僕が消えた世界
へいたろう
僕が消えた世界
「自分のいいところをあげなさい」と言われると、とんでもなく僕は困ってしまう。
突然だけど昔の話をするね。
僕はあの時、愚か者だった。
クラスで飼っていた金魚を怖がっているくらい臆病な性格をしていたんだ。
身長もクラスの出席番号で1~5の間を行き来していて。
極めつけは勉強も苦手で、運動も下手くそで、会話もあんまり得意じゃなかった。
だからだけど、僕はクラスでは孤独だったんだ。
これが僕だった。
口下手で臆病でひ弱で、どこかぼーとしている僕は。
中学に上がると同時に。
イジメの標的になった。
正直、イジメが起こる事は、仕方がなかったと思う。
なんなら僕みたいな人間が一人いた方が、
……と言うか、僕はきっと、それが天職だったんだ。
自分ですら自分の価値を知らなかったあの時、イジメられてると認識していなかったあの時。
頼られている。
遊んでくれている。
そんなバカげた結論に辿り着いて、
僕は喜んでイジメられていた。
それをやっとイジメだと理解したのは少し後だった。
僕の背中の根性焼きが親にバレて、やっとだ。
「………」
まぁ、そんな僕の身の丈を長々と話しても、みんな飽きるだろうから。
結末だけ簡潔に言うね。
僕はその時のショックで不登校になった。
家の小さな子供部屋に閉じこもって。
苦しいと口で何度も呟きながら布団を濡らした。
遊んでくれていたのではなく、遊ばれていた。
頼られていたんじゃなく、舐められていた。
少しだけ自分に価値があるんじゃないかなんて思ってたから、その真実に僕は本当に心が痛くなった。
そして2年、僕は立ち直れなかった。
そんなある日、不思議な事が起こった。
「おかあさん、遅刻しちゃうよ」
「まってねマユミ。あと弁当の蓋だけだから」
「すまんマユミ、お父さん、先いってるからな」
「えー! 一緒にいこーよー」
「………?」
そんな妹、母、父のありえない会話を聞きながら。
僕はリビングで一人立ち尽くしていた。
なぜならば。
「……どうして?」
――その場にはイスが3つしかなくって。
――なぜか僕のイスだけ無くなっていたのだ。
極めつけは、
いつも用意されている朝食がそこには置かれていなかった。
まるで僕の存在が忽然と消え失せたように。
……いいや、これじゃまるで。
「僕がいない世界みたいだ」
そう少し茶化して呟いたその言葉が、
徐々に現実味を帯びていくとは、
その時の僕には思いもよらないことだった。
――――。
『僕が消えた世界』
――――。
どうやら僕は、違う世界にでも来てしまったらしい。
妹、母、父からはどうやら僕の姿は見えていないらしく。
何なら家の雰囲気や会話の内容から察するに。
僕はどうやら、元々この世にいなかったように扱われている。
「……どうしよう」
僕は困った。
だって、家族から僕の姿が見えていないとなるとそれはそれで困る訳で。
家族以外、近所の人からすら見えていないのならば食料調達すらできないんじゃないかと。
でも考えてみればそれも当たり前で。
だって僕は、この世界では存在しない事になっているから。
買い物が出来ないのもみんなから見えないのも当たり前で、つまり、僕はいわゆるピンチという奴らしい。
どうしようと彷徨っていると、僕は透明だけど物に触れることに気が付いた。
少し後ろめたさはあるけど、とりあえず最初は冷蔵庫から色々と盗むことにした。
生きるためだ。
やむを得ない。
僕は泥棒騒ぎにならない程度に食べ物をくすねる。
そして食べながら、僕は今後の事を考えた。
まず確かめるべきことが多すぎる。
僕は昔買った、使っていなかったノートにやらなければならないことを軽くまとめる事にする。
妹、父は学校と仕事。
母は部屋に戻っていったので、僕はリビングのイスを引き、机にノートを置いた。
そしてシャーペンを走らせる。
・本当に誰にも僕は見えていないのか。
・僕が持っている物は他の人からどう見えるのか?
