第12話

「それでは今日の会議を始め」

「総帥、いいですか?」

「どうしたザリガー?」

 会議を始める宣言の途中で、遮るようにザリガーが割って入ってきた。いつになく真剣な声音だ。

「総帥は、爆炎さんに勝ちたいんですよね」

「何を今更言うんだ。当たり前だろう」

 そんなこと確認されるまでもない。世界征服をする。そして、その為には最大の障害である爆炎を倒す必要がある。だから、こうして何度も会議をしているのだ。

「そう、ですよね。それは僕がいなくなってでも、ですか?」

「どういう意味だ?」

 不穏な言葉が飛び出てきて、思わず詰め寄ってしまう。

「何を考えている、ザリガー。事と次第によっては――」

「総帥、落ち着いてください。まずは、ザリガーさんの話を最後まで聞かれるのがよろしいかと」

 熱くなっていたところを軍師に諫められ、乗り出しかけていた体を座り直す。内心は穏やかではない。"いなくなってもいい"とは、一体どういうつもりか。

「それで、ザリガーさん? どういうお考えで?」

 一拍の間をおいて、ザリガーは答えた。

「僕は今、総帥たちの期待に応えられていません。爆炎さんにハサミは当てられず、甲殻も意味をなさなくなってきました」

 必殺技を考える時の会議でザリガーが言い淀んでいた理由が今になって分かった。自信がなくしているのだ。

 最初こそ手を焼いていたようだった爆炎も、最近は爆発を利用した攻撃でザリガーを普通に倒すようになっていた。ハサミによる攻撃も慣れたのか、ことごとく躱されている。

「戦闘員として、恥ずべき事だと思っています」

「……それとお前がいなくなることがどう関係しているのだ。俺と軍師でも勝てていない。お前一人だけの問題ではないはずだ」

「いえ、考えがあるんです」

「考え、ですか」

「はい。総帥も軍師さんもお分かりかと思いますが、僕は暗黒オーラでこうして怪人となっています」

 ザリガーは、もともと池で釣り上げただけのただのザリガニだった。人のような体格になっているのは暗黒オーラを与えたからだ。

「僕の中にある暗黒オーラを総帥に返却します」

「「なっ」」

 俺も軍師も同時に驚愕の声を挙げる。

 そんなことをしてしまえば、恐らくただのザリガニに戻ってしまうだろう。そんなことはザリガーも分かりきっているはず。

「な、何もそこまでしなくても!」

「待て軍師。ザリガー、本気なんだな?」

 ザリガーは力強く頷いた。これ以上、言葉はいらないだろう。

 俺とザリガーは立ち上がる。

「操り方は分かるか?」

「自分の中にあるものですから、なんとなく」

 軍師は俯いて、何も言わない。

「それでは、返させていただきます」

「うむ」

 ザリガーから暗黒オーラが出始めた。そして俺の体に向かってきて、体に入り込んでくる。それによって、力が増していくのを感じる。

「今まで、お世話になりました。とても、楽しい日々でした」

「俺もだ」「私も、です」

 全ての暗黒オーラがなくなると、アジトの中には二人の人間と、一匹のザリガニになった。




「本日でございますね」

「ああ、そうだな」

 待ちに待った、爆炎との戦いの日。意識すればするほど強張る体を落ち着けるために、深呼吸をする。

「本当に私は戦わなくてよろしいのですか?」

 水で満たされた虫かごを胸に抱えた軍師が聞いてくる。虫かごの中には一匹のザリガニ。

「大丈夫だ。離れたところでザリガーと見ていてくれ。それに――」

 わざとらしく胸を親指で指しながら、笑ってみせる。

「戦いは二人まで、という取り決めだろう?」

 一人ではない。ザリガーは俺の中にいるのだ。


「すまないな。こちらの都合に合わせてもらって」

「まー、たまには別の場所ってのもいいさ。それに、前に頼みも聞いてもらってるしな」

 何もない広いだけの草原。そこで爆炎と向かい合っていた。周りを気にすることなく思う存分、戦える場所。

「今日こそ、いや。今日だからこそ、倒させてもらう」

「いつも通り、返り討ちにしてやるさ。――変身」

 爆炎が見慣れたヒーローの姿になる。何度も何度も負かされた、その姿を見るたびに、辛酸を舐めさせられた記憶が浮かぶ。しかし、これで最後にするのだ。

「いくぞ!」

「来い!」

 互いに駆け出すと、一瞬で距離が詰まる。両手にザリガーのハサミを暗黒オーラで再現してから、腕を突き出す。細かい造形は時間がかかるのだが、ザリガーからもらったおかげか、これは一瞬で造形することができるようになっていた。

