ガイ、ベティーに感謝する・2

 ガイは、ぼんやりと隊長室でベティーとのパートナーのことを考えていた。

 カンザスで起こった事件でベティーが高位の女神であることが知られ、上層部は彼女のパートナーに慎重になっていた。ガイもベティーの神の力を目の当たりにして、パートナーになれるのは特将がふさわしいことも理解していた。

 だからといって自分がパートナーになるかと言われると、それは別の問題である。

何度考えてもベティーをかわいい妹分としか見られなかった。家族のような親愛を持てるだろうし、少女の幸せを祈る気持ちも強い。

 レイスターも同じ気持ちのように思えた。あの柔らかな口調と容貌で騙されがちだが、あれはあれでいろいろと複雑でかなり苛烈な男である。優しい男ではない。


「いや、でもアレスだとな」

 思わずため息が出た。


 邪魔をするつもりはないが、一番考えられない男が立候補している。そもそも最初にベティーの力を使えたのがアレスであることにも驚いた。あれも難しい男だ。自分にも人にも厳しすぎる。それに途方もなくめんどくさい性格をしている。

 たまに何を考えているのかわからないし、薄情で仕事の面ではかなり冷酷だ。それでいて頭にくるほど優秀でもあった。力も桁違いであらゆる面で化け物じみている。


「ちっ、兄貴と張る化け物がいるとは思わなかった」

 自分の兄もずば抜けているが、それに張る化け物がほぼ同年代でいるとは思わなかった。あれがベティーを好きだとか、女性として見ているなんてお笑いとしか言いようがない。

 正直に思うのは、本気でアレスがベティーのパートナーになるのもちょっと気持ちが悪い。考えてみればベティーはまだ新人で機関に入ったばかりである。力の練習もこれからだし、パートナーもゆっくりと見つければいいと思う。なにより、まだ十六歳なのだから焦る必要はない。


「そうそう。もっと性格のいいやつがいいよ。アレスがベティーとなんて似合わないぜ。というか、アレスが恋している姿などぞっとする。想像つかない。最低、最悪だ。キモい。ベティーがかわいそうだ」

 そう結論づけると、最後には成るようになるさとなった。


「隊長」

 第九部隊副隊長であるゲイブが、いつの間にか目の前に立っており、気遣うようにそっと小さく声をかけてきた。

「なんだ?」

「今、受けている任務に関してお話があります。妄想中すみませんが、よろしいでしょうか?」

 妄想中とは気遣いがあるようでないような言葉に、ガイは目の前の男を睨みつけ、そのまま話すように促した。


 第九部隊が受けている任務の一つに、魔物が入った容器の回収とその容器の処理があった。

 昔から異能を持った者たちが魔物を専用の容器に入れて閉じ込め、持ち運びをしていた。今はそれがギャングたちの間で高値で取引されている。力のある祓い屋や魔術師たちが次元から魔物を引っ張り出し、入れ物に入れて封印し、それを売りさばいているのだ。

 魔物が小物であるからこそ多少の能力でもそのようなことができるが、それでも魔物は魔物であり、手に負えなくなる前に回収する必要があった。ニューヨーク部隊ではなく神団に話が来たのは出回っている数が多いことと、相手がギャングだからだ。

 まったく次から次へと碌なことを考えない。


「連邦特別捜査官との合同捜査が依頼されてきました」

「連邦特別捜査官? 奴らは何を調査するって?」

「亡骸がギャングたちの縄張りで発見されました。男の胸には大きな穴が開いていました。この一カ月で三人です。魔物と関係する死ではないかと見て、調査していますね」

 ガイよりも一回り大きな体で筋肉の塊のため重そうであるが、ゲイブの動きには音がない。

 いつのまにか書類が差し出されていた。

 連邦特別捜査官とは厄介な相手だ。

 

 都市ごとに行政があり、警察も存在する。それぞれの都市の行政や警察が他の都市に介入することはない。もちろん、都市をまたいだ犯罪というものも発生する。そのため、警察官の中で他の都市へ入り調査する権限を与えられたチームがあった。彼らを連邦特別捜査官という。

