第48話 窮屈な部屋

「申し訳ありません。評議の邪魔をするつもりはありませんでした。まさかこんな……」


 床に目を落とし、直視を避けた。

 大毅国を支える偉大な三人がこんな狭い房で評議しているとは驚きだった。

 まるで考えを読んだように秀英が応える。


「狭いところででやるほうが効率がいいんだ。とくに、儀礼ではなく、可及的速やかに決裁しないといけない場合はな」


 通常は発議された議題を高官が上奏し、皇帝が決裁する。時に修正を加えることもある。今は、明後日に控えた護摩祈願の式次第を調整していたところだ。そう秀英は続けた。高僧、有名な呪術師、方士を数十人招いて、三日三晩、盛大な祈願をするという。


「制して曰く、可なり。で、小月は弁明に来たのかな」


「はい」


 藩右丞相はにやにやと笑って「見覚えがあるぞ。娘が病に倒れた時に、真相を暴いてみせると吠えていた女じゃないか。真相はどうした」


「それに関しましては、現在検証中です。近いうちに必ず糾明してご覧にいれます」


「ふふん」


「まずは陛下に心よりお詫び申し上げます」


「待て」秀英は小月の言をとめた。「詫びる必要はない。お前は被害者なのだ。不埒な男に拉致されただけだ。そうだろう」


「陛下……」


 藩右丞相は薄笑いを浮かべている。張左丞相は茶番に目を瞑っている。小月は耐えがたくなって、盆を抱えて体を身を縮こめた。


「……陛下、あの」


 秀英は微苦笑を浮かべた。


「まさか、こうは言うまい。あの男と計って駆け落ちをしたなどと。そんなことはない、そうだな、小月」


「……それは違います」


「うむ、そうだろう」秀英は満足げに頷いた。


「李医師と二人で計ったのではありません。拉致されたわけでもありません」


「ん?」


「私が、李医師を拉致しました」




「ぶわーはっはっはっは!」


 張左丞相が大きな口で笑い、藩右丞相は半開きの口を覗かせ、秀英はぎゅっと唇を結んだ。


「面白い女だ。そんな細腕でどうやって拉致したのだ」


 張左丞相が訊ねる。

 さほど細くないし筋肉もついている腕だが、黙っておこう。


「小刀で脅しました」


「ほう。その李医師とやらは童子ほどの体格なのかな」


「言うことをきかなければ、私がその場で自害すると脅したんです」


「ふうむ、なるほど。では小月殿の命の恩人でもありますな。その李医師は」


「小月、馬鹿なことを言うな! お前が犠牲になってどうするのだ」秀英の声に怒気が滲む。


「犠牲が必要ならば、私を処罰してください。李医師は解放してください。民にとって国にとって、必要な人材です。南街区で病に苦しむ人々の希望なのです。陛下の御威徳に傷がつかないうちに」


 張左丞相の顔から笑みが消えた。一方、藩右丞相は鼻をふんと鳴らした。

 

「そんなにその男が大事なのか」秀英の表情は暗い。


「私一人にとって大事なのではなく、国にとって、陛下にとって大事な人間なのです」


「その男が私にとって大事だと」


「流行り病を収束させるために尽力しております。陛下のご意向に沿う人材です」


「功績があるならば罪を減じてはいかがか」


 張左丞相が助け舟を出した。


「私は反対です」廊下から声がした。見ると、張包が片膝をついて礼の姿勢を取っている。

小月は嫌な予感がした。またも邪魔をするつもりだろうか。臑を蹴られた腹いせのつもりか。


「控えよ」


 父親の言に「一言だけ申し上げたい」と張包は抗った。


「かまわぬ。意見があれば申せ。私は誰の意見でも聞く耳を持っている」秀英は鷹揚に促した。


「虞ながら申し上げます。小月殿の話にはいささか疑わしき点がございます。南街区を警固していた部下から聴き取りしたところ、李医師及び自称医師の明小月は治療と称して、不可思議なまじないを行っていたようです」


「どんなまじないだ?」


 秀英が興味津々の顔で訊ねた。


「住居を煙でいぶし、草の汁を体に塗りつけ、漏斗を病人にあてがって呪文を叫ぶとか」


 小月はあっけにとられた。


「それが、お前の言う治療か?」秀英は小月を振り返り、眉をしかめた。


「さらには飲み水に油を混ぜて供しているとか。正気の沙汰とは思えません」


 秀英は首を傾げている。藩右丞相と張左丞相は胡乱気な眼差しを隠さない。


「説明させてください。理由がございます」


 小月は両膝をついた。


「話せ」


「それらは治療ではありません。殆どは私が提言したものです。病を拡げないための対策なのです」


「お前が……?」


「はい」


「どうやらそのようです」張包は溜息交じりに言葉を継いだ。「南街区の住人は、小月医師の指示に従った、と言っているのです。なので、李高有に直接聞いてみてはいかがでしょうか」


 小月は悟った。張包の意図は、李医師に弁明の機会を与えることだったようだ。


「すぐに連れて来い」


 秀英は端的に命じた。


「まじないに意味はあるのか?」


 張右丞相が小月に訊ねた。何故か優しい口調になっている。


「意味があると信じております。効果のほどはまだわかりません。ただのまじないになるかもしれません」


 現時点では発症者は減っていない。その意味では、悔しいが、まじないの域を出てはいない。

 唯一、人心の不安を和らげたかもしれない。裏を返せば、皇帝が行う大規模な護摩祈願と同じこと。溺れた者に藁を投げるだけ。


 張包に連行されて、頭を垂れた李医師が部屋に引き入れられた。小月の傍に膝をつかされる。疲労の色が見える。声を掛けたかったが、張包が強引に二人の間に割って入る。

 狭い部屋が、ますます窮屈になった。

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