【第7話】ウツロ

 最近は平和である。

 志乃はそんなことを思いながら、教室の窓際の席で日向ぼっこをして、ほわほわしていた。変な夢も見ないし、変な虚人も現れない。まあ、登校中に虚にばったり出会ったりもしたが、業者に連絡したし、志乃からしたら平和そのものである。


「志乃ー! いつまでも日向ぼっこしないで、シャキッとしなよー」


 日南がポカっと志乃の頭を小突いた。


「いやー、平和だなと思って、えへへ」

「……顔がふにゃふにゃだぁ、平和ボケってやつか」


 日南は困った顔をしながらも、内心めちゃくそ可愛ええなと思っていた。




――ガラララ


 チャイムかもう少しで鳴るという時間に先生が2人、入ってきた。なーこ先生こと猫矢先生と知らない先生だった。次の授業は特別授業、瘴気と虚についてというものだ。

 本当はこの授業は無かったのだが、あまりにも知識が無さすぎると言う、なーこ先生の指摘からこの授業が急遽出来た。


 先生達がプロジェクターの用意をする。準備が終わる頃にチャイムが鳴った。するとぞろぞろと人が後ろのドアから入ってきたのだ。

 なーこ先生がニヤリと笑って話し始める。


「今日は、聞いての通り虚について学ぶ。そこで先生を紹介しよう。我が天明学園大学の虚専攻の准教授、鳴宮天麻なるみやてんま先生だ。鳴宮先生は虚研究の第一人者として有名な方だ。心して聞けよ、お前ら!」


 鳴宮先生は色素の薄い髪色で、ミルクティー色だった。目は黄色。眼鏡をかけている。なーこ先生が話終えると、鳴宮先生が話し始めた。


「ご紹介に預かりました、鳴宮天麻と言います。この見た目ですが、れっきとした人間です。まあ、祖先に人外と交わった方が居るみたいで、それが強く出ているだけですので、怖がらないでくださいね」


 鳴宮先生は一呼吸挟むと、また話し始めた。


「皆さん、虚、というものが何か知っていますか?」


 この問い掛けに生徒達は口々に「それぐらい知ってる」と言い出す。先生はうんうんと頷きながら、また話す。


「虚は皆さんが知っての通り、その辺にいるものです。その正体は人間の負の感情の塊。負の感情とは欲望、嫉妬、怒りなどからなる穢れた心のことです。瘴気、穢れの塊です。だから近くにいると普通の人なら瘴気に当てられて、体調が悪くなります。耐性があるなら別ですがね」


 鳴宮先生はプロジェクターに映し出された虚のイラストをぽんと手で触った。すると、その正体は瘴気という文字が映し出され、その他説明が出てくる。


「昔は神社やお寺の祭事等で払うことが出来ました。しかし、我々人間が豊かになればなるほど、それだけでは払えなくなるほど増加しています。しかも最近は攻撃性が増し、近くにいるだけで襲ってくるようになりました」


 後ろにいる先生方も聞き入っているようだ。


「虚は人の形を持たない、いや、固定された形を持たない存在です。奴らは体を欲します。襲った人に取り憑き、その者を核として虚人となるんです。人間だけではありません。動物、建物にまで取り憑きます。取り憑かれたものはどうなると思いますか?」


 鳴宮先生が質問を投げかけた。すぐにアリスが答える。


「どの深度までかによりますが、最悪の場合、塵も残らず消えてしまいます」


 その解答に先生は拍手した。


「深度という言葉まで知っているなんて、さすがは首席さんですね! そうです、侵食具合には3段階の深度があります。深度1は取り憑かれて間もない人の事を指します。この人たちは自我もあり、体調が悪いな程度で済みます。虚を引き剥がしてしまえば、数日、もしくは数週間寝込みますが、健全な状態で助かります。深度2は侵食がかなり進んでいます。それはもう心にまで影響が出るくらい。自我を保てなくなり、言動がおかしくなります。この人たちは助けることはできますが、その後は死人のようになってしまいます。最後に深度3です。これはもう助かりません。その人は人格を破壊され、もう虚に乗っ取られている状態です。虚を払えば、核となった人も塵も残らず消えてしまいます」


 鳴宮先生はプロジェクターに深度表を映し出す。


「だから、戦えない人は近づいてはダメなのです。分かりますか? とても危険なのです、興味本位で近づく相手ではありません。これを心に刻んでおいて下さい。続いては虚の討伐方法です」


 鳴宮先生はバンと教卓を叩き、熱弁するが、すぐに先程の大人しい感じに戻った。


「国は虚を見つけ次第、戦える者は自分で駆除し、戦えない者は業者や専門職の人間を呼ぶように推奨しています。推奨という名の義務ですけどね。虚は穢れの塊、つまりは浄化作用のあるものが聞きます。清塩とかですかね、あれを振りかければ本当に弱っちいもの、そうですね、靄のような物なら消えます。」


 鳴宮先生は鞄からガラス瓶を取りだした。そこには透明な液体が入っていた。蓋を開けるとふわりと甘い、良い香りが漂う。


「絶対に倒せるのはこの呪術的薬剤、『柊桃香しゅうとうか』です。柊桃香は主に陰陽連が製造していますが、大量生産は難しく、お値段は結構します。ただ、ひと家族に一瓶あったら困らないものです。皆さん、お金に余裕があれば買いましょう。これは虚には毒ですが、我々には良薬となります。フレグランスとして家に置くのもありです。家の中が浄化されます」


 まるで、ショッピングの宣伝のような語り方であった。先生は蓋を開けたまま、授業を進める。

 志乃は柊桃香の香りがとても好きだった。にこにこして前に座っている日南を見ると、げんなりしていた。


「次は貴人刀、貴妖刀ですね」


 彼はそう言うと、教卓を退け始めた。

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