魔王の敵討ち
永露 しぐれ
始まりの地
自分は無力だあの時も、そして今この時も、誰も助けてくれない、ヒーローなんてしょせんおとぎ話だ。
「……くそ」
だがそれでも、この胸の奥で燃え上がる怒りは本物だった。
誰かに期待されて、誰かのために戦って、その果てに死ぬならまだいい。そんな死に方だってあるはずだ。
だけどこれは違う。こんなのはただの無駄死じゃないか
(冗談じゃない)
こんな所で死んでたまるか。何がなんでも生き延びてやる。
そう思いながら、もう一度手を伸ばしたときだった。
ふいに、どこからか声が聞こえた気がした。
―――力が欲しいですか?
「……え?」
一瞬幻聴かと思ったが違った。
どこからともなく聞こえてきたそれは、紛れもない少女の声だった。
鈴の音のように透き通っていて、それでいてどこか無機質な感じのある不思議な声色だった。
――あなたには素質があります、力を授けましょう
また聞こえる。今度はもっとはっきりと。
それと同時に、何か見えないものが自分の中に入り込んでくるような奇妙な感覚があった。なんだこれ?と思う間もなく、それは俺の内側を駆け巡り、やがて体の中心へと集まっていく。
熱い。まるで心臓そのものが熱源になったかのような激しい痛みに襲われる。
同時に意識が真っ白に染まり、何も考えられなくなった。……どれくらい時間が経っただろう。
気がつくと俺はその場に膝を突いていた。
そして目の前にあったはずの瓦礫がないことに気づき顔を上げると、いつの間にか周囲の景色が一変していた。
さっきまで崩壊寸前の建物の中に居たはずなのに、今は見渡す限りの大草原が広がっている。空を見上げれば雲一つない青空が広がっていた。
あまりの出来事の連続に呆然としていると、頭上から先ほどの声が再び響いてくる。
――今あなたに少しだけ力を授けました、それではご健闘をお祈りします、ご武運を。
言いたいことだけを一方的に告げると、声はそれきり聞こえなくなってしまった。しばらく周囲を観察してみたが人の姿はない。
とりあえず立ち上がって辺りを見てみることにする。
改めて自分の身体を確かめるように軽く動かしてみると、いつもより手足の動きが少し良いことに気がついた。それだけじゃなく妙に気持ちが落ち着かないというか、なんとも言えない高揚感がある。試しに近くに落ちている小石を拾って投げてみると、まあまあ早くとんだ。
どうやら本当に少しだけ身体能力が強化されてるみたいだ。
え…こんだけ?と思っていると再び視界が暗転する。……………………
次に目を覚ますとそこは神殿の中だった。
石造りの壁に囲まれた広間の中央に自分が立っていることに気づく。壁際には等間隔に並ぶ柱があり、天井を支えるようにして無数の天使像が並んでいる。ここはどこだろうと困惑しながら周囲の様子を伺っていると、正面に石に刺さった剣があった。近づいてみると剣からは強い魔力のようなものを感じる。これが聖剣なのかと思いながら柄に触れると、途端に脳内に膨大な情報が送り込まれてきた。
………聖剣を魔王が触って大丈夫なのか?と思ったけど普通に触れたので問題なさそうだ。
聖剣をそっと抜くと、周囲に光が溢れ出した…と思ったが特に変化はなかった、しかも聖剣は錆びていた。
「あれぇ……」なんか思ってたのと違うぞ……。
戸惑う俺を無視して、またもや世界が暗転した。………………
目が覚めるとそこは森の中だった。なぜなら以前ここに来たことがあるからだ。
そうここは"魔王を倒すために異世界から呼ばれた存在”が召喚された場所だったからだ。
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