第21話 ペガサスは山の向こうに②
「……ずるい」
「え?」
「弘樹くんばっかりずるい!」
「えーと、何が?」
「弘樹くんばっかり、ピンクちゃんに乗って!」
彩香は口を尖らせて言う。えーと、だって。
「……いっしょに乗る?」
「……気持ち悪くなるんだもん! ううう。ピンクちゃん、大好きなのにぃ!」
確かに彩香とピンクちゃんは仲良しだ。女子同士、いつも何事か話し合っている。「何を話しているの?」と聞いても、「オンナのコの秘密!」とか言われてしまう始末だ。……ピンクちゃん、ドラゴンだけど。
「それでね。あたし、考えたの!」
彩香の目がきらきらしたので、嫌な予感がして僕は身構えた。……まずい。これ、何か思いついたやつだ。
「何を考えたの?」
「ペガサスなら乗れるかなって!」
「……ペガサス?」
「うん!」
「……ペガサスって、羽根の生えた馬?」
「そう! ドラゴンは乗れなかったけど、ペガサスならどうかなって!」
「……なんで?」
「あのね、ピンクちゃんにお悩み相談していたの」
ドラゴンにお悩み相談?」
「うん、それで?」
「ピンクちゃんが言うにはね、ドラゴンって、どうしても揺れるんだって。ごめんねって言ってくれたの。すまなさそうに」
……そうなんだ。いや、ピンクちゃんのせいじゃなくて、彩香の三半規管のせいだと思うけど。
「ドラゴンが揺れるっていうのは、確かにそうかもしれない」
僕は日々乗っているから、そういう感覚はよく分かる。遊園地のジェットコースターとかフライングカーペットとか乗れないと、きっとドラゴンには乗れない。
「でね」
「うん」
「ピンクちゃんが言うには、ペガサスならそこまで揺れないんじゃないかって」
「そうなの?」
「うん、そう。あたし、空飛びたいの! ……弘樹くんばっかりずるいんだもん!」
……ずるい、と言われても。
「ペガサスって、どこにいるの?」
ペガサスはこの世界でまだ見たことがなかったし、ドラゴンみたいな競り市もなさそうだった。
「《はじまりの草原》の向こうに山があったでしょう? 《迷いの森》の反対側に」
「うん、あった。ジョアナさんが《峻厳の山脈》だって言ってた。《最果ての村》からも見えるくらい、高い山だよね」
「そうそう。あの山を越えてね、そのさらに向こうの《清廉の泉》にペガサスがいるんだって。ピンクちゃんが言ってた!」
ジョアナさんも言ってたっけ。《はじまりの草原》の向こうは神に近い場所で、奇跡の生き物がいるらしいって。
「……ねえ。ピンクちゃん、卵から人間に育てられたのに、なんでそんなに詳しいの?」
「ドラゴンネットワークがあるんだって。簡単な思念伝達も出来るみたい。だから、人間に育てられても、ドラゴンネットワークで知識を得て、さらに同種のドラゴン同士で繫がって、『ドラゴン』としての矜持を保てるみたい」
「それ、ほんと?」
「うん、ピンクちゃん情報だけど」
「えーと、それ、みんなが知ってること?」
「……知らないんじゃないかなあ?」
もしかして、ドラゴンネットワークとか、ドラゴンが思念伝達出来るとか、超機密情報なのではないだろうか。
僕が考え込んでいると、「まあ、それは内緒の方向でね?」と彩香は笑った。……確信犯だ……。この会話、日本語でしているし、誰かに聞かれる心配もない。
「ね。弘樹くん。あたし、ペガサス、欲しいな!」
彩香は例のごとく、にっこり笑う。……う。かわいい。
「……それで、《峻厳の山脈》に向かうの? 山の向こうの《清廉の泉》にペガサスを探しに」
「うん、そう!」
「ねえ、もしかしてすっごく遠いんじゃない?」
「ピンクちゃんが、ドラゴンならすぐだよって」
「……彩香、ドラゴン、乗れないじゃない」
「あっ」
「《迷いの森》を抜けて《はじまりの草原》を横切って、さらに《峻厳の山脈》を越えるんでしょ? すっごく遠いと思うよ。《城塞都市ルミアナ》に行くより遠いし、道が整備されていないから、大変だよ?」
「う」
彩香は目をうるうるさせて、僕を見た。
「彩香?」
「あたし、でも、やっぱりペガサス欲しいの」
……僕は彩香には逆らえない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます