろう。一応、この場所の担当である準将に連絡をしておこう。


 車は瘴気の濃いエリアへと進む。

 この辺りは立ち入り禁止区域になっており、人も車もいなかった。町からは離れており、大自然の中であるため、都会と比べて仕事がやりやすい。キャンピングカーは湖に行かず、その手前の川から少し離れた場所で止まった。まずは、拠点となる場所の確保だ。六台のキャンピングカーを中心に、半径一キロ以内で結界を敷いた。


「ベティーくんは、こっちに来てね」

 ジョンに呼ばれて、ベティーは慌ててこちらに来た。

 一緒に来ている二人の女神は任務に慣れているので、指示を出さなくても相性の良い神将と一緒に周辺の調査に向かった。女神は神将とは違った感覚を持っており、魔物を感知する力を有している。女神の感覚や直感で、この周辺を調べてもらうためだ。


「ジョン様」

「ベティーくんは、エルリックとカルサスの二人と一緒に行動してね」

 

 ジョンは二人の神将を呼ぶと、二人にベティーを任せた。部隊においては副隊長の次に権限を持つ二人にベティーを任せたのは、慎重に慎重を期してのことだ。二人はこの辺りの水質と土壌の検査を行う。科学的な調査も行うため、ベティーにはできる限り、いろいろなことを体験してもらう予定だ。

 

 ジョンは部下たちの様子に注意を払いながら、自らも魔物の気配を探った。

 確かに魔物がいる気配はする。

 ここに出現した魔物は水の魔物だと推測されている。水の魔物の特徴は、顔は女性で体はトカゲのような爬虫類の姿をしたキメラである。過去に出現した時の情報では、口からヘドロを出し、ヘドロが木や大地を腐敗させたと記されていた。その魔物が現れると大地の汚染がひどくなる。水の魔物の由来は、水から這い出てくることからきていた。

 

 目撃された魔物の姿から考えて、水の魔物であることは間違いないだろう。魔物の数も多いことからすでにかなりの犠牲者が出ており、犠牲者の無残な姿や地面や木の腐敗状況から見て、緊急を要していた。

 

「でもさ、ここに来てから姿を見ていないんだよね。妙に静かだし、あの魔物って騒がしいはずなんだけどな」

 ジョンは大量発生していると聞いていたので、すぐに姿を見ることになるだろうと思っていた。これだけ瘴気が濃いことから考えてもいないはずはないのに、まったく姿が見えないというのがおかしかった。あの魔物は、顔があるので口もある。声を発するからうるさいのが特徴だ。


「何か、おかしいよね」

 現場を見ても違和感は拭えない。ジョンは嫌な予感がした。

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