【第30話】覚悟

――諦めなければ、変わることもあるのです……

 

 千年桜はそう言った。


 桜がぶわりと舞う。まるで、これで最後かのように、ひらり、はらりと舞う。その光景はとても美しく、儚い……まるで――




***

 そして、断木の儀当日。


 志乃はいつも通り準備をして蒼真と紅賀と共に登校する。いつもと変わらぬ日常。いつもと変わらぬ情景。いつもと変わらぬ行動。

 いつも通りのホームルームがあり、いつも通りの授業がある。

 ただひとつ違うのは、生徒たちの心情。11時からの断木の儀が楽しみで仕方がない心。しかし志乃だけはそんな気分になれなかった。


 

「皇鬼様……どんなお方なんでしょうか?」


 休み時間、茉莉も加わり談笑していた。萌黄が椅子に座って頬杖を着いて言う。


「私のイメージなんだけど、真っ黒な人、みたいな?」

「確かにそうですわね……皇鬼様が黒以外の服を着ていらっしゃるのを見たことがありませんわ」

「髪の毛も目も真っ黒だもんね……」


 皆、皇鬼の話で持ち切りである。そんな盛り上がる中、志乃は窓の外を見てぼーっとしていた。心ここに在らずという感じである。日南は心配そうに、志乃を見る。


「志乃ちゃん……やはり千年桜が切られること、まだ許せないんですかね……」


 茉莉が心配そうに日南に話しかける。日南は首を振って、それを否定する。


「切られることが許せないんじゃなくて、それを止めることも、どうすることも出来ない、何にもできない自分が許せないんだよ」

「……確かにこればかりはどうしようもないですもの……」

「もうあと10分で始まっちゃうしね……断木の儀を中止させるのなら、それよりも重大な事件とかテロとか起きないと無理だしね……」

「もう、極端な話、会場に乗り込んで乱入でもしない限り、中止にはならないよね……でも乱入なんかしたら最悪死刑かも……」


 ぼーっとしていた志乃がピクと茉莉の話に反応する。そして茉莉の方にズイと駆け寄った。


「それ……いい考えだね!」

「ん!?」


 志乃の喜びに満ちた表情を見て、日南たちは嫌な予感がした。


「まさか、ね……そんな事しないよね?」


 萌黄が志乃に問いかける。志乃は一瞬キョトンという顔をしたが、すぐに満面の笑みになった。


「私は今から断木の儀の会場に乗り込もうと思ってるけど?」

「はあ!? そんな事ダメですわ! ダメゼッタイ、ですわ!」


 鏡華がいつもの余裕の表情から血相を変えて止める。


「茉莉! あんたが変なこと言ったから志乃が本気になっちゃったじゃん! どうすんの!」

「はひ、ごめんなさいー!」

「志乃も志乃だよ! 変な事考えるのはよしな! 乱入なんかしたらその場で殺されるよ!」

「それでもいいの……!」


 日南の必死の説得に、志乃は反論する。


「私は、私は、あの桜が大切なの! 無くなったら困るの! それに、みんなが諦めたらそこで終わりって言ったんだよ! だから私は諦めない!」

「……それだけで、そんなに必死になれないよ。志乃はどうしてあの桜が大切なの……?」

「それは……」


 日南の目は怒っていた。志乃に怒ったことなんて今まで1度もないのに、日南は本気で怒っていた。志乃は少し間を開けて、まるで自分に話しかけるかのように語り出した。

 


「愛しい貴方が傍にいる夢。私はこれを夢で終わらせない。現実にするの。朧月が照らす、あの桜の下で貴方はずっと待っている。私は会いに行かなくちゃいけない」

「志乃……」

「だから、私は確かめに行くの! 千年桜に直接!」


 その絶対に譲れないという意思の感じる強い眼差しを見て、日南は納得した。鏡華も萌黄も茉莉も諦めたようだ。


「志乃は1度やると決めたことは、絶対に曲げないですものね」

「骨は拾うよ」

「頑張って下さい……!」

「当たって砕けろ、ですね!」

 

 志乃は皆のその言葉に、嬉しく思った。


「皆、大好きだよ……!」


 その時、ガララと扉が開き、なーこ先生が入ってきた。


「ほかのクラスのやつは、自分の場所に帰れー。皆お待ちかねの断木の儀が始まるぞ!」


 茉莉は席をたち、志乃にこう言った。


「頑張ってね!」

「うん!」


 ぞろぞろとほかのクラスの生徒たちが出ていく。先生は予め用意していたプロジェクターを起動させ、断木の儀の中継を映し出す。


『中継です。私は今断木の儀の会場である綾月公園に来ています。観覧席の人はとても多く、後ろの方からでは何も見えないくらいです。私も記者スペースに移動したいと思います』


 アナウンサーが移動する。記者スペースは観覧席の1番前だった。見ると、千年桜のそばに人よりも大きな斧が置かれていた。


『あれは、断木の儀で使用される神絶の斧ですね……迫力が凄いです……! あ、始まります!』


 クラスの皆がおおと歓声をあげる中、ガタンと椅子から離れる生徒がいた。志乃である。なーこ先生は怪訝な顔で聞く。


「おい、朧月、どこに行くんだ」


 志乃は感情を隠しきれない、満面の笑みで答えた。


「ちょっとトイレに行ってきます!」


 そして走り出した。なーこ先生は驚愕の表情で廊下に出る。


「おい! どこに行くんだ! トイレは反対だぞ! おい!」


 なーこ先生の叫び声は廊下中に響いたが、志乃は聞こえないフリをしてとにかく走った。



「間に合え……!」


 学校を出て、道路を全力疾走で走っていたが、志乃はこのままじゃ間に合わないと感じ、人の家の屋根の上から行くことにした。さすがは覚醒を果たした人外。ひょいひょい軽々と屋根を伝っていく。



 


***

 一方、教室では歓声と驚きの声でいっぱいだった。


「はー、あの馬鹿はどこに行ったんだ……」


 なーこ先生は盛大にため息をついて、中継を見る元気もなさそうだった。


「朧月さん、どこに行ったんだろ」

「絶対にトイレじゃないよね」

「まさか会場に行ったんじゃないの?」


 コソコソとクラスメイト達が話す中、日南達はガッツポーズをしていた。


「よっしゃ第一関門は突破したね!」

「まさか、トイレで行くなんて……!」

「ふはっ、やばすぎ」



 そして皆で願った。


「「「上手く行きますように!」」」

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