第三部隊とベティー ・1
この日、第三部隊に激震が走った。
最初、第三部隊の神将たちは、隊長の後ろから入ってくる少女が目に入らなかった。
学校を卒業したばかりの新人女神が、第三部隊所属の女神になったことは知っていたが、正式な顔合わせはしていなかったからだ。
今日、正式な顔合わせとなったが、誰も新人女神に期待などしていなかった。
世界機関ニューヨークの神団第三部隊は隊長を含め二十名、そのうち女神のパートナーがいるのは七名で、パートナーがいない者の方が多い。
神将と女神が正式なパートナー同士となった時は、婚姻という形を取ることが多い。恋人、その先の伴侶へとつながることから、神将たちがパートナーとして見る時は、やはり女神を一人の女性として見ることになる。だから余計に学校卒業したばかりの十六歳の少女を、初めから女性として見る者はいなかった。
魔物との戦いは、死と隣り合わせだ。最後は己の力で生き延びるしかない。
女神の力のみを当てにしている神将などいない。
第三部隊の神将たちは、特にその傾向が強い。だからベティーの女神の力に期待などしていなかった。
神将の世界は縦割り社会であるため、上下関係はかなりうるさく、規律も訓練も厳しい。
神団となれば、力も能力も卓越した人材がそろっておりエリート揃いであった。その中で第三部隊はエリートという分類からは少し外れている。個性派揃いの一匹狼で、優秀であるが問題を抱えている者が多く、他の部隊からも敬遠されていた。
しかし、どんな個性派ぞろいでも隊長と副隊長には頭が上がらない。
隊長のホレスは長年にわたり前線で活躍し、生き延びた歴戦の兵である。その下につく副隊長ジョンは風を操り、その風を使う攻撃は神将の中でも特将に次ぐ実力者だ。あらゆるものを切断する力から“切り裂きジョン”と呼ばれている。そしてもう一人の副隊長ヨハンもその頭脳は天才であり、魔物の研究に関しては第一人者と言われていた。付けられた異名は“死の学者ヨハン”である。
いくら荒くれの集まりと言われている第三部隊の者たちでも、この三人に楯突く者はいなかった。
結果、第三部隊は他の部隊以上に上下関係が厳しく、男臭い硬派と変人がそろった部隊と呼ばれるようになった。それにより女神たちも寄り付かなくなり、よけい女気もなくなった。
力の弱い新人女神が配属されたことに関しては、誰もが長官の気まぐれだろうと思っている。それどころかホレス隊長に押し付けたなと思っている者がほとんどで、呆れている者の方が多い。そんなこともあり、第三部隊の隊員たちの中でベティーを気にする者はいなかった。
ホレスの後ろについてきた少女が前に出てきて大きな声で名乗ったとき、硬派の変人たちはそろって目を見開いて固まった。
「ベティーといいます。よろしくお願いします」
隊長と副隊長以外の隊員たちは、まじまじとベティーを見て沈黙する。
静まりかえった中、ホレスはごほんとわざとらしく咳をした。
「みんな、ベティーくんは今年学校を卒業し、三月から配属になった。この機関の中でも最年少だろう。よろしく頼む」
それでも誰も一言も発しなかった。これほど大勢いるのに、部屋の中は奇妙な沈黙に支配される。それを破るかのように、副隊長の二神将ジョンが笑顔のまま大きな声を上げる。
「返事は!」
「Yes!!」
神将たちが条件反射で一斉に答えた。
ベティーは顔を赤らめ、真剣な表情で「がんばります」とまた大きな声で言うと、再び室内を静けさが支配した。真っ赤な顔にそばかすが浮かび上がり、必死の顔がよけい珍妙だ。誰もが残念な気持ちで新人女神を見ていた。奇妙な沈黙により、気まずい雰囲気が流れた。
この日からこれほど第三部隊に衝撃を与えた女神は初めてだと、この後語り継がれていくことになる。
第三部隊の神将たちは、隊長を除き、全員がそろっていた。全体会議の場で各々が任務の報告を終えて、少し雰囲気が緩んだときにジョンは全員を睨みながら言った。
「なんなのさっきの対応は?反応が悪すぎ。みんな大人なのだから、ちゃんと大人として挨拶してよね」
全員が言葉に詰まり、視線を逸らし、反論がなかった。ジョンが言っているのは、先ほどのベティーとの顔合わせのことだ。誰もがあの対応はなかったと思っているのか、気まずい表情を浮かべていた。