 連邦という言い方は国があったときの名残だ。世界中にある都市で調査をすることを認められた捜査官という意味の方が強い。

 都市は連邦特別捜査官を持ち、都市同士で世界協定を結び、連邦特別捜査官の捜査権を認めた。そして、場合によっては、他の都市の捜査官と協力して犯罪を解決していく。

 彼らは優秀でプロフェッショナルな集団だ。


「ふうん、特別捜査官が出てくる理由はなんだよ?」

「三人目の被害者の住居はロスで、亡骸が発見されたのはニューヨークです。都市をまたいだ犯罪ということです」

 ゲイブの厳つい大真面目な顔を見ながら、少しからかってやろうかと思ったが、ふざけたら許さんという眼力にガイはつまらなそうに肩をすくめた。

「まじかよ。めんどくせえ、でも俺たちと合同なわけだから魔物と関係があるということだろう? 俺たちが受けた任務との関係は?」

「被害者の三人は魔物が入った容器を売買していました。容器の出所はニューヨークで、ニューヨークで仕入れ、一人はニューヨークで売り、残りの二人はそれぞれロスとアトランタまで持っていき、場所を変えて売っていたということです」


 ガイは報告書を読みながら、無意識に顎を撫でていた。

「一人目はニューヨークで、二人目はアトランタ、三人目はまたまたニューヨークで死んでいるわけか。一人目が死んだ時に、荷物の中に魔物が入った容器があったから、うちに依頼が来たんだよな。魔物が器に入れられて出回っている件は、ニューヨーク部隊で調査していたが、死んだ一人目がギャングの幹部だったから、ニューヨーク部隊から俺たちに、この案件が回ったんだっけ?」


 真面目すぎてつまらない顔から目を背けると、わざわざ背けた方へゲイブは動く。


「魔物を売っている大元がギャングだとわかったので、我が部隊に指令がきました。特別捜査官たちが出てきたのは、ニューヨークを根城にしているギャングの関係者である二人目の被害者がアトランタで見つかったからです。そして、三人目の拠点はロスです。ロスとアトランタ、そしてニューヨークの特別捜査官たちが来ているということですね。三人目が発見された場所での現場検証にうちも来るかどうか聞かれているので、現在、この任務を担当している二人に向かわせます」

 

 面白そうだ。それに特別捜査官が出てくる現場なら、少し注意が必要である。

 彼らの仕事の中には魔物の壊滅は含まれていない。場合によっては、情報がありながらも魔物を放置することがある。都市が与えている権限も強いため、捜査によっては逆に我々の邪魔をするようなことがあっても退かせることができない。少々、下の階級の者では権限がある相手なので荷が重い。


「現場検証には俺が行くぜ」

 ゲイブの表情が硬くなる。この真面目な男は、あまり一般人の前に自分たちの隊長を出したくないのだ。

「部下の仕事を奪わないでください」

「奪っちゃいねえよ。現場に行くぞ」

「隊長が行く必要がありますか?」

「特別捜査官を敵に回すと厄介だぞ。最初が肝心」

 ゲイブは明らかに不服な顔でyesと答えた。

 もちろん、面倒くさいので不服そうな顔はやめろとは言わなかった。




 マンハッタンよりも北にある観光地から離れた地区で、治安が良いとは言えない場所だ。寂れたホテルの一室で男の亡骸が発見された。

 ガイはホテルの周辺から魔物の気配がないかを探りながら中へと入り、次にホテル内に意識を向けた。魔物が入れば匂いや気配がする。しかし、ここには匂いも瘴気も感じられない。


 室内に入ると年配の男が振り返り、鋭い目でガイを見た。

 彼がリーダーかと、ガイの意識はホテル内からリーダーと思われる男へと向けられた。

 後ろからは副隊長ゲイブとハリーがついてきている。どちらか一人でいいと言ったが、二人ともついてきたのだ。まったくこの二人は忠実であるが、とても頭が固い。

 もちろん神団の制服は着ていない。私服で大きなサングラスをしている。ここは機関ではないし、魔物がいる場所でもないので制服を着る必要はなかった。


 他の捜査官たちが興味深げにこちらを見ていた。そして、その中に混じる懐かしい顔にガイは一瞬目を疑った。もちろん態度に出すことはしないが、久しぶりに動揺した。

 その男はガイをまじまじと見ると、目元が少し和らいだ。ガイはその男から目を背け、すぐにリーダーであろう男の方にふてぶてしい態度で挨拶をした。


「どうも。ニューヨーク機関配属のガイです。よろしく」

 ふざけた態度はまるで若いギャングのように見え、他の捜査官たちは顔をしかめて睨みつけてきた。

「はじめまして、連邦特別捜査官のキャスパーだ。神将でよろしいのかな」

「ああ、現場を見に来た。合同捜査だそうだな。まあ、お互いにほどほどにやろうぜ。あと、後ろにいる木偶の棒がゲイブにハリーだ。とりあえず俺たち三人が様子を見に来た。俺たちは俺たちの仕事をするから、そちらは好きに仕事をしてくれよ」

