追放された防御力9999の私、まさかの鈍器になりました

舞黒武太

硬いレディは鈍器になる。

 ここは迷宮都市。ダンジョンを中心に発展した冒険者たちの街。ここでは大勢の冒険者たちがダンジョンの底を目指し活動していた。そこで私は…

「イリーナ。お前はクビだ。」リーダーのアレンが冷たく言い放つ。

「え?」

「もう一度言ってやろうか。クビだ。」

「なんで?」私は涙目で尋ねる。

「わかるだろ?お前は役立たずなんだよ。わかったら出て行け。退職金は決まりだからやる。ということだ。じゃあな。」アレンは私に金貨の入った袋を渡すとどこかに行こうとする。

「待って、私はみんなのために今まで頑張ってきたのに。」私は必死に説得を試みる。

他のメンバーの方も見るが彼らも目をそらすばかりである。

「どうして。」私は目に涙を溜める。

「イリーナ。俺たちはお前のことが嫌いなわけじゃない。お前は優しいし面白いしみんなお前のことは好きなんだ。でも、俺たち冒険者は命をかけてる。だからお前とこれ以上一緒にはなれない。」弓兵のカークが優しく諭す。

私はその言葉を聞くと何も言わずに駆け出した。パーティーの拠点を飛び出しどこへ行くわけでもなくただ街を徘徊した。

ただのいじめではなかった。元パーティーメンバーの変な温情が私をさらに惨めな思いにさせた。

私は泣いた。人目も憚らず泣いた。


私はしばらく気が済むまで泣くのでその間にこうなった経緯を説明したいと思う。

私は冒険者の中では特殊である。私は女だが職業はタンクだ。珍しい。女性のタンクなんて私が探した限り3人しかいなかった。そのうち2人は人手不足の下級パーティーで兼務しているだけだし、あと1人は中級パーティーだったが限界を感じて廃業した。

上級パーティーでタンクをしているのは私だけだ。

だが、その中でも私は特殊だ。私はタンクのくせに小柄で身長が157センチしかない。他の女性タンクは皆180を超えていた。

タンクは大きな体と耐久力で敵の攻撃を一気に引き受ける。それがタンクの仕事を小柄な私は遂行できなかった。それがクビになった理由その1。


次に私のステータスを説明しよう。ステータスの概念についてもはや説明は不要だろう。私の防御力は9999だ。多分それ以上あるのだが、計測器がカンストしていて正確な数値はわからない。

それに、私には特殊スキル『硬化』がある。この能力は防御力を9999倍にブーストする。この倍率も測定器がカンストしているので細かい値はしらない。それに硬化スキルのおかげで状態異常も何も効かない。要するにこの上なくカチカチになる。スキル発動中は文字通り無敵になれる。

ここだけ見ればタンクの適任なのだが、このスキルにはとんでもない欠点がある。

それは、スキル『硬化』発動中は一切身動きが取れないのだ。指一本すらも動かせない。

そのせいで常に味方の前をキープし敵の攻撃を一手に引き受けることができない。

硬化スキルは解除に時間がかかるため戦いが始まったとしても、私はただそこにあるだけのカチカチの石像にしかなれないのだ。これが多分一番の理由だ。

「わかってるよ…」私は涙目で呟く。


だが、いつまでもいじけているわけにはいかない。退職金はあるが、こんなものすぐに無くなる。自慢じゃないが、私は浪費家だ。働かなければ生きて行けない。

でも、私には冒険者しかない。どこかが私を必要としているはずだ。遮蔽物とかにならなれる。


私は涙を拭くと冒険者ギルドに向かった。

「すいません。パーティーを探してるんですが?タンクなんですけど!」私は受付の女性に話しかける。

「はい。ではまずステータスを計るので、こちらをお持ちください。」そう言って梟の装飾をされた鏡を渡される。この道具はミネルヴァの鏡。写った相手の情報が表示される魔導具だ。この道具でステータスを数値化するには特殊な資格がいる。