「まったくさ、困るんだけど。隊長はベティーくんと仲良くするように言っているからね」
「そう言われてもなあ」
そう答えたのは、四神将デルマだ。二メートルを超える大きな体をぐっと上に伸ばすと、ちらりと隣に座る七神将ゼルを見る。
「おまえ、練習の相手になれ」
ぼさぼさの白い髪を掻きながら、くたびれたおっさんのゼルは渋い顔をした。
「無理すっよ。俺、おっさんですよ。どれだけ歳が離れていると思っているんすか。二十歳以上も離れているのですよ。二十以上‥‥なんか、落ち込んできやしたよ。いやいや、それよりも顔を見ると笑ってしまいますよ」
「おまえ、それはあまりにもかわいそうじゃないか」
そう言うのは、女の子大好きで伊達男を気取る六神将イールだ。グレーの髪を手で払いのける姿は少し芝居じみていた。
「いや、なんですかね、面白いじゃないですかい、まぬけで」
ゼルの言葉に、いつのまにか背後にいたヨハンが容赦なく背中をたたいた。ぐほっと言いながら、青い顔でゼルが咳きこむ。ヨハンはゼルの首元を掴み、静かに言い聞かせた。
「言いすぎだ。ベティーくんは何も悪くない。とてもいい子だ」
「…yes」
ジョンは、ナイスつっこみと相棒に親指を立てた。
しかし予想していた反応ではあるが、副隊長としてはこのままで良いとは言えない。ジョンは、ベティーがとてもいい子だとわかっている。
ベティーが女神らしくないほど謙虚で真面目に仕事をしているのを知っていた。だから、部隊の者たちも悪く思っていないことはわかっていた。それでもパートナーや女神として見るとなると別問題である。
「いい子なのだが、なぜあんなにださい服装なのだろう」
イールの呟きに反応したのが、美少女のような容貌であるが中身も歳もおじさんである七神将ユーリだ。
「そうですよね。あれはひどい。まさに田舎っぺですよ。あのズボンももんぺみたいです。いまどきどこで買っているのでしょうか、ある意味貴重です」
その言葉にじろりとジョンは睨んだ。金の瞳がユーリをきつく睨む。
「服装のことは悪く言わない。ベティーくんの服はご家族が作った手作りなのだよ。僕はすごく感動したぞ!ベティーくんのご両親は一般人でね。おじいさんもおばあさんも一般人らしいよ。いままで一族で女神や神将はいなく、ベティーくんが初めてなのだそうだ。とても珍しいよね。それでベティーくんが着ている服は、お母さんが遠くにいる娘のために作った洋服だ。ベティーくんはお母さんが心配してくれて、恥ずかしくないようにと洋服を送ってくれるのだと話していたよ。全部お母さんとおばあさんの手作りで、ベティーくんは大切に着ているのだよ」
「ほおお、とてもしっかりとしたご家族だな。一般人であるのなら大変なことだろう」
デルマは目を細めると、感動したように頷いた。
デルマはとても人情派だ。空気を読まない傍若無人な男だが、根は悪いやつではない。ただ協調性がないだけだ。
ユーリは目をぱちくりすると、そうですかと呟いた。
「ベティーくんは、幼少の頃から機関に入っていたのですか?」
そう聞いたのは八神将ジョイスだ。
物静かなジョイスの両親も一般人である。兄妹も一般人であるそうだが祖父が神将であった。ジョイスが八歳の頃に神将としての力に目覚め、それから施設に入った。八歳までは一般人の中で育ったと聞いたことがあった。
ジョンはうんうんと頷きながら、ベティーのことを少しでもわかってもらうために、彼女の情報を話すことにした。
「生まれた時に女神だって分かったから、生後一ヵ月ぐらいで機関の施設に入ったんだって。これは、ベティーくんに聞いた話だよ。それからずっと機関の施設だけど、頻繁にご両親が会いに来てくれたそうだよ」
ジョイスは優しい顔でにっこりとした。
「すごいですね。それは本当に大変だったでしょう。並大抵の努力ではありませんよ。ご家族はベティーくんのことをとても大切に思っているのですね」
うんうんとジョンは頷くと、感動だと呟いた。自分はけっこう純情熱血である。
「だから、ベティーくんの洋服を馬鹿にすることは俺がゆるさん! お母さんを馬鹿にするやつは、俺が相手になってやる! 」
ジョンの金の瞳がきらりと光る。もちろん第三部隊の中でこの話を聞いてベティーの服装を馬鹿にする者はいない。全員硬派のため、このような人情話には弱い。それをわかっていて話をしたのだ。