 キャスパー捜査官は少しほほ笑みを浮かべただけであった。

 神将を前にして肝の据わったおっさんだと、ガイは感心する。さすがは連邦特別捜査官だ。


「後ろにいるのはチームのメンバーだ。今回の事件の調査にあたる。合同捜査を依頼したのは、この男が魔物に関係しているからだ。そして私たちの見解は、この男の死は魔物に関係していないと思っている。専門家の意見を聞きたい」


「ああ、もちろん俺たちも情報がほしい。俺たちの仕事は魔物の駆除だ。怪しげな魔物を売られては困るしよ、皆様の迷惑だろう」

 くちゃくちゃとガムを噛みながら話をすると、周りにいる特別捜査官たちの顔が険しくなる。


「その前に、機関の中でもどのあたりから来られたのかな?機関には三つの部隊があると聞いている。高位の神将で組織されている神団と、その下のニューヨーク部隊、そして神将ではない準将の部隊とある」


 ガイは肩をすくめると、馬鹿にしたような頭を左右にふらふらさせ、ふざけたしぐさをした。

「ああ、適当に考えてくれ。神将といったのだから準将ではないのはわかっているだろうよ。そのようなことを聞く理由としては、結構強い魔物が現れているの?」


 キャスパー捜査官は表情を変えることなく、琥珀色の瞳をまっすぐとガイに向けた。

「そうだ。そのような情報を得た。容器の中の魔物が強くなっている。ロスではギャング同士の抗争に使われて、街中に危険度の高い虎の姿をした魔物が現れた。この死んだ男が売った魔物だ。だから弱い神将では困るのだよ」


「ああ、心配ない。全然、問題ナッシングよ。手に負えなかったらすぐに機関に連絡して、強い神将を呼ぶから」

 へらへらとガイは笑いながら答えた。後ろに控えていた捜査官たちの顔がいよいよ鬼の形相になる。

「こんなふざけたやつを派遣してくるとは、機関は我々を舐めているとしか思えません。それも全員、サングラスをして顔を隠している」

 ゴリラ顔で全身が筋肉の塊でできている男が唾を飛ばしながら大声で言った。


 ガイはへらへらと笑い、ガイの後ろにいるゲイブとハリーは無表情で何も言わない。二人はサングラスだけだが、ガイはニット帽まで被っており容貌のほとんどを隠していた。キャスパー捜査官は静かに仲間を諫めると、さてといった。

「とりあえず、ここの現場を見てもらおう。私たちの調査は終わっている。遺体の搬送は、あと三十分後に行われる」

 了解、ガイはそう答えると同時にゲイブとハリーが動き出した。




 ガイはガムを噛みながら、ぷらぷらと部屋の中を見ていく。

 ゲイブは座り込み遺体を検分し、ハリーは部屋の中の引き出しまでも開けて確認しながら、トイレやバスルームも開けて見ていた。

 次元の歪みもない、瘴気も魔物も感じられない。これは完全に人による事件だ。このホテルの周辺も魔物の存在を感じられなかったとなると、あとは調べるのはこの男の持ち物ぐらいだ。


 部屋は二部屋あり、男の荷物はソファに置いてあった。小さなボストンバッグ一つに、中には紙幣が大量に入っていた。持ち物にも魔物の気配がないことから、魔物を入れていた容器は残念ながらない。どうやら買い付け前のようだ。


