文房具スキルで異世界放浪

コラム

***

お小遣いを手に、大好きな本屋へと足を踏み入れた瞬間、少女の体を光が包んだ。


まぶしさから目をつぶっていた彼女が目を開くと、そこは森の中だった。


しかし、そこは少女が知る森ではなかった。


見たこともない鳥が火や氷を吐きながら飛んでおり、遠くには木々の高さを軽く超える一つ目の巨人が歩いている。


普通の生き物などまるでいない世界。


ここはどこだ?


見えているモンスターは本物なのか?


少女が一体何が起きたのかと立ち尽くしていると、背後から声がかけられる。


「どうやら異世界に来ちゃったみたいだね」


「えッ!? ここって異世界なの!? てゆーかあなたはッ!?」


振り返った少女は声をかけてきた人物に驚かされた。


いや、そもそもそれは人間ではない。


それは、まるでぬいぐるみのような体をしたミミズクだった。


「ブッコローだよね!? どうして異世界に来て、しかもあなたまでいるわけ!?」


少女はこのミミズクを知っていた。


それは、このぬいぐるみのようなミミズクが、彼女の好きな本屋のキャラクターだからだった。


ミミズクの名はR.B.ブッコロー。


6月30日生まれで、体長60cm、体重2kgという設定になっている本屋のマスコット的なキャラだ。


ちなみに名前のR.B.は「リアル・ブック(真の本、真の知)」を意味し、ブッコローは「book(本)」+「owl(ミミズク)」の「ブックオウル」から付けられたらしい。


