異世界の勇者さま ビターアンドスィートブレイク

snowdrop

introduction 召喚師を継ぐもの

ep.Ⅰ-1

「む、無念である」


 病床にふしている男が、しわがれた声でつぶやいた。

 骨と皮だけの簡単に折れてしまいそうな男が握っている深紅の巻物は、非常呼集の際に出される国王書簡である。


 書簡には、『召喚師エルフォレスト・ヴォルム殿、貴殿の能力を高く評価している。ぜひとも、ゾーゼ王国二千年の窮地を救うべし』と書かれていた。


 神々が降臨された聖地イルミナスルの北方に位置する、ゾーゼ王国。ティビア、フォピャ、シャトイヤの国々と共に古くから聖地を守ってきた四王国の一つである。

 聖地イルミナスルを守護する四王国は神々の力を有しているため、周辺諸国からは畏怖と敬意の対象として崇められてきた。


 ときに世界征服をもくろむ権力者たちが力を手に入れようと、軍隊を差し向けてくることもあった。

 狙われるのは、常にゾーゼ王国。なぜなら、地理的にもっとも早く聖地にたどり着ける位置にあるから。

 他の三王国には大部隊が容易に攻め込めない、大自然という名の天然要塞を有していた。


 敵の侵攻から聖地イルミナスを阻むべく、ゾーゼ王国は強固な城塞都市国家として設立。いまでは、二千年の不敗神話と戦場に数多の傭兵を輩出する王国として、周辺諸国から恐れられている。


 だが近年、北ベリア帝国が南下政策を掲げはじめた。

 いずれ戦争になると危機感をおぼえた、ゾーゼ王国・第一〇一代王ケント・キシダメヌスは軍備増強に踏み切る決断を下した。すなわち、勇者召喚である。


「わしに、力が……あれば」

 召喚師ヴォルムは、弱々しい声を絞りだす。


 魔獣をはじめとする召喚魔法を操れるのは召喚師のみ。

 家系によって引き継がれてきた技法書は門外不出。他言されず、秘匿とされてきた。たとえ心なき者が盗みを働いて奪い取り、優れた魔法使いが利用しようとしても、魔法陣には限られた者のみにしか扱えない施しがされている。


「力より薬があれば、父さんの病気も良くなるのに」

 ベッド脇の椅子に座る少年は、父ヴォルムの手から書簡を取り上げる。枕元には、用意した薄い芋粥が手つかずに置かれていた。

「食べないと良くならないよ。もう三日も食べてないんだから」


「わしの体のことより、いいつけどおりに学んでおるのか」

 力のないヴォルムの声に、少年はうなずいてみせる。

「ならばいい。外の様子は、どうなっておるのだ」


「周辺国が戦争の準備をはじめたせいで街道が封鎖され、物資不足になっている。そんなときに、軍備増強のためだからと増税したおかげで、ますます物の値段がはね上がったよ。噂では、余力のある商人や若い連中は国外逃亡しているらしい。王国民を苦しめているのは他国ではなく自国の王だって、村の人はボヤいているよ」


「息子エヴォルグよ」

 ヴォルムは横目で少年を見た。

「たしかに王国は高齢者が増え、出生率も低下していると書簡にも書かれていた。だからこそ、勇者召喚が必要だとも」


 少年エヴォルグは、手に持っている書簡を広げた。

「そんなことが書いてあるんだ。だけどどうして必要なの? 勇者召喚は戦争が間近に迫ってきたときに行うものだって、父さんも話していただろ。まだ戦争にもなっていないのに」


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