鳥人間コンテスト、開幕。
『お待たせいたしました!鳥人間コンテスト一回戦の開幕です』
華やかなステージの裏、羽を衝立につける鳥はぶつぶつと言葉をこぼしていた。
「…大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫」
「あ、あの、鳥さん?」
菜々華は鳥の背中に手を置いた。
「大丈夫ですか?」
鳥は羽を衝立につけたまま、首だけくるりと後ろに回した。
「大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫」
つぶらな黒い目はどこか虚空を見つめており、嘴はパカパカと高速に動いている。
「あのこれ、どうぞ」
今にも泡を吹きそうな鳥の口に、ストローを刺したスポーツドリンクを差し出す。
先ほどコンテスト本部で貰ったノベルティである赤いスポーツタオルを首にかける菜々華は、さながらリングコーナーで選手を励ますトレーナーのようだった。
「水分はとっておいたほうがいいですから」
鳥は菜々華に支えられながら、ストローに嘴をつける。
「ありありあり、ゴクゴクゴクゴク、ありがっと、ゴクゴクゴクゴク、ござまゴクゴク」
「喋るのは飲んでからで大丈夫です、飲んでからで」
鳥は虚空を見つめながら、ドリンクを啜る。
震えの止まらぬ鳥に、菜々華はタオルをギュッと掴んだ。
「おいおい、大丈夫か?」
いまにもタオルを投げそうな菜々華と、いまにも灰になりそうな鳥に、オレンジ色のミミズク、RBブッコローが声をかけた。
「そちらさん、随分緊張してるみたいだけど」
「ぶーーーーーーーーーっ!!!」
目の前のブッコローに、鳥は含んでいたドリンクを全部吐き出した。
「おいおいなんだなんだ、きったねぇなぁ」
「ぶぶぶぶぶぶぶぶぶ」
鳥は着信中のスマートフォンの様に振動する。
「ぶぶぶぶぶぶぶぶっころーさささささん、よろよろよろ、よろしくお願いしますぅぅヴヴヴヴヴヴヴヴヴ」
「おいおい大丈夫か、締め切り前の作家のスマホみたいになってんぞ」
「大丈夫大丈夫大丈夫ですですです」
「あぁそう?ならいいけど、無理はするなよ」
「は、はい、お声がけいただけて、こ、こ、こ、光栄でででっでででっでっでっでで」
『それではご登場いただきましょう!』
鳥がブッコローに羽を差し出そうとした時、ステージから明るい声が届く。
『老舗書店有隣堂のYouTubeでメインMCを務め、約2年でチャンネル登録者を22万人にした今話題の超新生!RBブッコローさんです!』
「わりぃ、俺先行くな。今日はよろしく」
ブッコローは鳥の羽をさっと握って握手した後、颯爽と階段を駆け上がり、衝立の裏からステージへと飛び出していった。
「どうも〜。ご紹介にあずかりましたRBブッコローです、今日は有隣堂に「チャンネル登録者を25万人にしろ」って言われて来ました。ここにいる鳥全員チャンネル登録してくれるまで帰れません。家で嫁と子供が待ってるんで、よろしくお願いしまぁす!」
素早く頭を下げるブッコローに、笑いと拍手が巻き起こる。
その歓声にステージ裏の鳥は頭を抱えた。
「ひぃっぃいい無理無理無理無理!あんなさらっと出ていって自己紹介でひと笑い取るなんて絶対無理無理無理ぃっ!」
逃げようとする鳥を、菜々華が受け止める。
「ここまで来てどこに行くんですか!もう覚悟決めましょう!」
「無理無理無理無理ぃ!」
『さぁ、ブッコローさんと対戦していただくのは、出版界の王様、角川文庫が作った「小説を書けて、読める」投稿サイトのマスコットキャラクター、トリさんです!』
ステージからの声に、鳥は階段を駆け上がった。
「皆さんこんにちは〜。小説投稿サイト「カクヨム」のマスコットキャラクター、トリです!応援よろしくねっ!」
客席に向かって両羽を振る鳥の背中を、菜々華は唖然として見つめた。
「え?鳥さん全然すごいじゃな…」
客席に懸命に羽を振っている鳥の背中に、菜々華は中学の入学式前日、鏡の前で何度も自己紹介の練習をした自分を思い出した。
全速力でステージに上がり、鳥を支える。
「だ、大丈夫ですか鳥さん」
鳥はキラキラの笑顔を保ったまま、ヒューヒューと細く浅く息を吐いていた。
「コレで、全部です」
鳥は嘴を引き上げたまま息を止めて喋る。
「…出来ること、全部出し切りました。もうこれ以上僕には、なんもないです…」
「だ、大丈夫です鳥さん、客席は盛り上がっています。ここは流れに身を任せましょう」
菜々華は何とか鳥の羽を引いて、ステージの端に立った。
マイクを握る司会者が、大げさな身振りでステージ上の巨大スクリーンを指す。
「それでは早速対決していただきましょう!今回お二方に対決していただく内容はコチラ!」
巨大スクリーンに【笑顔】の文字が踊る。
「今回の対決内容は、人をどれだけ笑顔に出来るか対決〜」
司会者の声に、客席から歓声が巻き起こった。
「さぁ鳥人間コンテストといえば「鳥としてどれだけ人間に愛されるか」を競うコンテスト!当然、人を笑顔にできる鳥は愛され度が高いですからねぇ。審査員の皆さんはもちろん、この会場に来てくれている鳥や人をとびっきりの笑顔にしてくださいね!」
「えぇ〜まいったな。お題難しすぎなぁい?」
短い羽で頭を掻いてみせるブッコローに対し、鳥はぴくりとも動かなかった。
「と、鳥さん?」
菜々華は羽をぐいっと引いてみたが、鳥はスクリーンを見上げたまま動かない。
よく見ると嘴の先がカパカパカパカパと細かく揺れていて、菜々華は小学生の時、風邪で休んだ日にクラス劇の役決めが行われ、魔女役に抜擢されていた時のことを思い出した。
「だだだ、大丈夫ですよ鳥さん、な、な、何か手があるはずです」
「…ムリムリムリムリムリナンダイ」
風に消え入りそうな鳥に、司会者は手のひらを差し向けた。
「それでは!先攻はカクヨムのトリさん!お願いします」
「がパッ」
司会者の笑顔に、鳥の喉奥が鳴った。
「さぁ、トリさんは一体どんな方法で、人を笑顔にしてくれるのでしょうかぁ?」
煽るような司会者の声に、観客からの視線。
「と、鳥さん?」
見ると、鳥は息をしていなかった。
「鳥さん!」
「ッカハッぁ!」
菜々華に背中を叩かれ、鳥は呼吸を取り戻した。
「大丈夫ですか鳥さん」
「大丈夫だけど大丈夫じゃない」
鳥は丸い体を縦にキュッと細くする。
「な、何ですかその体!」
「フクロウの特技」
「鳥さんフクロウだったんですか?」
「知らない」
「え」
「やってみたらできた」
「いや、すごい特技ですけど、丸い方が可愛いですよ」
「ねぇこれ消えた様に見えない?」
「どんなに薄くなっても消えた様には見えませんよ」
「だっ、だって無理だぁよ」
縦に細くなったまま、鳥はぽろぽろと涙を落とした。
「こんな大勢の人に笑顔になってもらえる様なこと、僕、出来ねぇだよ…」
「鳥さん…」
「やっぱりやめた方が良かったんだ」
「えっ…」
「何にも出来ねぇ無様な鳥だって、わかってたくせに図々しくもこんなところまでやってきて…自分を変えよう、変えられるかもなんて、そんな大層なこと思っちゃいけなかったんだ…」
細くなったまま震えて泣く鳥に、菜々華は昨日の自分を見た。
「…いいんですよ」
「え?」
「いいんですよ飛べなくても!」
声を荒げた菜々華に、鳥は目を丸くした。
見上げた菜々華は瞳にいっぱいの涙を溜めて、鳥を見つめていた。
「飛べなくてもいい!飛ぼうと思った気持ちを嘘にしなければ、それでいいんです!!」
菜々華は背中に付けた羽を掴む。
「人は飛べません。こんな羽じゃどれだけ速く走っても、真っ逆さまに落ちるってわかってました!でもっ!それでも私は飛ぼうと思ったんですっ!自分を変えたいと思ったから、そう思った自分まで嘘にしたくなかったからっ!!」
瞳からぼろぼろと零れ落ちた涙を拭うことなく、菜々華は真っ直ぐ鳥を見つめ続けた。
「飛べなくても、どれだけ無様におっこちて、知らない誰かに笑われてもっ!それでも…飛びたいと思った自分を、飛ぼうとした自分を好きになれると思ったから!」
涙をこぼす菜々華に、鳥は体を丸くした。
「鳥さんだってそうだったんじゃないんですか!?無様に負けると分かっていても、自分を変えられるような、好きになれるような何かを見つけたくて、ここまできたんじゃないんですか!?」
鳥は黒くつぶらな目で菜々華を見つめた。
じっと見つめてくる鳥と観客に、菜々華は顔を真っ青にして、ステージ裏に向かって走り出した。
その瞬間、菜々華の体はふわりと宙に浮き、空へと向かって飛び上がった。
「えっ?」
菜々華の背中の羽を掴み、鳥は羽を広げて飛んでいた。
「鳥さん?!」
「…僕はたくさんの人々が物語を創る「小説」の世界のマスコット。君が飛びたいと願うなら、僕はその願いを叶えてあげる。君が願うどんな願いも、全て全て叶えてあげる」
鳥は小さな羽で羽ばたきながら、菜々華と共にステージの上をぐるりと飛んだ。
「剣と魔法の世界を大冒険したり、素敵な恋をしたり、名探偵になって難事件を解決してみたり。どんな世界へも君を案内してあげる」
鳥は菜々華をステージに降ろすと、頬伝う雫にそっと羽を伸ばした。
「だから笑って?それが僕の…夢だから」
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