打ち上げ花火を、君と。

一花カナウ・ただふみ

君と。

 約束をしていた。

 いつか二人で一緒に見に行こう、と。



 町の小さな神社で行われる夏祭り。ほとんど知り合いしかいないはずだけど、みんなお面をつけて参加をするから顔はわからないので、僕にとっては気楽な行事だ。

 遠出ができるような裕福な人間じゃなければ、だいたいそこにいるはずなのに、お面をつけているとわからないから不思議である。お面をつけるのは、そこに来ている人ならざる者が混じっていても目立たないように、あるいは自分が生きた人間であることを気付かれないようにする意味合いがあると知ったのは、久しぶりにこのお祭りに参加してからだったが。



 彼女が死んだ。僕の初恋だった。

 このお祭りに一緒に行って、いつも合わせている隣町の打ち上げ花火をそこから見る――彼女とはそんな可愛らしい約束をしていたのに、まだ叶えていなかった。

 充分すぎるほど大人になったっていうのに、やっと約束を叶えられると思っていたのに、このザマだ。


 ――まあ、一人でもいいけどさ。


 準備していたお面をかぶって、僕は神社の境内に入る。

 あの頃から変わっていない、この世とは少し違う空気がそこに横たわっている。

 どこもかしこもお面をかぶった人ばかりで、こんなに人間が住んでいたのかと思わせるほどの盛況ぶりに僕は目を丸くした。目につくのがお面だらけで非日常感が溢れているという以上に、生暖かいじめっとした気配がまとわりついていたのがスッと消えたのがとても印象的だった。

 適当に屋台を冷やかして、僕は境内をウロウロと歩き回る。僕が最後に来たのは小学校の高学年になった辺りだったろうか。あれから何一つ変わっていない様子に、僕は興奮していた。


 ――そろそろかな。


 僕は屋台が並ぶあたりから静かな場所に足を向ける。いつか彼女とそこから見ようと思っていた花火の時間だ。


 ひゅるるるるるる……


 打ち上がる音が聞こえれば、静かだった周辺もざわざわし始める。花火を見るのにちょうどいい場所なので、人が集まってきたのだ。


 ――見たかったな、一緒に。


 ささやかな願いだったのに。

 ここで彼女に告白して、成功しても失敗しても大きな声で叫んでやろうと企んでいた。打ち上げ花火の炸裂音にかき消されてしまうことを見越して、想いの全てをぶちまけるつもりでいたのに。


「……たまやー」


 輝きから時間差で届く炸裂音。僕は小さな声を出す。


「――こういうときは、大きな声で叫ぶんですよ?」


 急に隣から女性の声がして僕は横を向く。浴衣姿の女性が手の届く位置に立っていた。彼女の顔はお面で見えない。懐かしい声に聞こえたのは気のせいだろう。


「大きな声で、ですか」

「はい」


 表情は見えないけれど、お面の彼女は笑っているような気がした。

 もう一発、ひゅるるるるると音がして、閃光があって、少し遅れて炸裂音が響く。隣町の打ち上げ花火だからこその時間差。夜空に咲く大輪の花がもっとも美しく見えるのはこの場所かららしい。


「――打ち上げ花火には鎮魂の意味もあるんですよ」

「鎮魂?」

「だから、祈って叫んでください。きっと想いは届くから」


 花火に目を向けて、色とりどり光に目をくらませた。綺麗ですね、と言おうとして隣に目を向けると、そこにはもう女性の姿はなかった。それどころか、あんなに賑やかだったはずの屋台の明かりも見えない。お囃子の音もしない。


「え?」


 ひゅるるるるるる……


 花火の打ち上がる音が響く。光、音。

 花火は本物だ。

 僕は躊躇わずに大声で叫んだ。彼女への想いと後悔と。


 花火が開く。鮮やかな光をまとって。


 ――ああ、僕は……


 あのとき、ちゃんと叫べばよかった。そうしたら、死んだ彼女に聞いてもらえたかもしれないのに。

 大きな声で叫び続けて、大きな声で泣いて泣いて泣いて。

 僕は気がすむまでここで花火を見続けた。


《終わり》

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打ち上げ花火を、君と。 一花カナウ・ただふみ @tadafumi

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