悪役令嬢レティシアバセットは死んでいる

華川とうふ

プロローグ

第1話

「あ、あたしは、悪役令嬢のレティシア様によって暗殺されそうになったんです……」


 カオリ・フェルナンデスは声を震わせながら衆人、いや、王太子に向かって声を上げた。


 俺はその言葉を聞いて一瞬で恋が冷めた。


 星の光を閉じ込めたというシャンデリアの光の下、その女は涙をいっぱいにためて涙ながらに訴えた。

 淡いピンクと水色のタフタのドレスを身にまとった姿はさっきまで可憐だと思っていたのに、今では恐ろしいくらいわざとらしく見えた。


 すぐ隣のような場所にいるその小鳥のようにか弱く、可愛らしい声でなく女が大噓つきだと分かったから。

 さっきまで、愛しく守ってやらなければいけない存在だと思っていたのに、よくよくみると髪や肌の艶が二流だということが目についた。

 王太子からの贈り物の宝石やドレスで着飾っている分、その目についた粗は耐えがたいものに感じ我慢がならなかった。

 彼女が本物の一流の令嬢になることは決してないだろう。

 肌や髪のような一朝一夕にはどうしようもない手入れが必要なものに、十分な手間をかけてやらないのだから。

 本物の令嬢はどんなに質素にしていたとしても髪と肌が違う。

 これは俺が小さなころから『令嬢』という存在を観察してきて至った結論だ。

 この世には双子と見紛うほどの、そっくりな他人がいると言われているが、それが庶民と貴族であれば見分ける自信がある。

 どんなにボロを着ようとも、どんなに言葉に訛りをまぜようとも、その髪の艶と肌のみずみずしさが違うのだ。


 この王太子の寵愛を独り占めしようとしている嘘つき女の髪はどんな髪飾りで飾ろうとも、本当の美しさはもっていなかった。


 公爵令嬢レティシア・バセット。

 彼女は王太子の婚約者であり、この学園の女王、そして俺の姉である。


 確かにこの学園にレティシア・バセットに逆らえるものはいない。

 それどころかこの世界のどこを探してもレティシア・バセットに命令できる人間など一人もいない。


 なのに、目の前の女は欲に目がくらんだのか。

 それとも、お馬鹿さんで誰かに命令されたのか。

 俺の姉であるレティシア・バセットの罪を王太子を含めたこの学園中の人間の前で告発しようとしているのだった。


 なんという愚かなことなのだろう。

 そんなことはあり得ないのに。


 確かに姉であるレティシアをよく思っていない人間は多い。

 学園に専用の温室があるとか、授業にでていないとか。

 とにかく特別扱い、特例の連続な存在であるから。

 そして何より、我がバセット家はこの国でもっとも有力な貴族であり、その貴族の令嬢が王太子の婚約者ともなれば権力は絶対的なものになる。

 面白く思わない人間……つまるところ敵が多い。


 我がバセット家の隠密によると、姉であるレティシアは学園に在籍中、平均すると1日あたり1.5回の暗殺にあっている。

 が、すべては未遂に終わっている。

 姉を暗殺するなんて不可能だ。


 どんなに不満や悪意があったとしても、人ができることと言ったら、せいぜい「公爵令嬢レティシア・バセットはとんでもなく悪女だ」とか「悪役令嬢」なんて陰口をたたくことくらいである。


 それなのにも関わらず、目の前のカオリという奇妙な女は俺の姉であるレティシアに数々の嫌がらせを受け、傷つけられてきたという。

 ドレスを切り刻まれたり。

 学園の老朽化した建物に閉じ込められたり。

 裏の森の危険な沼に突き落とされたり。

 とにかく、幼稚で子供だましな嫌がらせを受けたとのたまっている。


 人に悪意を向けるときそんな稚拙な方法をとる貴族などいないと指摘したかったが、きっと目の前のカオリの性格からすると、


「貴族も庶民も同じ人間です。そんな差別的な考えはよくないと思う」


 なんて全くお門違いなお説教をしてくることになるだろう。

 以前はそんな姿も可愛らしいと思えていた自分が本当になさけない。

 個性的で枠にとらわれない考え方も王太子の妃に相応しいかもしれないと少しでも思った自分は本当に馬鹿である。



   「殿下、いかが   いたしましょう?」


 小声で幼いころからともに育った王太子に話しかける。

 カオリとの出会いによって明るくなった殿下を思うと心が痛んだ。

 庶民のことに関心を持ち、良い王になるため勉学に励んでくださっていたのに。

 カオリがいい影響をもたらし、苦労は多いが彼女も王太子妃教育をうければなんとかなるかもと思ったが甘かった。

 王太子殿下も同じこと……いや、もっと殿下にとっては貴重で愛しい思い出がよみがえっているに違いない。


 だけれど、彼は正しい決断をした。


「それは本当のことか?」


 真剣な目で、殿下はカオリに問いかける。

 だけれど、一度口にだしてしまったものはひっこめることはできない。

 カオリは頷き、確かに悪役令嬢レティシア・バセットに数々の嫌がらせを受けてきたと告白した。


「わかった。心苦しいが彼女には厳しい処罰を与えよう」


 カオリは一瞬だけ顔を輝かせた。自分の訴えが聞き入れられ、悪役令嬢レティシア・バセットが罰せられると思ったのだろう。

そしてその罪は大きなものとなり、王太子との婚約も破棄。カオリ・フェルナンデスが新たな王太子の婚約者へ。そんな未来を描いたのだろう。




だけど現実は、その後、殿下の専属警備の人間たちが彼女を抱えるようにして連れ去った。


カオリ・フェルナンデスは学園から追放。

そして、城の地下にある牢獄で一生を過ごすことになる。


まあ、ある意味城に住みたいという彼女の野望は叶ったのかもしれない。


だって、レティシア・バセットは死んでいるのだから。

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