少女は、これまで本屋の動画配信サイトで喋っている姿は見たことがあったが、こうやって直接ブッコローが話すのを見るのは初めてだった。


「えーと、本物のブッコローなんだよね……?」


「そうだよ。僕は借金してまで合コンにいく、普通の中年ミミズクのブッコローだよ。まあ、大学生の頃の話だけどね。今は奥さんと二人の娘がいるから」


「いや、そこまで聞いてないし……」


「じゃあ、今度は君の番。せっかく一緒に異世界に来たんだし、名前を教えてほしいね」


ブッコローに訊ねられた少女は、まだ状況が飲み込めないままとりあえず自分の名を教えた。


少女のは林堂りんどうユウ。


どこにでもいる小学生の女の子だ。


少し変わっているところといえば、髪が同世代の女の子よりも短く、幼さやパンツスタイルというのもあってか、中性的な雰囲気をしている。


ユウは自己紹介を終えると、混乱しながらもブッコローに訊いた。


どうして自分と本屋のキャラクターが異世界に来ているのかと。


訊ねられたミミズクは、「ふぅ」とため息をつくと、その口を開く。


「そう言われても僕も異世界ここへ来るまで知らなかったんだよね。来た途端とたんに、なんか頭の中で声がしたから簡単な説明はできるけど。あまり期待しないでほしいな」


「でも、なにか知っているんでしょ!? なんでもいいから話してよ!」


ユウに急かされ、ブッコローはよっこらしょと言いながら地面に座って足を伸ばした。


自分で中年というだけあって年寄りっぽい動きだ。


見た目は少しくせが強いけど可愛いのにと、ユウは内心で残念に思った。


「じゃあ、まずはスキルの説明からね」


「スキル? もしかして異世界に来たからスゴい力をもらえたの?」


「そうそう。あッ、そういえばスキルを教えるなら、この子のことも紹介しておかないと」


ブッコローは何かを思い出すと、突然、手を振った。


すると、どういうことだろう。


何もない空間からもう一匹の鳥が現れた。


サッカーボールに羽が生えたような体型で、フクロウのような姿をした鳥。


ブッコローよりも一回り小さい。


「この子はカクヨムのマスコットで名前はトリっていうんだ。よろしくね」


「トリ……? もっとなにかなかったの? せっかくカワイイのに」


「そう言われてもなぁ。僕はKADOKAWAの社員じゃないし。ちなみに僕も名前がトリって聞いたときは戸惑ったよ」


そんな話をしているユウとブッコローを見たカクヨムのトリは、「トリって名前そんなに変!?」とショックを受けたようで両翼をバッサバッサと激しく動かしていた。


その表情や動きで感情を伝える姿でわかるが、どうやらトリはブッコローとは違って言葉を話せないようだ。


「話をスキルに戻そうか。まず僕ができることをやるね。ほい」


ブッコローが手を振ると、ユウに手に一本のペンが現れた。


まるで魔法のようだと彼女が驚いていると、続いてトリが鳴く。


「え? なんかペンがだんだん……うわッ!?」


トリの鳴き声と共に、ユウの手にあったペンが巨大化した。


突然、野球のバットほどの大きさになり、驚いたユウは思わず手を放してしまっている。


両目を見開いている彼女に、ブッコローは言う。


これが林堂ユウに与えられたスキル――文房兵器ステーショナリー ウェポン


ブッコローが文房具を実体化させ、トリが巨大化させて武器にする力だ。


スキルの説明を聞いたユウは、ガクッと肩を落としていた。


彼女は、今にもその場で倒れてしまいそうだ。


「カワイイ格好に変身してキメ技を使えるんじゃないの……?」


「うーん、毎週日曜朝のアニメを期待してたのか……。そりゃ残念」


「だいたいなんで異世界で文房具なんだよ!? 変でしょ!? ゼッタイにぃぃぃ!?」


「設定によると“文房具王になり損ねた女”が女神というか……ザキさんが絡んでるからね。スキルが女神の加護によるものになると、そういう結果になっちゃうのはしょうがない」


「ブッコローは女神と顔見知りなの!? てゆーかザキさんってだれよ!?」


ユウがブッコローに声を荒げていると、トリがバサバサと翼を振って鳴き出した。


今はそれどころじゃないとユウがトリに言うと振り向くと、そこには先ほどから遠くに見えていた、一つ目の巨人が目の前にいた。


「に、逃げろぉぉぉッ!」


ユウはブッコローの首根っこを掴み、トリを脇に抱えて走り出した。


森の中を物凄い速度で駆けていき、去っていったユウを見た巨人が呆気に取られるほどだ。


「足が速かったんだね、ユウって」


「自分でもビックリだよ!」


「でも、もっとスピード上げないとヤバいかも、巨人が追いかけて来てるから」


「えッ!? イヤァァァッ!?」


一つ目の巨人が木々を踏みつけながら、ユウたちを追ってくる。


巨人が一歩地面を踏むたびに、周囲に地震が起きたかのような衝撃が走る。


このままでは追いつかれる、ユウは泣きながらも必死に走り続けていた。


「もうヤダッ! わたし異世界で巨人に食べられちゃうんだ! こんなわけのわかんないところでふざけた二匹の鳥と死んじゃうんだ!」


「ふざけた鳥って……ユウは僕のファンじゃなかったんすか? まあ、いいけど。よし、トリ。僕らでなんとかしよう」


泣きながら走るユウを見かねて、ブッコローとトリが動き出す。


ブッコローはまずユウに足を止めるように言うと、彼女の手の中に接着剤を出した。


歯磨きのようなチューブ絞りタイプの接着剤だ。


こんなもので一体どうするのだと、ユウは涙を流しながら身を震わせていると、続いてトリが鳴く。


ユウの手の中にあった接着剤が巨大化していき、次第にそれは車ほどの大きさになった。


そこからトリが翼を振ると、接着剤のキャップが取れる。


「さあ、ユウ。今だよ。全体重をかけて接着剤を踏むんだ」


「えッ!? わ、わかったよ! えぇぇぇいッ!」


ユウが接着剤に飛び乗ると、巨大な接着剤から中身がぶちまけられた。


森の木々の間を、まるでスライムのように満たしていく。


追いかけてきていた一つ目の巨人は、そんな接着剤の中身を踏んでしまい、その場から動けなくなっていた。


なんとか暴れてもがくが、どうしようと地面から足の裏が離れない。


「た、助かったんだぁ……わたし、生きてる……」


「ザキさんのオススメはヤバいな……。でもこれでしばらくは大丈夫かな? ユウ、今のうちに森を抜けよう」


それからユウたちはモンスターを避けて森の中を進んだ。


スキルを使いつつ何度も危ない目に遭いながらも、なんとか抜けることができた。


森を出た先には、何もない平原が広がっていた。


一体どこへ向かったらいいのやらと悩んでいると、トリが大きく鳴き出す。


「ねえ、トリはなんて言っているの?」


「うん。なんかトリには町のある方角がわかるみたい。さすがはWeb小説サイトのマスコットだけあって、異世界の案内は任せてだってさ」


「安全なとこに行けるのはいいけど……これからわたしたちはどうするの?」


ユウに訊ねられたブッコローは、持っていた本の表紙を見せた。


なんでもこの本は“知の象徴”というもので、異世界で出会った人たちから多くの話を聞いていくと、ページが埋まっていくらしい。


「それが僕らのこの世界での役目らしい」


「らしいって、そんなのいつ家に帰れるのよぉ。あまり長くなると、パパとママだって心配しちゃう」


「時間のことなら大丈夫だと思うよ。たぶんザキさんがイイ感じにしてくれるんじゃないかな。文房具が絡まなきゃ仕事はキッチリしてくれてるから、あの人」


「だからザキさんってだれよ!?」


文句を言いながらも進んでいくユウ。


こうして少女とミミズクは、Web小説サイトのマスコットであるトリの案内で、異世界を冒険することになった。


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