第10話 決着
-奥村-
「待ってたよ」と寛二が待ち構えていた。
部下を従えることもなく、抵抗する様子もない。
「死にたいのか」
「おいおい、クラスメイトだろう。物騒なこというなよ」
寛二は悪びれる様子もない。どうやら降伏しにきているわけでもないようだ。
「何の用だよ。ぼくは高田に用があるんだ」
「そう邪険にするなよ。遺言を残しにきただけだ」
縁起でもないことをいうもんだ「まるで、ぼくがクラスメイトを殺すみたいじゃないか」まがりなりにも寛二はクラスメイトだ、最初から奥村に寛二を殺すつもりはなかった。
「奥村、ぼくは高田と共に心中する。だから、だれが手を下さなくても今日でお別れだ」
運命の終わりを前にしているクラスメイトにかけるべき言葉はなんだろうか。
「謝れば、許してもらえるかも」奥村は情けをかけようとした。
寛二は斎藤を殺そうとした。そして、ぼくたちを裏切り窮地に陥れた。だからといって、心から憎めるだろうか。
「奥村、ぼくは、許されたいなんて思っていない。いまさら、いや、ずっと前から、ぼくはクラスに居場所がなかったよ」
そんなことないとは、奥村も言えなかった。自分もまた居場所のない人間だった。「だからって、死ぬ必要なんて」
「雪子さんが好きだった」
寛二は堂々たる口振りだった。「でも、嫌われた。強くなればいいと思っていたけど、見当違いだったな」
まさか遺言とは、愛の告白のことだろうか。
「ぼくに、伝言を頼んでる?」
「まさか、ただだれにも言わないまま死ぬよりも、だれでもいいから伝えて起きたいだけだよ」
寛二は道をあけた。「さあ、高田はこの扉の向こうにいる。知りたいことなら教えてくれるさ。現実はぼくらが思っているより単純で、だれにも悪意なんてないさ」
勝手に満足するな。「好きな気持ちは、自分の口で伝えるもんだ」
寛二は目を丸くした。「古風なことをいうんだな」
まじまじと奥村を見つめた。
「なんだよ」
「いや、ぼくは、奥村のことはそんなに嫌いじゃなかった。もしかしたら、友達になれていたかも」
奥村と寛二は友達のいないふたりだ。
「ぼくたちは、交わらないよ」
奥村は寛二に背を向けた。「ぼくたちは、友達がいないんだ」
-高田-
初めは順調だった。
会社を立ち上げたばかりの頃は社員一丸となっていた。資金繰りは苦しかったけれど、だれもが目標達成にむけて貪欲に取り組んでいた。
歯車が狂い始めたのは社員数が百人を越えてきたからだろうか。
ひとりが労働環境に異を唱えた。
前の職場にはウォーターサーバーがあったそうだ。
目標達成に必要ならと導入した。それが間違いだった。
経営者が言うことを聞くとわかったメンバーは次々に足りない部分を要望した。歯止めはきかなかった。そしてついには創業メンバーのひとりが目標達成できない理由を労働環境のせいにし始めた。
その時、おれのなかで何かが崩れた。
おれはメンバーに与えることをやめた。代わりに無理な目標を課して、家に帰れないよう膨大な仕事をふった。出来ないときは、ひとりを社員全員のまえで怒鳴り付けた。
すると社員は、次第に従順になっていった。それぞれが考えることをやめて、目標達成のためだけを考えるようになった。
目標達成すれば誉められる。過剰に称賛され、ボーナスを与えられる。だれもがわずかな甘い蜜を奪い合う
貪欲な人間になった。
社員全員が目標達成にむけて一丸となってくれる。ついに理想的な組織ができあがった。そう、思っていた。
ある日突然、会社ごと異世界に転生をした。右も左もわからないが、自慢の社員がいれば大丈夫なはずだった。
けれど、社員はものいわぬゾンビになっていた。意見を言わない、ただ立っているだけ、指示をしてようやく動き出す存在。
おれは、自分の社員をゾンビにしていた。
おれは、ずっとひとりで戦っていた。
-奥村-
寛二に招かれた扉の奥では、いったとおり高田が待ち構えていた。もはや観念しているのか、奥の手を隠しているのか、奥村の登場に動揺している様子はない。
「やってくれたな」そう言った高田に抵抗する様子は見えなかった。いや、まだ罠があるのかもしれない。奥村は用心深くあたりを伺った。
「安心しろ、もう手の内はだしつくした」
まったく、やってくれたよと高田は繰り返した。「奥山には、だれも通すなと言ってあったんだがな」
「仲間に裏切りられたってことか。情けないな」
「仲間、ね」高田は若いなと笑った。「さっそくおれのことを殺すか」
「駄目だ、まだ殺さない。おまえの知っていることを教えてほしい。ぼくたちには生きる術が必要だ」
高田は優越感のにじみ出た笑みを浮かべた。「さて、どうしようか」
立場的には有利なはずの奥村が、高田に主導権を握られている。