「いい子ですか、出来すぎですね。裏で何をしているやら」
八神将嘘つきニックの言葉にジョンは内心苦笑する。この男は常日頃人を煙に巻くために、八割が嘘という面倒くさいやつだ。ベティーのような素直な子は、気が合わないのだろう。
「ベティーくんは、とてもいい子ですが、それでも、まあ、仲良くと言われましても」
控えめな意見を言うのは、九神将アイルだ。第三部隊の中で一番歳が若い。穏やかな顔をしているが、それは見かけだけですぐに切れる怖い男である。それに人にあまり興味がなく冷淡でもあった。
「何が問題だ?」
ヨハンの厳しい視線に、アイルは小さくため息をつく。
「ヨハン様、ベティーくんはとても恥ずかしがり屋です。私たちの方からだけではなく、ベティーくんからもなかなか打ち解けてくれていません。まあ、それは仕方がないことです。まだ学校を出たばかりで、こんなに大勢の男を見たことがないのでしょう。それもこんな荒くれの変人ばかり」
その意見には誰もが頷いた。たまに、「おまえに変人呼ばわりされたくない」と野次が飛ぶ。
ジョンは、アイルの言うことに口を尖らせた。
こんな男臭い年上の男ばかりいる集団に入れられて、子供のような少女にどんどん自分を出せ、仲良くしろというのが無理な注文なのは百も承知だ。
それでも少女の相手をするのも仕事だからと、不機嫌を隠すことなく全員に告げた。
「今のままだと力の練習がまったくできないよ」
全員が肩をすくめた。
「仕方がないだろう」
相棒のヨハンでさえ、さすがにそう言った。
「ジョン様、任務に連れていくのですか?」
ジョイスの質問に、全員がジョンの言葉に注目する。
「任務に連れていくことはないよ。普通、学校を卒業した新人女神は、一年間は研修じゃん。うちでも一緒。機関と神将に慣れてもらうのが目的だよ。だから、慣れてもらうためにも積極的に話してよね」
「あとは力の練習ですか」
「そうそう。それができないと任務に連れていけないでしょう。わかった?頼むよ、みんな」
しかしジョンの言葉に返事がない。ジョンの中でぶちりと何かが切れる音がした。
「言っておくけど、これも、し、ご、と、だから」
みんなが視線を逸らし無言を貫く。
「隊長命令だからね。時間をかけて慣れてもらうから。いいか、大人なのだから、しっかりと対応しろ」
最後の方の言葉にドスを効かせると、ようやくみんなが小さい声で「yes」と答えた。
ジョンはその反応が気にくわないため、大きく鼻を鳴らす。
めんどくさい、協調性のない奴らめと、ジョンはどうしたものかと考えた。
神将ジョイスは、手紙を持ってきたベティーに優しく声をかけた。
すでに配属されて二週間がたっていたが、直接話しをするのがこの時が初めてであった。その隣には、九神将アイルも一緒だ。ベティーは緊張した顔で待っている。そこまで緊張しなくてもいいのにと二人は思っていたが、もちろん態度には出さなかった。
「ベティーくんのご両親は、一般の方だと聞いたのだけど」
ジョイスは、そのことを聞いたときからベティーと話をしてみたかった。ベティーは少し驚いた顔のまま頷いた。
「私の両親も一般の人なのだよ。神将や女神の半数以上が親も神将や女神である人が多いからね」
ベティーはジョイスに親しみを込めた笑みを浮かべた。
「はい。私が初めてです。遡って調べても家系にも親戚にも神将や女神はいませんでした。両親は一般の人です」
「そうなのだね。ご両親は大変だっただろうね。機関の施設は、中々外からは入れないから。私の母も苦労していたよ」
ベティーは素直に頷いた。
「両親は規則をしっかりと守りました。そうしないと、会うことが制限されるからと言っていました。模範的であったため、一カ月に一回の会うこととお届け物は許されました。一カ月に一回、必ず会いに来てくれましたし、いろいろといつも届けてくれました」
その届け物に、ベティーの服も届けたに違いないと二人は思った。
二人は、しみじみとしてしまった。
遠く離れた娘にしてあげられることは限られている。限られた中でできることの一つが洋服だ。いや、それしかできなかったに違いない。だから手作りなのだ。そう考えると、二人はますますベティーの服を悪く言えなかった。