・僕がいないこの世界は、僕が知ってる世界とどういう風に変わっているのか。
そして最後の項目を書くとき、
僕は少しだけシャーペンを持つ手が止まった。
「………」
・元の世界に戻る。
「果たして僕は、あの世界に……もどれるのかな」
――――。
さて、僕がこの世界に来て6時間が経過した。
分かったことをまとめるよ。
まず、『本当に誰にも僕は見えていないのか。』について。
どうやら僕の事を認知できる人は、この世界にはいないらしい。
コンビニの店員や近所の犬にすら無視された。
ちなみに、ファンタジー小説でよくある、犬だけは幽霊を感じ取ってます~とか言うのは迷信だったよ。
背中撫でても気づかれなかったもん。
結果、この世界の人間は僕の事を認知できない。
次に、『僕が持っている物は他の人からどう見えるのか?』についてだけど。
これも案外拍子抜けな結果で『僕が持った物はこの世界の人間に認知されなくなる』ようだ。
つまり、少しでも僕が触った物はこの世界から存在が無くなると言う事だ。
半端に物を触らないよう、気を付けようと思う。
さて、個人的に一番衝撃的だった次の項目だ。
『僕がいないこの世界は、僕が知ってる世界とどういう風に変わっているのか。』
こればかりは正直、メンタルに来てしまった。
……最初から説明するよ。
まず、最初から僕がいないことになってるこの世界では、
『妹と父の仲がいい』事が分かった。
「昨日のうちが録画した番組、どうだった?」
「帰って来た時見たよ。お父さんの好きな芸人が出てるからって、わざわざ録画してくれなくてもよかったのに」
「いやでもさ、仕事で疲れたお父さんからしたら、あの漫才で疲れを癒せるかなって」
「それはもう十分癒されたさ。寝てたお母さんを起こしそうになるくらい大笑いしたよ」
「それはよかったよ!」
言いたいことはたんまりある。
まずあの妹は別物だ。
僕が知っている妹『マユミ』は、
家族の中で孤立しており。
父と僕を一番毛嫌いしていた。
なのにも関わらず、この世界のマユミは父と仲良さそうに会話し、
元の世界で見た事がない笑顔を振りまいていた。
最初こそ、何が起こっているのか分からなかった。
でも、少し考えたら分かったのだ。
「……僕がいなかったら、こうなってたのか?」
そう、あくまでこの世界は『僕が存在しなかった世界』だ。
言ってしまえば、『妹の人格形成において、僕さえいなければこんなに笑顔で過ごしていた』と言う事になる。
「――――」
誰しも一度は考えた事がある『もし自分がいない世界があったら』が、今叶ってしまっている。
その本質がこういう現実だとは、誰が思うか。
結果、僕がいないことで、家に活気が生まれていた。
「………」
この世界はまるで僕に「おまえさえいなければ」と突きつけてくるようだった。
僕がいなかった世界が、こんなにもいい方向へ行っていたとは。
本当にショョクだった。
……いいや、でも帰るんだ。
確かにこの世界に僕はいらない。
どうしてこっちの世界に来てしまったかまだ分からないけど、
帰らなきゃ。
家族を心配させてしまう。
僕は立ち直って、その足で、家を飛び出した。
――――。
実に2年ぶりに外出した僕は、周りのちょっとした変化に驚いた。
確かに2年も家から出てなかったけど、あったはずの畑に家が建ちそうだったり。
知っている古屋が壊されていたり。
公園の遊具が壊れていたり。
そういう小さな変化が、やけに目について仕方がなかった。
改めて、2年と言う月日の長さを実感する。
そして久しぶりの外に、改めて感慨深くなるんだ。
さっきの『本当に誰にも僕は見えていないのか。』を検証する為に外は出ていて、
その時も薄々感じていたけど。
ちゃんと外を見ようとしたら、こんなにも違うんだなと。
