第2話
周囲の視線が気にならないくらいに錯乱していた。
店から離れて適当な道を歩いていると、老婆から怪訝な視線を受けたことで俺は落ち着いてきた。無我夢中で走っていたので化粧もかなり乱れてしまったようだ。
やばいコスプレ野郎が町中に出現。警察が通りかかったら職務質問を受けることはほぼ確定だろう。
それでも店には戻れない。戻りたくない。津南さんから向けられた悪意はオレの心をずたずたに引き裂いた。
明日から春休みなのか、小学生はランドセルを並べて置いて公園で走り回っている。
「おーい! 混ぜてよぉ!」
その団体に合流しようとしているのか、別の小学生の男の子が声変わりもしていない甲高い声で叫び、走りながらやってきた。
彼の背中では身体に対して大きな赤いランドセルが揺れている。よく見ると並べられたランドセルも水色、薄紫、茶色、ピンクと色とりどりだ。
俺が小さかったときとはまるで違う光景に羨ましさを覚える。
俺もランドセルは赤だった。両親は好きな色を選ばせてくれた。俺は一番可愛いと思った色を選んだ。それだけだったのに。
『小千谷のランドセル、女みてー!』
『なんで男なのに赤なんだよ! キモいぞー! ギャハハ!』
『や、やめてよ! 引っ張らないで!』
男子で唯一赤いランドセルを使っていた俺は嘲笑の的になった。自分が好きで選んだのだからと言い聞かせていたけれど、俺は周囲の反応に耐えられなくなって3年生の時に自分で赤いランドセルの肩ベルトを切った。
そして、ランドセルが壊れたと嘘をついて新しい真っ黒なものを買ってもらった。
十年も前のことなのに鮮明に思い出してしまう。
そんな事を思い出してしまうのも津南さんのせいだ。
でも……仕方ない。あの店は俺が唯一可愛くなれる場所だった。コスプレの撮影会という手段もあるのだけれど、カメラマンの男に襲われかけてから顔を出していない。
また部屋で女装をして自撮りをするだけの日々になるのか、と憂鬱な気持ちになりながら俺は店に続く道を歩く。
すると、スタスタとモデルのような歩き方をしていた女性に追い抜かれた。
その人は背筋をぴしっと伸ばし、長い黒髪を揺らしながらモンローウォークで公園に接した道を歩いている。
その凛々しい後ろ姿を見ていると、俺も頑張らないと、と勝手に勇気がもらえる。
俺も胸を張り、店に戻るための一歩を力強く踏み出した。
その瞬間、今度は隣を男二人組に追い抜かれる。
「そこのお嬢様……なんだ? お、男!?」
サングラスの下から覗き込んできた色黒の二人組は俺をまじまじと観察すると引き気味に離れていく。
そして、チャラ男達は俺の前を歩いていた女性の前に回り込んでゆく手を塞いだ。
「おねーさーん! ねえねえ、何してるの?」
前を塞がれた女性は立ち止まる。
「どいて。邪魔」
女性はキツめにそう言うもチャラ男達はめげない。女性が右を通ろうとすれば左に避け、左を通ろうとすれば右を塞ぐ。
そんな堂々巡りをしている中、俺は見ないふりをして隣を通過する。
スタイルは良い人だし横顔しか見てないけど美人だった。本当に可愛い人はああいう目に遭うのか、とやっかんでしまう。
作り物の可愛さで塗り固めた自分は所詮偽物、そんな気持ちになる。
……いや、作り物で何が悪い? 可愛けりゃそれでいいだろうが。
津南さんに言われた言葉、赤いランドセルを視て俺は必要以上にネガティブになっていたようだ。俺は世界一可愛い。そうだろう? つまり俺かナンパされて然るべきだ。
踵を返し、俺は3人に近寄る。
「おねーさーん! 今から飲みに行こうよ〜」
「私、未成年だから。まだ16だし」
「えぇ!? リアルJK!? やっば! 大人っぽいね〜」
チャラ男は俺を無視して女性をチヤホヤしている。
俺はそんなチャラ男の間に入って二人をにらみつける。
身長は男の中でも高い方。対する二人は平均以下だろうか。
ヒールも相まって俺は二人を眼下に見下ろせる。
「なぁ……俺をナンパしろよな」
「は……な、何だこいつ?」
「俺の方が可愛いだろうが! どこでも行ってやるよ! ほら! ナンパしろよ!」
そう。俺が一番可愛い。だからこいつらは俺をナンパすべきなのだ。それなのに若い女にころっと騙されやがって。
そんなありったけの気持ちを叫ぶとチャラ男達は熊から逃げるように俺と目を合わせたまま後ずさっていく。
「なんだよ? 逃げんのか? 可愛いやつがここにいるだろ? 酒は飲めねぇけどどこでも行ってやるよ! ほら! 来いよ!」
過去に受けたありとあらゆる嫌な気持ちをすべて開放した俺は、八つ当たりで二人にすべての負の感情をぶつける。
気づけば二人は俺に背中を向けて逃げ出していた。
「あ……ありがとう……ございます……」
背後からかけられた引き気味の女性の声で我に返る。
女装した男がいきなりナンパの間に割って入り、俺が一番可愛いんだから俺をナンパしろと言い始める。
チャラ男よりやばいやつじゃん!? と気づいたときにはもう遅い。
俺は恐る恐る背後を振り返る。
そこに立っていたのはすっぴんの女の子。確かに高校生と言われても納得できるが、大人っぽい顔つきをしている。それに化粧をしたらとんでもない美女に化けそうな素材の良さだと直感した。
スタイルの良さは折り紙付き。顔は小さいのにすらっと長い手足はモデルのようだ。
「あ……ご、ごめんなさい!」
そんなダイヤの原石を見ていると、俺は自分がいかに矮小な人間かを思い知らされる。逃げ出したくなり謎の謝罪を口にして逃げ出す。
「ま……待って!」
俺がトップスピードに乗る前にその子に手を掴まれる。
「その……名前だけでも……可愛くて……写真とか……その……いいですか?」
女の子はもじもじとしながら尋ねてきた。
「この人は何を言っているんだ? ナンパから助けたとはいえ相手は女装している変態野郎だぞ」
「心の声、だだ漏れですよ」
「それくらい驚いちゃって……」
俺は許可をしていないのに、女の子はインカメラを起動して俺の隣にやってくる。ちゃんと盛れるアプリを使ってくれているのでそこは評価しよう。
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