【番外編】猫矢菜子と国永満

 なーこ先生こと猫矢菜子ねこやなこ国永満くにながみつるは恋人関係にある。

 

 これは生徒たちの中では有名な話だった。しかし、生徒たち知らない。彼らの私生活を――




***

「満ぅ、ご飯はまだかにゃぁ」

「なこちゃん、ちょっとまってねぇ」


 猫矢菜子はソファーでだらだらと過ごしていた。それはもう、本当の猫のように。

 学校ではドSで厳しいことで有名な猫矢菜子だが、恋人である国永満の前ではそれは機能しなかった。むしろやられる方が好きだし、だらだらする方なのだ。


「ご飯できたよ、なこちゃん、またゴロゴロして……そんな姿でゴロゴロしてたら、襲っちゃうぞぉ!」

「うにゅ、それは本望だなぁ……満はぜんぜん手を出してくれないからな」

「っ! もぉ、ご飯食べるよぉ!」

「あ、今話しそらしたなぁー」


 そう言いながらも、満は菜子の事を起こし、ぽわぽわしている菜子を食卓まで連れていく。顔は真っ赤だったが。

 

「うんまぁーい! さすが私の満だ!」

「お粗末様ですー」


 食卓に並んでいるのはタラのトマト煮込みだ。タラを片栗粉を付けて焼き目が出るまで焼く。そして、トマト缶、コンソメ、野菜をいれて、煮込むだけ。そんなに難しい料理ではない。


「程よいトマトの酸味……コクのあるソース、野菜にしみわたるタラの出汁、カリッとしたタラ……満は天才だぁー。私ではこんなおいしいもの作れん」

「言いすぎだよ、僕もレシピ見ながら作っただけだし。まぁなこちゃん、料理本当に不得意だもんね……」


 目を輝かせてパクパクと料理を口に運ぶ菜子。それを自分も食べながらだが、目を細めて幸せそうに見つめる満。誰がどう見ても幸せなカップルだ。こんな状況になるまではそんなに時間はかからなかった。




***

 あれは春。桜舞い散る、春の季節。

 陽光を桜が遮り、キラキラと光の欠片が舞い落ちる。そんな暖かな日差しが降り注ぐやわらかなる時。


 猫矢菜子は入学式だと言うのに、学園長からとてつもなくめんどくさい用事を任されていた。ただでさえ忙しい入学式の日に、今期の首席の親に挨拶をしに行けという内容だった。今期の新入生代表は菜子が担任らしく、今回も金で首席の座を買うような人間だった。

 案の定、分家筋のパッとしない陰陽師の家の者で、菜子が強気な態度を取ると物凄い罵詈雑言を浴びせてきた。「妖のくせに頭が高い」など様々である。だから菜子はとてもイライラしていた。菜子はベテランの教師だが、そのベテランでも妖気を少し漏らしてしまうくらいは怒っていた。


 

 猫矢菜子は錆色の猫又である。

 猫矢の家は数ある妖の血筋の中でも低位の方である。しかし、家の者は皆優秀で、様々な職種に就いている。その中でも菜子の祖父はなんと皇鬼直属の暗躍部隊「黒影こくえい」に所属していた。

 菜子は教師になって20年経つ。妖の寿命は人よりも長い。成長期は人間と同じように成長していくが、1番美しい、元気な姿まで成長すると、そこから老いのスピードが緩やかになっていく。

 

 人間よりも長い時を生きるからこそ、ただ1つの恋に全てを捧げる。あの皇鬼がそうなっているように。


 だから菜子もそんな恋に憧れを抱いていた。次々と、魂の伴侶、番を見つけるのを諦めて、結婚して行った兄弟、姉妹、友達。菜子の両親は早く孫の顔が見たいと言うが、菜子はそんな恋を諦めることが出来ずにいた。だからこそ、その鬱憤を仕事で発散する。強気な態度でいると、自分の乙女らしい内面をさらけ出さなくて済むから。


(こんな時、魂の伴侶が居たらどんな気持ちなのだろう)


 菜子は疲れていた。こんな事を思うくらいには。いつもはこんな罵倒には少しも屈しなかった。教師だからだ。クレームの電話もよく対応する。ちょっとやそっとの言葉で折れる心ではない。しかし、今日は違った。もう一度言おう、菜子は疲れていた。

 廊下を足速に歩く。やつれた心を顔に出さないようにするため、キリッとした表情で歩く。

 

 職員室に着くと、何やら新任教師達が自己紹介をしているらしい。

 

「国永満ですっ! 至らぬ事ばかりですが、よろしくお願いします」


 声が聞こえた。ドクンドクンと心臓が波打つ。血が全身に巡るかのように、ある気持ちが全身を駆け巡る。

 菜子は気がつけばノックもせずに、バァンと扉を開けていた。職員室にいる先生達は皆、菜子の方を見て驚いている。


 雷に打たれたような、そんな感覚。


(嗚呼、やっと見つけた。あなたが私の……)


 そう思う頃にはもう口に全てが出ていた。


「あなたは私の魂の伴侶だ! 私はあなたが現れるのをずっと待っていた。私の花婿、好きだ!」


 少しの沈黙が走り、ざわつき始める教師陣。そんな教師陣には目もくれず、菜子はその男のことを見ていた。

 最初は呆然とした顔をしていたが、菜子が言ったことを理解したのか、ぼっと顔が赤くなった。そして消え入りそうな小さな声でこう言った。


「ま、まずはお互いのことをよく知ってからにしません……? えっと、猫矢先生?」


 その言葉を聞いて菜子は嬉しい気持ちと安堵の気持ちでへにゃと顔が緩んだ。

 実を言うと魂の伴侶と出会った時に言うことを考えていたのだ。なのに、いざ会ってみればすぐさま考え無しに告白してしまった。だから、ドン引きされたのではないかと不安だったのだ。でもそれは杞憂であった。満はまんざらでもなさそうだった。

 それを理解した菜子はとてもうれしくなった。勝手に尻尾が反応する。



 それからと言うもの、菜子は積極的に満に話しかけ、満はそんな活発な菜子に対して、恋愛感情を抱くようになった。そして、お付き合いが始まった。デートに行き、満の親の元へ挨拶に行き、同棲が始まった。



 そして現在――


「ほらほら、見て! 今日の私の下着だぁ! 今日こそは襲ってもらう! 覚悟!」

「菜子ちゃん、隠して、お願いだから! ちょ、上に乗らないでっ!」

「どうだぁ、襲う気になったか? ふふふ、ん? 満……?」


 ベッドの上で、満にまたがる菜子。最初の内は満は焦っていたが、急に静かになった。そして、ガッと菜子の背中に手を回すと、そのまま形勢逆転。キスを落とす。

 ふわりと香るシャンプーの匂い。菜子は尻尾をゆらゆらさせて喜んだ。


「満、私とまぐわう気になったのか!? うれし……んっ!」


 満は菜子の言葉を遮るように、またキスをした。そして、口を離す。

 菜子は満の顔を見て、顔を紅潮させた。今まで見たことがない顔。余裕のない顔。真っ赤に染まった頬。

 そして、満は口を開いた。


「菜子ちゃん、僕はね君の事を大切にしたいんだ。だからこそ、今日まで我慢してきたんだけど……ちょっと、もう無理かも……」


 そう言うと、菜子の肩に顔をうずめた。


(嗚呼、幸せだな……)


 

***

 猫矢菜子と国永満は学校で有名なカップルである。菜子は満の前では甘々モードになり、満は菜子に対してだけにする顔がある。これは誰も知らない、彼らだけの顔。

 彼らの幸せが永遠に、ずっと続くように願っていよう。

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