ジョイスは懐かしくなった。自分の母もこまごまとした布袋や手袋、肌着などを手作りで作ってくれていたからだ。ベティーが家族の気持ちを理解して、今でもちゃんと洋服を着ている。その健気さがいじらしい。
「一カ月に一回か、神将よりも女神の方が厳しいようだ。学校に入れば、もう少し変わっただろう?もう少し自由に会えたはずだ」
「はい。でも、両親の住む町はとても遠いので、私に会いに来るだけでも一日がかりです。いつも申し訳ないなあと思っていたのですが、母は、好きでやっているのだからそう思うのは筋違いだと言いました。両親の家には、私の部屋もしっかりとあります。家族です」
ベティーは、眉を下げてにっこりと笑った。
ジョイスは、暖かい気持ちになった。自分の両親もとても苦労していた。今でも両親も兄妹も家族であり、自分が神将でも変わることはない。
アイルはじっとベティーを見ていたが、ふいにぽんぽんと頭をなでた。ベティーは、まん丸の目をまんまるくして驚いた。ジョイスも驚いた顔でアイルを見ると、アイル自身も驚いた顔で自分の手を見ていた。
「その、つい」
ベティーは事務局から呼ばれ、少し顔を赤らめながら二人に挨拶をして去っていった。その姿を二人は扉が閉まるまで見つめ、その後、ジョイスはちらりとアイルを見た。
「驚いたな」
「つい、つい何ですよ。なんか小さいわんこに見えてきて」
アイルは苦笑する。ジョイスも微かに笑うと、それに関しては同意した。
「なんか、こう、味わい深いところはありますね」
二人は、事務局の方へ目を向ける。窓ガラス越しに事務局の中が見えるようになっており、今、ベティーは自分の席に座ったところだった。
一人の若い少女が、おじさんたちに囲まれた場所で真剣な顔で手紙の仕分けをしている。本当に大真面目な顔だ。二人はその大真面目な顔に、ついつい見惚れてしまった。目を真ん丸くして、眉を下げ、丁寧にあて先を見ながら分けている姿に、がんばれと心の中で思ってしまうほどだ。
よく見ると、妙にかわいい。動きが間抜けで、大真面目な顔がかわいいと思える。
「なんか、ああ言うのを、ブサかわいいというのでしょうね」
「アイル、失礼すぎるよ」
ジョイスは、自分は部隊の中では普通だと思っている。
第三部隊の中で二番目に穏やかであると思っているし、他の強烈な者たちのことを考えると、まあ自分はまともだ。
一番下の立場である九神将アイルは見た目で穏やかに見えるが、中身はかなり過激だ。気に食わないやつがいれば、すぐに切れるし、手が早い。そして傲慢な女神が大嫌いなので、高位の女神であろうと根性が悪い女神に対しては思いっきり態度に出す。そのアイルがベティーにはとても好意的だった。
「はは、毒舌なジョイスさんに言われたくないですよ」
「誰が毒舌か、カルサス様ではあるまいし」
「毒舌でカルサス様の名前を出す時点で、アウトですよ。それよりベティーくんです。この間、ベティーくんがごみの片付けをしていて、大きなゴミ箱を持って捨て場に行く後ろ姿を見たのです。その後ろ姿が妙に間抜けで良かったのですよね。なんか、和みますよね」
「和む? 」
呆れたように言うと、アイルは、あれですとベティーを示した。
「くたびれたおじさんたちに囲まれて、郵便物の仕分けの仕事をしている少女。あ、今、こちらにお尻を向けて、大きなダンボールを持ち上げていますね。すごいへっぴり腰、がに股になっている!必死な表情が、なんか間抜けですよ。周りのおじさんを使えばいいのに。あのダンボールどうするのだろう」
アイルの実況中継を聞きながら、ベティーが机の上にダンボールを置いて一息ついている姿を、いつのまにか熱心に見ていた。
「ずっと見てしまった」
ジョイスの思わず出た言葉に、アイルも俺もと答える。
「なるほど、確かに和む?というのかな。年より幼く見えるから、幼い子を見ると癒やされる気持ちになるのと同じということか」
「ジョイスさんも失礼ですよ」
「とにかく、かわいい」
二人はうんうんと何度も頷いた。
これ以降、二人は頻繁にベティーに話しかけて世話をするようになった。
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