「えーっと、ぼ、防御力9999?スキル硬化?倍率9999?」受付の女性が驚く。

「はは、そうなんですよ。」私は返事をする。

「カンストなんて…すごい。」受付の女性は息を呑む。

「よく言われます。」私は照れる。やはりこの瞬間は気持ち良いが、たまにドン引かれるのが悲しいところだ。

「あー、他のステータスは普通ですね。」受付の女性の言葉に乾いた笑いが出る。


「この適正ならタンクですね。少々お待ちください。」だから最初にそう言っただろとムッとしたが、そういう規則なので仕方ない。


しばらくして受付が戻ってきた。

「該当するパーティーがひとつ見つかりました。」



さて、新しい私の仲間は?そう思い待っていると私と同じくらいの年齢の男がキョロキョロしながらこっちにきた。

「26番ですか?」私は尋ねる。

「はい、26です。こんにちは。よろしくお願いします。」その男は腰が低かった。


「はじめまして。僕はレオンって言います。よろしくお願いします。職業は一応剣士です。」

「私はイリーナ。職業はその、タンク。」私もぎこちなく自己紹介をする。

初対面特有の気まずさだ。


お互い仲間が必要だったので二つ返事でパーティーを組み申請も完了した。

そして手始めにダンジョンに潜ることになった。


・・・・・・・・


 お互いの小手調べということでダンジョンの13層に来た。もう少し浅いところでも良かったのだが、手っ取り早くまとまった金を稼ぐなら12層よりは下にいきたいのだ。


一度上級パーティーで慣れてしまうと、10層以下で稼げる端金では満足できなくなる。


まずは簡単にお互いの小手調べだ。ここで少しお金も稼げれば一石二鳥という目論見だ。


レオンも中級冒険者なのでここくらいなら実力的にも問題ない。




私が部分硬化で腕を硬化させ敵の気を引いている間にレオンが倒す。という形で連携の練習をする。


練習をしている間に皆が思うかもしれないことについて補足しておこうと思う。


部分硬化を使えば置物にならなくて済むのではないか?と思った人もいるだろう。


しかし、私の効果スキルは表面だけでなく中身も硬化する。腕を硬化させたとしたら、皮膚も筋肉も骨も全て硬化するのだ。腕や指先だけなら問題ないのだが、頭、首、胴体、手首、大腿部など人間の急所を部分硬化させると結局動けなくなってしまう。大腿部が硬化すれば筋肉も硬化する。すると大腿部より下の筋肉は上手く伸縮できなくなり動けなくなる、もしくはほとんど動けなくなるのだ。そんな状態で敵の攻撃を受けるわけにはいかない。結局全身を硬化させるしかないのだ。さらに、下層の敵はテクニカルな戦い方をしてくるため、部分硬化では力不足な場合が多い。




私は申し訳程度の陽動魔術を使用して攻撃を一手に引き受ける。その間にレオンが後ろから敵を倒す。なかなか良いチームワークだ。


私たちはすっかり打ち解けハイタッチする。


「そろそろ帰りましょうか?」レオンの提案に私も乗る。


出口の方を向いた瞬間背中に薄寒いなにかを感じた。


振り向こうとした瞬間何かに背中を抉られる感覚とともに私は吹っ飛び壁に激突する。


「イリーナさん!」レオンが遠くから呼びかけてくる。


背中を鋭利な何かで叩かれた。怪我はしていないが痛みはある。硬化していないと痛みは感じてしまうのだ。私は背中をさすりながら振り向く。


そこには意外なものがいた。


タコのような形で、たくさんの脚にそれぞれ獣のような鋭利な爪がついている。


今背中に当たったのはあの爪だろう。半端な防御力なら輪切りにされていた。


「私は大丈夫!」できるだけ元気な声で返事をする。


「こいつはなんですか?」レオンが焦りながら尋ねる。


「わからない!下層の主かも、でもなんでここに?」下層のボスであることは間違い無いのだが、どうしてここにいるのかはわからない。上位の冒険者パーティーから逃げたのか、下層で何か予想だにしないことが起きているのか。ともかく考えるより先にどうにかしなくてはならない。


