第8話 異空間の不思議な部屋

「助手は2人もいらん」


 しかしソシアの願いはツクナに一蹴される。


「そ、そんなっ! いやだーっ! わたくしも行くのっ!」

「ソシア」


 ツクナを下ろした俺はソシアの肩を叩く。


「聞き分けろ。ツクナがダメだと言ったらお前は連れて行けない」

「け、けど……」

「永遠の別れじゃない。いつかきっと戻って来るから」

「……」


 納得したような顔じゃない。

 しかしついては来れないと理解はしたようだ。


 俺はツクナとデュロリアンへ乗り込む。


「じゃあ……元気でな」

「……」


 別れの言葉にソシアは俯いて答えない。


「行くぞ」

「あ、うん」


 目の前にある車輪のようなものを握ったツクナが、そこにある突起を押す。と、


「お」


 デュロリアンの前で景色が歪む。


「な、なにか景色が……おおっ!?」


 前方へ走り出すデュロリアン。

 俺はうしろに身体を引かれて背もたれに身体を埋める。


 走り出したデュロリアンはそのまま歪みに飲まれ……。


「やっぱりわたくしも行くっ!」

「えっ?」


 そう聞こえて振り返るも、すでに見えるものはなにも無い。

 前へ向き直れば、暗闇の中に一本の光り輝く道があるのみだった。


「ソシアの声が聞こえたみたいだけど」

「ふむ……」


 眉をややひそめたツクナだが、すぐに表情はもとに戻る。


「あ、と……その、ここはどういう場所なんだ?」

「数多に存在する世界と世界を繋ぐ異空間道じゃ。ここを通って次の世界へ行く」

「世界と世界を繋ぐ異空間道……」


 そう言われても理解が難しかった。


「外に出てはいかんぞ。道から落ちたらどこの世界へ行くかわからん」

「そ、そうなのか」


 気を付けよう。


「これから行く……その、次の世界ってどういうところなんだ?」

「それは着いてからの楽しみでもいいじゃろう」

「まあそれもそうだな、どれくらいで着くんだ?」

「3日くらいかの」

「み、3日か……」


 この狭い中に3日もいなければいけないのはちょっと辛そうだった。


「少し寝ようかな」


 あくびをした俺は背もたれに体重を預ける。


「眠るなら上で寝るとよい」

「上って……」


 どういう意味だろうと、ぼんやり上を眺める。


「ちょっと待つのじゃ」


 と、ツクナが手を離すと輪っかは収縮して付け根の部分に収納されてしまう。


「あれ? その輪っか離していいのか?」

「自動運転に切り替えたのじゃ」


 そう言ったツクナはイスに立ち上がってジドウシャの天井を押して開く。


「お、おい。外に出たらあぶないんじゃないのか?」

「外ではない。この上は異空間に繋がっているんじゃ」

「異空間?」


 ツクナが上って行ったので、俺もそれについて行く。


「えっ?」


 上った先は外……ではなく、


「あれ? へ、部屋?」


 広い部屋があった。


 窓もロウソクも無いのに明るい。不思議な部屋だ。


「ど、どうなってるんだ? どこだここ?」

「ツクナの研究所じゃ」

「ケ、ケンキュウジョ?」

「いろいろ作ったりする場所じゃよ」

「いろいろ作ったり……?」


 工房ってことか?


 しかし金づちや刃物のようなものは無いし、火を起こすような場所も無い。こんな場所でどうやってなにを作るのかさっぱりである。


「ツクナはシャワーを浴びて来るからの。眠るならそこのソファーで寝ればよい」

「ソファー?」


 指差す方向に横長のイスみたいなものがある。これがソファーだろう。


「お、これ柔らかいなぁ」


 俺はソファーとやらで横になる。


「喉が渇いたらそこの冷蔵庫に飲み物が入ってるからの。好きに飲むがよい」

「うん。……レイゾウコ?」


 レイゾウコってなんだろう?


