麒仁国の後宮では、いつの間にか後宮妃が消えているようです。
花橘 しのぶ
(一)
――遠くから眺めているだけ。
それでいい。それだけでいい。
声をかけてもらえなくても、一目だけでもかけてくれなくたって。
(それでも、ここ——
幸福感で胸をいっぱいにしながら、
美しい礼服に身を纏った紗月の姿は、天女と見紛うぐらいに美しい。純白の襦裙に、薄桃色の帔帛。たっぷりと施された金糸の刺繍は、陽の光に照らされるたびにきらきらと光を放ち、まるで夜空の星々を集めてきたかのようだった。
ぴんと背を伸ばした紗月の容姿は、豪奢な衣装に負けず劣らない。艶やかな黒髪は後ろで一つにまとめ、色とりどりの宝玉がそれを飾りつけている。ほっそりとした首筋は抜けるように白く、今にも消えてしまいそうな儚さを醸し出す。皇帝のもとへと向かう一挙手一投足のすべてがたおやかで美しく、小鈴は紗月から目を離せない。
皇帝の元へとたどり着いた紗月は、その前で跪いた。
「――
「拝受いたします」
鮮やかな朱を差した唇から、紗月の凛とした声が響いた。紗月が礼をするとともに、頭に挿していた髪飾りがしゃらりと音を立てる。金の枝に、宝玉で彩られた花々。華奢な紗月の身体には不釣り合いなほど飾り立てたそれは、代々貴妃の位が与えられる際に身につけるとされる、由緒正しい簪であった。
たった今紗月に貴妃の位を与えたこの国の皇帝――
先帝の皇子は五人。青瑛は四番目の弟だった。一人の弟を除いた異母兄弟をすべて失脚させ、皇帝まで上り詰めた策士だ。位につく前までの血生臭い戦から一転、彼の御代は現在まで平和で穏やかなものである。
「紗月、そなたなしの人生はもう考えられぬ。これからも私と共にいてくれるか」
「陛下……! もちろんです。わたくしは、いつまでも陛下のお側にいます」
うっとりと見つめ合う二人の姿は、まるで一つの絵画のようだった。列席していた者たちから、感嘆にも似た声が漏れる。この
(私は、いつまでも紗月さまを……お守りいたします)
幸せに満ちた紗月の表情。
それを見るだけで、胸がいっぱいになって、方なくなる。この笑顔を見るために、小鈴は生まれてきたのだ。そう確信する。
(だから……あなたはどうか、笑っていてください)
そのために自分に出来ることは、なんだってやってみせる。
――あなたは、私の光だから。
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