全ての試練クリア。そして…

教授の大声で起きたキメラは力無くぶら下がるドラゴン頭を気にしながら退屈そうにうろうろしている。

「あった!鍵穴!」教授は嬉しそうに言う。

「よし!解錠!」私は即解錠する。

「いやいや、もっと慎重に行こう。ここまで来たんだから!」教授は注意する。

「了解。オープン!」私は勢いよく戸を開ける。

「話聞いてた???」教授は怒鳴った。


聖杯のある場所を見て二人は驚いた。キメラも後ろで驚いていた。

薄暗い部屋の中に聖杯と思われるものが浮いている。私と教授は聖杯に近づく。


『よくここまで来たな挑戦者よ。諸君らには全ての願いを叶える聖杯を与える。願いを言え。』天の声が響く。


私はその時考えた。

(どうせ甘い言葉で誘って第六の試練が始まるのよ。わかってるんだから。あーもう、早く帰りたい。)


教授は興奮していた。

(すばらしい!伝説は本当だったんだ!早くこのことを論文として発表しなければ!)


瞬きすると私たちは旧王都にいた。

「あれ?」

「え?」私と教授は素で困惑する。

「何?どういうこと?」

「いやいや、わかんない!」教授と私は焦る。


「もしかしてさ、私帰りたいなって思ってたんだけど、願い叶っちゃった?」私は苦笑いしながら言う。 

「ええ?せっかくの聖杯をそんなことに?」教授は頭を抱える。

「だってしょうがないじゃん!」もうちょっと真面目に聖杯に向き合っていれば本当に願いが叶ったのではないかと考えると後悔のあまり呼吸が荒くなってくる。過呼吸一歩手前だ。

これ後から後悔が強くなるやつだ。何かあるたびにこのことを思い出して悶えるやつだ。


「わ、私は何より帰りたかったからこれでいいの。いいのよ〜。」私は必死に自分に言い聞かせる。そう。そうだ。レオンやマグネス、エレノアたち仲間や友人を差し置いて自分だけ願いを叶えるのはよくない。よくないのだ。


やはり人生はクソだ。


「じゃあ、教授は何を願ったの?」私は無理やり話を変える。

「私の願い?聖杯が出てきた時に考えていたものが叶うんでしょ?」教授はしばらく考え込んでハッとする。

「もしかして…」教授はカバンを急いで漁る。

「あっ…」教授はカバンの中から取り出した紙束を見ながら言う。

「何それ?」私は紙束を除く。

『カッスル王叙事詩に登場する聖杯伝説について。』紙束の表紙にはそう書かれていた。

「論文が…できてる。」教授は複雑そうな顔をする。

「叶ったの?」

「うん。しかも出典付きで。」教授は論文をパラパラ見ながら言う。

「よかったじゃん。」私が言うと教授は悲しそうに呟く。

「論文は自分で書くじゃん…っていうか、自分で書くからいいんじゃん?聖杯は分かってないわ。」教授はため息をつく。

「お互いチャンスをふいにしたわね。」人生最大のチャンスを逃した仲間ができたので少し気が楽になった。少しだけ。ほんの少しだけ。


「ねえ教授?本当は何が願いだったの?」私は教授に尋ねる。

「うーん。金かな。一生研究に没頭できるだけの。」教授は言う。

「まあ、金も万能じゃないわよ。迷宮都市のお金はハイパーインフレで鉄屑になったし。」

「あ〜。そうか。金も万能じゃないんだな。まあ、歴史上そういう事例あるからな。」教授は残念そうに言う。

「いくら完璧に願いを叶えるものがあったとしても、人間が人間である以上完璧な願いが用意できないから意味ないのかもね。」私はクスリと笑った。


・・・・・・・・


「ただいま。」私はレオンたちの元に帰る。

「あっ!お帰りなさいイリーナさん!どこいってたんですか?」レオンは不思議そうに言う。

「そうだ。もう先に帰ったのかと思ったぞ?」マグネスも困ったように言う。

こいつら全く私の心配をしていない。私はため息をつく。

「もう、心配したんですよ?」エレノアが私の手を握る。やっぱりこの子天使だ。


 横で竜太郎がニヤニヤしていたのでなんとか言ってやろうと思ったが、冷静に考えればこいつは何も悪くないので言葉を飲み込む。


「そういえばイリーナさん?」レオンが私をまじまじと見つめながら言う。

「何?」私は少したじろぐ。

「なんか痩せました?」レオンが尋ねる。


思い起こせば、ちょっと体重が増えた結果とんでもない量の運動と絶食を強いられてしまった。ダイエットという当初の目的は達成されたのだ。

「うん。痩せたよ!」私は半分当てつけで返事をした。


「まあ、ともかく戻ってきてくれてよかったです。記念に何か食べに行きません?」レオンは嬉しそうに言う。

「い、行かない!」暴食がトラウマ化した私は逃げた。

「またイリーナさんがどっか行っちゃった!」エレノアは焦りながら叫んだ。

竜太郎はそれを見ながら笑っていた。


「ねえリュウ?ここって美味しいものいっぱいあって困りますよ。太っちゃいました。」ソフィーが声をかける。

「お、そうか。でも、ちょっと太ったほうが健康だぞ?」竜太郎は返事をする。

「ちょっとウォーキングでもして運動してきますね。」ソフィーが外に出ようとする。

「待て!一緒に行こう。な?」竜太郎は焦りながら言う。

「やったあ!リュウも来てくれるなんて嬉しい!」ソフィーが嬉しそうに言う。

「いや、まあ、嫌な予感がするだけなんだけどな?」竜太郎が呟く。

「何か言った?」ソフィーが尋ねる。

「いや、何も。」竜太郎は目を逸らした。それを見たソフィーは微笑んだ。


その後二人が一週間行方不明になったのはまた別の話である。

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