 聞こうと思ったが、すでにツクナの姿はそこになかった。


「シャワーを浴びに行くとか言ってたかな? ん? シャワーってなんだ?」


 わからないことばっかりだ。


「……ちょっと喉が渇いたな」


 ソファーから起き上がった俺は、レイゾウコという大きな箱の側に行ってみる。


「これどうやって開けるんだ? これを引っ張るのか?」


 取っ手があったので引いてみる。と、


「おわっ?」


 開けると中からひんやりした空気が漂ってきて驚く。


「なんだこれ……? ん? 飲み物ってこれか?」


 細長い透明の物体がいくつかあり、その中に水が入っている。


「……これどうやって中の水を飲むんだ?」


 試行錯誤して開けることを試みるが、やっぱりわからない。


「ツクナに聞くしかないか」


 俺は液体の入った物体を手に持ってツクナを探しに行く。


「どこに行ったんだ? こっちか?」


 廊下の奥から音が聞こえる。

 水の流れるような、そんな音だ。


「ツクナ? いるのか?」


 音に消されて聞こえないのか、返事は返ってこない。


「ここか?」


 音のする部屋を見つけて近づき、


「ツクナ」


 扉を開く。と、


「あ……」

「ん?」


 裸のツクナが水浴びをしていた。


「あ、ああ……」


 俺の身体は固まってしまったように動かない。


 美しい。


 その白く美しい肢体に心が囚われてしまう。

 頬は熱くなり、もはや他のことはなにも考えられなくなる……。


「な、なにおしておるっ! 向こうへ行くのじゃーっ!」

「えっ? おわっ!?」


 桶を投げられ、慌てて退散する。


「シャワーって水浴びのことだったんだな。あ、いや、それよりも」


 なんだろう? さっきの感覚は?


 ツクナの裸を見たら、頭がぼーっとして他のことは忘れて見入ってしまった。

 こんな感覚は初めてだ。


「うーん……あ、これの開け方を聞くの忘れた」


 聞きに戻るわけにもいかないので、しかたなく俺は部屋へ帰った。


 ……それからしばらくしてツクナが水浴びから戻って来る。


「あ、ツクナ……」

「むー」


 頬を膨らませて明らかに怒っていた。


「なんか怒ってる?」

「乙女が裸を見られたんじゃぞ。当たり前じゃ」

「そ、そうだな。ごめん」


 小さくても女性だ。裸を見られて怒るのも無理はないか。


「むー」

「あ、あのこれ、どうやって開けるの?」


 手に持ってる細長い透明の物体を指し示すと、


「むー」


 受け取ったツクナは天辺を捻って開けてくれた。


「あ、ありがとう。あ、こうやって開けて飲むのね」


 冷たい水を飲み込んで一息つく。


「むー」

「裸を見たのは悪かったよ。ごめん。許してくれ」

「……」


 黙ったツクナは俺の目をじっと見つめる。


「……いくらツクナのことが好きだからと言って、シャワーを覗くのはいかんのじゃ」

「い、いや、覗くつもりなんて俺は……」

「まあよい」


 そう言ってツクナはレイゾウコから水を取って飲み込む。


「ペットボトルの開け方を教えていなかったツクナも悪いのじゃ」

「あ、これペットボトルって言うんだ」

 

 天辺の蓋を捻れば開いて、逆に捻れば閉まって中の水が漏れない。

 便利なものだ。


「それでどうじゃった?

「どうってなにが?」

「ツクナの裸を見た感想じゃ」

「は、裸を見た感想って……」

「あるじゃろ? 綺麗だったとか、セクシーだったとか」

「セ、セクシー?」


 セクシーってなんだろう? 確かさっきも言ってたけど。


「セクシーとはエッチで魅力的ということじゃ」

「いやそのエッチって……」

「なんじゃ? ツクナの身体には女を感じないというのかの?」

「いやその、ツクナの裸は絵画に描かれる天使のように綺麗で美しかったと思うけど」


 素直な感想を言うと、


「そうか」


 ようやくツクナはニッコリと笑う。

 どうやら許してくれたようだ。


「ハバンもシャワーを浴びてきたらよい。ちょっと臭いぞ」

「そうか? じゃあ浴びさせてもらうか」

「うむ。使い方を教えてやろう。と、その前にその仮面を取るのじゃ。復讐は果たしたのじゃからもう外してもいいじゃろう」

「あ、うん。それもそうだな」


 右手で仮面の鍵部分を掴んだ俺は、難なくそれを引きちぎる。

 そして忌まわしき仮面を顔から外す。


「……ふう。さ、それじゃ行こうか」


 外した仮面を下へ置いた俺は、シャワーとやらに行こうとするが、


「……」


 なぜかツクナは動かない。

 俺の顔をじっと見上げて止まっていた。


「なんだよ? 顔になにかついてるか? あ、髭か。剃らないとなぁ。顔が毛むくじゃらだもんな。ははは」

「あ、いやその……やっぱり仮面は必要かものう」

「えっ? なんで?」


 ツクナがなぜそう言ったのか?

 俺にはさっぱりわからなかった。

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