「っと!」

 腕のリーチが伸びたこと気付かれ、回避に専念される。だが好都合。出したはいいものの、ハサミは慣れてはいないのだ。反撃がないと分かれば、遠慮なく振り回せる。

 突き、叩きつけ。間断なく攻撃を繰り出す。防戦一方かと思いきや、やはりザリガーとの戦闘経験があるからか、対応が早かった。大振りになる隙に付け込まれ、懐に潜り込まれる。しかも、大振りのせいで、爆炎の攻撃に腕での防御が間に合わない。

 腹部に強い衝撃がくる、はずだった。

「なっ! こ、これは」

「隙ありっ!」

 驚いている隙を突いてハサミを当てようとするが、寸でのところで躱されてしまった。

 爆炎の攻撃を受け止めたのは、腹部に生成したザリガーの甲殻。ハサミと同じく、こちらも暗黒オーラで再現することができるようになっていた。さすがに本物ほどの硬度はないが、それでも十分である。

 下がった爆炎に向けて、追撃として両手のハサミを暗黒砲の要領で飛ばす。しかし、爆発で撃ち落とされる。難なく迎撃されてしまい、迂闊に飛び込むのは危険と判断する。一時的な膠着。

 やはり強い。こちらも確実に強くなっているのだが、易々と倒されてはくれない。

 睨み合っていると、先に動いたのは爆炎だった。腕を前に突き出してくる。すでに二度も見たことのある構えだ。

「『ファイアーボンダー』!!」

 突き出した両拳から爆発が発生し、螺旋を描きながらに向かってくる。避けることもできるが、正面から受けて立つ。

 前方にいくつもの甲殻を展開して受け止める。爆発と黒い甲殻がぶつかり合うと、残ったのは闇であった。

「なっ」

 すぐに正面から襲い掛かる。虚を突けたのか、爆炎に一撃入れることに成功する。よし、と思った直後、下から蹴りが昇ってくる。体を反らすことで辛うじて回避した。爆炎はその勢いまま、後転するとまた距離が開いた。

「やるな」

「当たり前だ。今日は特別だからな」

 今の一連の攻防を終えて、自覚したことがある。有限の力であるということだ。使えば使うほど力が弱っていく感覚がある。無限でないなら、長期戦は不利。今出せる最大の技で一気に決着を狙うべきだろう。

 発声のために、一段と大きく息を吸う。

「闇に呑まれろ! 『ダークウェイブ』!!」

 全身から暗黒オーラが放出する。放出量が増している今しかできない技だ。

 まずは暗黒オーラを出し続けながら、爆炎を覆う。その次に暗黒砲とハサミ織り交ぜながら撃ち出す連続攻撃。視界不良の中では、防御はできない。前の会議で考案された必殺技だ。

 ボンッと爆発音がして、暗黒オーラが多少霧散する。かつてと同じように対処しようとしたのだろうが、放出量が上回っているので、今回は無駄だ。

 霧散させるのは諦めたのか、移動して抜け出そうとする爆炎。だが、暗黒オーラ内部の状況は把握できるのだ。目では見えないが、逃げようとしている方向に撃ち出すのは容易だった。

 諦めたのか、立ち止まる爆炎。ここぞとばかりに集中砲火を見舞う。消耗が激しく、もう一度できない。この技で決めきる。

「聞こえるか総帥! 本気出すから、しっかり受け止めろよ!」

 中から大声で宣告してくる。恐らく、最高の技をするつもりなのだろう。短期決戦なのは望むところだった。

「いいだろう、来い! 爆炎!」

「いくぞ! 『ビックバン』!!」

 発生した炎が暗黒オーラを逆流して向かってくる。押し負けるわけにはいかない。できる限りの放出をする。

 負けるわけにはいかない。ここさえ乗り切れば……!