「男がホテルに入る前の足取りを追っている」

 懐かしい声が横から聞こえ、ガイは柄の悪い態度でチンピラのように振り返った。

「ああ? なんだって」

 真面目で優しげな男は、ガイの顔を見ながら同じセリフを繰り返した。 

「男の足取りを追っていると言ったんだ」

「あんたは?」

「久しぶりだ。十年ぶりだろうか、ライン・ダイルソンだ」


 十年前に喧嘩別れした男はあっさりと挨拶をしてきた。

 ガイはあまりの運命の皮肉さに、顔を歪めるのを必死に耐えた。まさか、つい最近ベティーに話をした学生時代の友と会うとは思わなかった。


「知り合いかね」

 いつのまにか側まで来ていたキャスパー捜査官はラインに尋ねた。

「ええ、学生時代に一年間だけ一緒の学校に通っていました」

「ああ、そうだったな、おう、久しぶり」

 ガイは気さくにそう言うと、ぽんぽんとラインの肩を叩いた。


「ほう、ダイルソン捜査官はエリートだと聞きます。優秀な学校を卒業したそうですね。本当に一緒の学校だったのですか?そもそも、この男は本当に神将なのですか?ギャングか何かの間違いでは?」 

 一人の捜査官がうさんくさそうにゲイブとハリーも見ながら言った。


 見かけだけなら、確かに二人とも柄が悪い。

 ゲイブなど顔の頬に傷があり、怖い顔がより迫力を増しているし、ハリーの顔も凶悪犯のような人相をしている。ちなみにゲイブは虎で、ハリーは豹が大きくプリントされた派手なTシャツを着ている。趣味も悪いとガイは内心思う。

 自分の今の姿はギャングちっく、それも三下風の造りだ。ギャング、マフィア担当のガイたちの部隊はわざとそのように装っている。


「彼は間違いなく神将です」

 ダイルソン捜査官は仲間にそう言うと、ガイを見て尋ねた。


「今はどのようにお呼びしたらいいのかな」


 ガイは肩をすくめた。 

「ガイと」

 短くそう答えると、それでと続けた。

「ダイルソン捜査官、積もる話は後でいいだろう。というか、俺たちに積もる話などあったか?」


「もちろん、今は捜査だ。私たちは事件の解決を求めている。この男がどこで魔物を封じ込めた容器を売ったのか、わかったら報告しよう。この男の死は魔物絡みかな」


 優しげな口調は昔のままだ。ガイはラインが自分の表情を見えないことをいいことに、ラインを観察した。

 こんなところで会うとは向こうも思わなかっただろう。あちらも驚いているに違いない。あのような別れ方をした人間が、目の前にいるのだ。だが、彼もプロだ。十年前の気持ちと捜査は別だろう。


「この男の死は魔物とは関係ねえな。魔物にやられた風を装い、胸に穴が開いているけど、爆薬か何か使ったんじゃねえの」

「爆薬の反応はあったからね。おそらくそうだろう。それなら前の男も同じかな?」

「これと同じ感じだと聞いたぜ。調査に向かった同僚が言っていたが、魔物絡みじゃないね」

 ラインはなるほどと小さくつぶやくと、ちらりとガイを見た。

「君は、この事件を最後まで担当するのか?」

「さて、どうだろうな。他の神将になるかもしれない」


 自分が出るほどのことではない。ガイはそう判断し、あとは部下に任せることにした。その方がラインも仕事がしやすいだろう。それに、今回の特別捜査官たちは話が通じない人間ではないようだ。

 ゲイブとハリーが調査を終えたのを横目で確認し、引き上げる合図を送る。


「俺たちは帰るぜ、何かわかったら報告する」


 キャスパー捜査官に手を振り、背を向ける。ラインは微かにため息をついた。だが、ガイには聞こえなかった。ガイたちはそのまま部屋を出る。


 少し歩いたところで出てきた部屋の扉が開き、キャスパー捜査官が出てきた。食えないおやじはのんびりとガイの方へと歩いてくると、ちょっといいかなと引き留めた。

 ガイはへらへらした態度で振り返る。

「なんだよ?」


 キャスパー捜査官は声を潜めた。後ろにいるゲイブとハリーに聞かれたくないのだろう。

「前回の現場でも違う神将が来た。そう、ころころ担当が変わるのかね」

「まあ、ケースによるかな」

「君の担当が変わらないことを祈るよ。ダイルソン捜査官はけっこうむちゃなやつでね。今までもむちゃなことが多かった。旧友であるなら、今回は魔物退治のプロである君の言葉を聞くかもしれない」


 ガイは態度を変えずに、それとなく尋ねる。

「へえ、学生の頃は慎重なやつだったけどな。むちゃをするのか」

 ガイは心の中で思う。そもそも連邦特別捜査官になっていることが意外だ。彼は頭は良かった。学者になるのではないかと思っていたほどだ。それがなぜ、こんなところにいるのか。