「所詮、まだ高校生だな。交渉になれていない」
友達もまともにいないのだ。「あまり、いじめないでほしい、人と話すことに慣れてないんだ」
高田は未成熟な困った様子を楽しんだ。「まあ、今回は特別だな」
「ただ、おれの知っていることも限られている。そうだな、知ってることといえば、なぜおれたちが転生してきたかってことくらいか」
「なぜ?」
「おれたちには共通点がある。おれも、おまえも、お友だちも、だれももとの世界に帰りたがらない」
もとの世界に満足していない。教室にテロリストが殴り込んできて、占拠された学校を自分達の力で取り戻す。そんなだれもが一度は妄想する展開。
「願いが通じた結果が、この世界だ」
「ぼくたちが、願った?」
知ってることはすべて話した高田は結末を望んだ。「高校生に命を絶たれる。おれらしい、情けない終わりだと思わないか?」
「社会人って、そういうものなの?」
「大人は辛いんだ」
奥村は事態を飲み込めていない。なぜ転生されられたのか、高田がはたして真実を告げているのか確かめる術もない。
「さあ、おれを止めろ。そうすれば侵攻しているスーツゾンビたちも止まるぞ」
まるで、殺されることを望んでいるみたいじゃないか。「ぼくには、」
「人の形をしたやつは殺せないか?」
ぼくはオークを殺した。もしかしたら、あのオークも、ゴブリンも。いや、考えたくない。
「そうだな、社会人には、もっとふさわしい終わりかたがあるか」
高田は窓をあけて、へりに足をかけた。「おまえの勝ちだ、高校生。おまえたちが望めば、きっともとの世界にも帰られるだろう」
おれには無理だった。高田はそう言い残して窓からその身を投げた。
奥村は、じっとみつめていた。
*
重い足取りで高田の部屋をでた奥村。早かったなと寛二が待ち構えていた。
「寛二は、帰ってくるの?」
ありえない。と寛二はおおげさな身振りで否定した。「おれはみんなを裏切った。高田も裏切った。帰る場所なんてどこにもない」
そんなことないなんて偽善は言わない。「寛二がどうしたいかだよ。帰りたいなら、謝ろう」
「帰りたくない」寛二の意思は固い。裏切った後ろめたさもあるだろう。それに戻ったところで居場所がないことも知っているはずだ。学校の教室とは居場所のない辛さを教えてくれる場所なんだ。
「みんなも、帰りたくないって思ってるみたいだ」
高田の言葉を信じるのであれば、もとの世界に未練がないのはぼくだけではない。寛二も、雪子も、京介すら帰りたくないと思っているのかもしれない。
「関係ない」と言い残して去ろうとする寛二はどこへいくのだろうか。
「危ないよ」なぜぼくは引き留めているのだろう。大して仲良くもなかったはずなのに、別れ際になると都合よく友達を演じてみたくなる。「この世界はまだ未知なことが多い。魔物だって」
「元は同じ人間だろう。話せばきっとわかるさ。それに、おれたちだって」
この世界に与えられた形がたまたま人形だっただけ。とは、寛二も口にはしなかった。考えたくもない、ぼくたちもまた、オークと同じだなんて。
「この世界は居心地がいいんだ、わかるだろう」
否定はしない。ぼくはずっとクラスの空気だった。
「じゃあな」もう引き留められなかった。寛二はぼくに背を向けた。わざわざぼくに挨拶したのはなぜだろうか。深い意味はないのかもしれないけれど、だれかに見届けて欲しかったのかもしれない。
ぼくたちは、クラスメイトを失った。
*
京介たちと合流して学校に戻ると疲弊した顔のクラスメイトと、クラスメイトに囲まれてへたりこむスーツ姿の大人たちがいた。
高校生が大人を拘束しているなんて、まるで映画みたいだ。
雪子がいうには、突然力が抜けたように倒れたと思ったら、再び立ち上がるころには戦意をなくして、すぐに降伏したらしい。
ブラック企業は恐ろしい。社会人になる怖さを抱きながらも、大人たちの処遇を考えないといけなかった。
「逃がすわけにもいかないだろう」斎藤はそう言ったものの処刑したいわけでもなさそうだった。
逃がすだの拘束するだの、あれこれ議論を交わしていると社会人のひとりが軍門に下ると言い出した。高校生が大人を従えるなんて奇妙な話があるだろうかとは思ったけれど、京介が鶴の一声で受け入れることが決まった。
ぼくたちは互いに勝利を喜びあった。自分たちの力が認められたような気がしていた。するとどうしても高田の言葉が引っかかる。この世界からの帰りかた。ぼくたちは無意識にこの世界から魅了されている。
ぼくたちはどうするべきなのだろうか。
勝利の余韻のなかで議論するのは、ぼくの役割じゃないか。
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