 それでも、炎の勢いは止まらずに闇を切り裂いて現れた炎。全てを吹き飛ばされることになった。


 背中には土の感触。目を開けると大空が広がっていた。

 ふらつきながらも立ち上がり、手を何度も握り直す。漲っていた力はなくなり、普段の力に戻っていた。

「総帥」

 後ろから軍師の声がする。

「……爆炎はどうした?」

「倒れている総帥を見るとお帰りになられました」

「そうか」

 なんとも冷たいやつだ。いや、空気が読めるやつだ。

「すまない。少し一人にしてくれるか」

「待ってくださ……!」

 最後まで聞かずに、その場から走り去った。



 おぼつかない足取りで気が付けば、いつも落とされている川に来ていた。土手に座り、川を眺める。

「負けたのか」

 ここに来てようやく、負けた実感が湧いてきた。

 犠牲を伴っても挑んだ勝負。それでも届かなかった。

「総帥」

「一人にしてくれといったはずだ」

 構わずに横にやってくる。体が横に倒されて、頭が足の上に乗せられた。

「どうしたんですか。こんなに落ち込んで」

「言わせるな。ザリガーの犠牲に、報いれなかった」

 ひたすらに脳内を無力感と自責の念が巡る。爆炎に本気を出させたとか、あと一歩だったなどとは、言い訳しても晴れるものではなかった。事実は一つ。負けたのだ。

「それほど引きずらなくていいと思いますよ。次があります」

「……次、か」

 随分簡単に言ってくれる。ザリガーから貰った分の力は使い果たしてしまった。今回と同じ状況はもうやってこない。

「そうです、次です。僕も頑張りますから」

「しかし、ザリガーは、もう」

 え? 僕?

 ゴツゴツとした足に乗っている頭で上を向く。そこには見慣れた顔。ザリガーがいた。思わず転げ落ちる。

「お、おま、ザ、ザリガー。死んだはずじゃ!」

「勝手に殺さないでください⁉」

 しかし、あの時に体内の暗黒オーラを全て出して、たたのザリガニに戻ったはずだ。

「ようやく気付かれましたか」

 少し離れたところにいたのか、軍師が歩み寄って来る。

「ぐ、軍師⁉死んだはずじゃ!」

「なんで私まで死んだことになってるんですか」

「そ、そうだったか? いや、それより、ザ、ザリガーが化けて出てきてだな」

「死んでませんってば」

 もう会えないと思っていたザリガーに会えたのだ。感情がしっちゃかめっちゃかで理解が追い付いていない。

「そ、そうか。ではなぜ、ザリガーがここにいるんだ?」

「落ち着いてください総帥。最後、爆炎さんに総帥の技が敗れたでしょう。その際に四方にモヤが散りまして、私の持っていたカゴの中にも入ったのです」

「それで、また怪人化できたんです」

「そうだったのか」

 急に恥ずかしくなってきた。ザリガーが復活していることにも気付かずにこんな所で俺は黄昏ていたのか。

「も、もっと早く教えてくれてもよかったんじゃないか?」

「伝えようとしたら、総帥が走り去ってしまったのでしょう。探すのに苦労しました」

 てっきり慰めの言葉か何かだと思っていた。そういうことだったのか。

「そうとなれば、戻って反省会だ! 帰るぞ、二人とも!」

 恥ずかしさを誤魔化すために、走り出す。

「まったく。あの人は……」

「あっ、待ってくださーい。車来てますよ」

 ザリガーの忠告も遅く、道路に飛び出した瞬間に体に強い衝撃がやってくる。

 車に弾かれて、空を舞う。どぼん。落ちた先は川だった。

 ああ、今回は落とされずに済んだと思っていたのだが。何も変わりはしない。

 きっと明日も、明後日も。いつになるかは分からないが、爆炎を倒し、世界征服をするその日まで。



 来週も、再来週になろうとも。何も変わらないのだろう。

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