「一旦逃げる?」私は尋ねる。


「逃げれますかね?一瞬で近づいてきましたけどこいつ。」


魔物はこちらを凝視している。


ここで倒して怯ませましょう。


そう言うとレオンは剣を構えて斬りかかる。


剣を振り抜いたと思った瞬間、カランと剣の先が床に落ちる音がした。剣は爪一振りで粉々にされてしまった。


「うそ?オリハルコンの剣が!」レオンは顔を引き攣らせる。その間に魔物は別の脚を振り上げる。


「危ない!」咄嗟に上半身を硬化させて魔物の攻撃を受ける。ギギギという嫌な音がして火花が散る。


「ここは私が食い止めるから逃げて!」私は叫ぶ。


「でも…」レオンは戸惑う。


「剣が折れたなら戦えない!早く!」私はそう言って口部分も硬化させる。私はここで置物になり時間を稼ぐ。その間に彼に逃げてもらう。


私一人なら攻撃を受け続けながらでもなんとか致命傷を避けつつ救助を求められるだろう。


適切なアタッカーがいない以上そうするしかない。


何度も私の硬化した身体に爪が振り下ろされる。爪は金属なのかわからないが不快な音を立てる。




だが、レオンは逃げない。少し後ろを振り向いたがその場で立ち尽くしている。


チャンスは今だ。このタコ野郎が私に興味を失えば次はレオンだ。早く逃げろと言いたくても口の硬化を解くには時間がかかる。




レオンはグッと拳を握りしめるとこちらにツカツカと歩いてくる。


私は心の中で逃げろと叫ぶ。




「僕、決めたんです。」レオンが静かに呟く。


「もう二度と仲間を失わないって。だから、俺は戦います。」


何を言っているんだ。武器もなしにこいつにどう立ち向かうのかと心の中で叫ぶ。


魔物はレオンを見て私への攻撃を止める。そしてレオンに向けて3本の触手を突っ込ませる。




「だからイリーナさん。僕を許してください。」レオンはそう言うとしゃがみ込む。


そのまま彼は私の脚を掴む。


「身体強化!うおおおおおお!」そう言うと彼は無敵の置物と化した私を持ち上げる。


そのまま私を横凪に振り3本の触手を弾く。




あれ?私は困惑する。




そのままレオンは私の両脚を握りを剣のように構える。




これもしかして…




レオンは跳躍すると私を振り回し迎撃のための触手を弾きながら敵の頭上まで来て私を振りかぶる。




私…




レオンはそのまま私をタコ野郎の脳天めがけて振り下ろす。




私、武器にされてる????




私は心の中で絶叫した。


ものすごい硬さの物体で頭をかち割られた敵はそのまま沈黙する。頭が割れて血が吹き出す。


噴水のように噴き出された血がまるで紙吹雪のように私たちに降り注いだ。






「本当にすいません。」料理屋でレオンは項垂れる。


「いいのよ。あの状況で武器になるものなんて私しかなかったんだから。」私は半分武器になったことを受け入れてしまっているがやはり納得はできない。




確かに、私はスキル使用中はカチカチの置物になる。置物系女子だ。


そんな中、剣を失って近くに頑丈な置物があればそれを使うよなと考える。


私も昔、男の子と喧嘩をした時に近くにあった木の人形で殴りかかったことがある。因果応報というやつか。


だが、これでは私はタンクではなく鈍器だ。鈍器系女子?


解せない。とても解せない。覚悟している冒険者とはいえ、年頃の女子の脚を持って振り回し鈍器にするのはやはり良く無いと思う。


今までそのような運用をされたことはなかったが、冷静に考えれば私の使い道なんて身体強化をして鈍器として振り回すしか無いというのも事実だ。


もしかしたらアレンは私を上手く振り回せるのでは?いや、彼は結構紳士的だからそんなことはしない。




「あの、本当にすいません。」レオンは何回目か忘れたが頭を下げる。


「だからいって。今回は仕方なかった。それでこの話はおしまい。」というか早く忘れたい。




「それで、フォローになるかどうかわからないですけど、その、重くなくて振りやすかったです。」


「全然フォローになってねえ!」




「あ、気に障りました?そ、それなら、脚も細くて持ちやすかったですよ?」


「気持ち悪くなってるから!」




そうしてその日は終わった。

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