第5話 ソシアが来る2週間前、王城では……

 ソシアがハバンのもとへ来る2週間ほど前。

 水害で困窮するマルサルの現状に国王となったバルドンは悩まされていた。


「一体どうなっているんだっ!」


 玉座に座っている新国王バルドンが叫ぶと、大臣たちがビクンと身体を震わす。


「は、はい。今年は例年に無いひどい水害に見舞われまして、農作物の収穫がほとんど無い状態でして、国民はもちろん我々が食す食物すら微量な状況で……」

「それはわかっているっ! 去年も水害はあったっ! そ、そのときはどうやって食物を手に入れていたのだっ!」

「去年は鉱物資源を輸出して他国より食物を輸入しておりました」

「ならば今年もそうすればいいだろうっ! なぜしないっ!」

「おととしにマルクス王国領内にある鉱山はほぼ枯渇し、貯蓄してあった鉱物資源も去年の水害時にすべて輸出や武具の生産に使用してしまいました」

「だったら新たな鉱山を発見すればよいっ! なぜしなかったっ!」


 その言葉に大臣たちは焦りの表情を見合わす。


「し、進言はいたしました。しかし前国王様は今の鉱山が枯渇することなどありえない。鉱山を増やして作業員に給金を払うのは無駄とおっしゃられまして……」

「ぬう……。し、しかし万が一を考えて鉱山を探しておくべきだったのではないかっ!」

「さ、探しました。しかし見つけることはできなかったのです」

「なぜだっ!」


 大臣たちは答えない。

 言い淀んでいる様子だった。


「なんだっ! なぜ答えないっ!」

「いえその……」

「いいから答えろっ!」

「で、では……」


 ひとりの大臣が意を決して口を開く。


「その……鉱山の調査はハバン様がやっていたことで、あの方がどのように調査をして鉱脈の発見をしていたのか、それがわからないのです」

「な、に……?」


 5年前に遠くの領地へ追放されたバルドンの異母兄ハバン。

 蔑んでいたあの男にそんな重要な役目があったとはと、イラついたバルドンは舌を打つ。


「な、なんとか鉱脈のある場所は見つけられないのかっ!」

「やっておりますが、現在のところ発見はできておりません」

「くっ……ならば他国と交渉してなんとか安く食物を手に入れろっ!」

「どこの国も我が国の足元をみているというか、高額な金銭か莫大な鉱物資源の提供を要求しております。以前はハバン様がうまく交渉してできるだけ安く手に入れていたそうですが……」

「ま、またハバンだと……」


 ドンとバルドンは玉座のひじ掛けを叩く。


「なんてことだっ! このままでは我が国はおしまいだっ!」


 隣に座っていた前国王の父が悲痛な声でわめく。


「ちょ、ちょっとなんとかなりませんのっ! 庶民はともかく、わたくしたち高貴な身分の者たちが飢え死になんてありえませんわよっ!」


 その隣に座っていた母のサリーノもうるさくわめきだす。


「バルドンっ! あなたは国王なんですから、なんとか方法を考えなさいっ!」

「か、考えろと言われましても……母上」


 バルドンは自分の右手へ視線を下ろす。


 そこに見えたのは右手の甲に刻まれた偽造の王家の紋章。

 20歳になったバルドンの右手には紋章が浮かぶことはなく、王となるため偽物を刻んだ。


 皮肉なことに、ハバンに対して偽造と蔑んだ紋章を自分の手に刻んでいた。


「わからない……。僕にはどうしたらいいのか……」

「わからないなんて無責任じゃないっ! あなた国王でしょうっ!」

「そ、そんなこと言われても……。う、うう……ぜ、ぜんぶ兄上が悪いんだっ! 僕が王になってから……いや、兄上がいなくなってからこの国はなにもうまくいかないっ! 僕らを逆恨みした兄上が呪いをかけているに違いないよっ!」

「そうですわっ! きっとそうっ! 本来なら死罪になっていた紋章偽造の大罪を、右腕の切断と追放で許して差し上げた恩を忘れて呪うなんて、ひどく悪辣で陰湿ですわっ!」

「そうだっ! 恩を仇で返すとはなんて恥知らずな奴っ! 我が息子ながら呆れた奴だっ!」


 怒り狂った3人はハバンへの罵詈雑言を叫び散らす。


「ひ、ひとつ気になるご報告が……」


 その3人へ大臣のひとりが恐る恐るといった様子で声をかける。


「なんだっ!」

「は、はい。そのハバン様の治める領地ですが、隣国と独自に交易をしているという情報があります。どうやら食物を輸入しているようなのですが」

「な、なに……?」


 俯いたバルドンは思考し、やがてハッと顔を上げる。


「鉱石だ。兄上は辺境の領地で鉱山を発見して鉱石を使って食物を輸入したに違いない」

「そ、それだっ! ハバンめっ! わしらを呪って苦しめ、自分は鉱山を見つけて満足な生活を送っているとはなんて不届きな奴だっ!」

「そうですわっ! バルドンっ! すぐにハバンのもとへ討伐軍を送りなさいっ!」

「もちろんです母上っ!」


 鼻息荒く承諾したバルドンはハバンのいる領地へすぐに討伐軍を送るよう大臣らへ命じた。

 その日のうちに、3千という兵がハバンのもとへ送られる。


 たったひとりに3千は多過ぎるのでは?

 そんな大臣の言葉はバルドンの「うるさいっ!」という怒鳴り声にかき消された。

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