「ギャングの中に平気で入るぐらいは、私たちもするがね。魔物がいる場所でのむちゃは別だろう」

「今回だけじゃねえのか、魔物絡み」

 キャスパー捜査官は肩をすくめた。

「彼は魔物専門の捜査官さ」

 その言葉にガイは衝撃を受けた。




 家に帰るとベティーにおかえりなさいと声を掛けられ、ガイは思わずにやける。

 おいしい夕食の匂いにおなかの音が鳴った。ベティーはすでに食事を終えており、ガイの食事の分だけ用意してくれていた。

 ガイはどっかりとテーブルの椅子に座ると、肘をつきながらちらりとベティーを見た。なぜか、今日のことをベティーにとても話したくなった。料理を並べ終わるのを見て、ガイは声をかけた。


「なあ、ちょっと、ベティー、ここに座って話を聞いてくれよ」


 実際にこのように話をするのは珍しい。兄弟にもこんなことをしたことがない。これまでガイはすべて自分の中で解決してきた。しかし今は、とても話を聞いてもらいたい。そんな風に思うのもベティーだけだ。


「はい」

 ベティーは驚いた顔をしたが、ガイの前の席に座った。自分用の紅茶を持ってきている。食事をしながら、ガイは任務の詳しい話はせずに今日のことをかいつまんで話をした。


「ラインさんがいたのですか」

 ベティーは驚きの声をあげた。


「うん、俺も驚いたよ。まさか、この間ベティーと昔話をしていた張本人が出てくるとは思わないじゃねえか。それも仕事場でさあ」

「捜査官だったのですよね」

「そう。あいつはそんなことをするようには見えなかったんだけどな。頭はいいけど、穏やかなやつだったし」

「それでラインさんは挨拶をされたのですね」

 ガイはパンを千切って食べながら頷いた。


「おう。しれっと、昔のことなど忘れて挨拶してきた。まあ、あの場で他人のふりをするより挨拶してしまった方が面倒じゃないかもしれないがな」

「それで同僚の方が、ラインさんは無茶をするから様子を見てほしいと言われたのですよね」

 ベティーに言われて、確かになぜあのようなことをキャスパー捜査官が言ってきたのかがわからなかった。

 ベティーはうんうんと唸る。そしてぱっと意味ありげにガイを見た。

「ガイ様、きっとこれは謎があります」

「はあ? 謎?」

「ラインさんには、何か理由があるんです」

 ガイには、余計にわからない。

「何、理由って?」


「だって、学生時代のラインさんは捜査官になるような方ではなかった。それも連邦特別捜査官と言いますと、結構危険です。優秀な方で学者肌だったのですから、捜査官になるには少し違和感があります」

「そうだな」

「それも専門は魔物捜査官で、むちゃなこともする。穏やかで冷静な人柄なんですよね」

「ああ」


「おかしいです」

 ガイは思わず黙り込む。

「それに本当にガイ様と会ったのは、偶然でしょうか?」

 ベティーの言い方は謎に満ちていた。

「どういうことだ?」


「神将様と会うことは、本来難しいと思います。いいですか、ガイ様、普通に生活している中で神将様と会う確率ってけっこう少ないです。私は普通では会えないと思います。通常、神将様は自分が神将であることを隠す方が多いですよね。町を歩いていても神将だと気づかれないようにしています」


「ああ、そうだな」


「例えばです。ビジネスマン、実業家、医師、技術者、芸術家、芸能人、さてこの方々が神将様に会えると思いますか?」

「うんん?」

 ガイは思わず呻く。ベティーが言うように会うことはほとんどない。

 ベティーの瞳は輝いていた。

「それでは、どの職業が神将様と確実に会えるでしょうか?」

 

「警察官なら、もしかしたら会う可能性もあります。でも、確率は低いです。捜査官なら、連邦特別捜査官なら特殊な事件を捜査しているのですから、警察官よりもぐっと神将様と会える確率が上がります。その中でも魔物担当なら神将様に会うことは可能です。さすがに神将様も神将であることを名乗ります」


 まさかと、ガイは思う。


「おいおい、ラインは神将に会うためにこの仕事をしているように聞こえるぞ」

 ベティーはにっこりとした。

「ですから、この後の謎はガイ様が解いてください。ラインさんと会ったのは本当に偶然の結果なのか、それとも何かあるのか」


 そのベティーの言葉にガイは考え込むようになった。


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