別にこの世界特有の風景じゃないのは理解してるけど。
何だか新鮮で、歩いているだけで楽しかった。
それに、道行く人からみたら、僕は幽霊のような、
……いいや、幽霊なら犬も反応するから。
そう、透明人間だ。
道行く人からしたら僕は透明人間で、前の世界より歩くのが息苦しく無かったんだ。
だから余計、楽しかった。
歩いて向かったのは学校だ。
正直来たくは無かったけど、確かめる為に来る必要があった。
まだ僕は『僕がいないこの世界は、僕が知ってる世界とどういう風に変わっているのか。』の調査を終えていない。
ちゃんと観察するんだ。
……もちろん嫌な事を思い出すだろうけど。
でもいいんだ。元の世界に帰る為なら。
僕は校舎に入った。
時間はもうお昼の15時で、教室の中で、みんなは帰る用意をしていた。
幸い僕は透明人間だから良かったけど。
変に胸が気持ち悪かった。
でも僕は、教室に向かった。
「……そっか、当たり前だよね」
2年も引きこもっていたんだ。
みんな進級して、多分もう3年生だ。
僕がいない世界、あの教室がどうなっているのかは分からない。
全くもって想像でない。
だから僕は今まで登らなかった階段を、ゆっくりと登って上の階へ移動した。
三年生は文字通り三階だった。
と言っても、一年生の一階と三年生の三階はさして雰囲気は変わらなかった。
違う点と言えば、歩いていく生徒たちが一階とは違い大人びていると言う事で。
まだ僕が知っている人とは出会わなかったけど。
少しいてはいけない場所にいる様で怖かった。
でも僕は、進んだ。
「……いない?」
ある程度教室を回ったけど、僕をイジメていた奴らは見当たらなかった。
もしかしたら、僕がいない世界では彼らはイジメをしていないのかもしれない。
これでも僕は、曲がりなりにもイジメられることで喜んでいた。
それまで自分に価値がないと思っていた僕にとって、それは価値でしかなかった。
人の役に立てていると、本気で思っていた。
だから、言ってしまえば、僕だからイジメが続いたんだ。
きっと他の普通の人なら、「やめて」と拒否できるだろうし。
普通じゃない僕だからイジメになっていただけで、あれの始まりはじゃれ合いだったから。
だから……。
「ここでも、僕はいない方が良かった?」
認めたくない事実だった。
見たくない現実だった。
やっぱりこの世界は、「おまえさえいなければ」と突きつけてくる。
無慈悲に、冷酷に、鋭く突きつけてくるんだ。
どうして……。
僕にこんな世界を見せるんだ。
「………帰ろう」
どこへ?
そんな心の声を無視して僕は裏口から校舎を出た。
すると、ふと、聞こえてくる声があった。
「……?」
何だかその声は、僕の嫌な記憶を逆なでするような。
そんな弱弱しい声だった。
嗚咽だった。
僕はその声を聞いた瞬間、背筋に寒気が走った。
そしてゆっくりと、僕は声の方を覗いた。
「芦田ァ、がんばれぇ」
いた。
「あんま声だすなよ、センコーにバレちまったら大変だろう?」
「……ッ、はい」
「返事が小さいぞ~」
見るに、その草木の奥では。
三人の生徒に囲まれ、文字通りのサンドバックにされている。
“一年生”の姿があった。
どうして一年生だと分かったか。
それは彼の見た目の幼さもあるし、何より体操袋の色が一年生だからだ。
そしてそんな彼を囲って殴っている。
大人びた人間らは。
僕でも見覚えのある。
三人組だった。
「どうして嫌だと……言わないんだ、あの一年生」
どうして言わないんだ。
なんで言おうとしないんだ?
君は普通の人だろう?
僕じゃないんだ。勘違いしてた僕じゃない。
ちゃんと君は、嫌な顔をしている。
というか、なんであの三人組は嫌な顔をしているあの子をイジメて。
「………」
酷い。
酷いよ。
やめてあげてよ。
蹴らないでよ。
痛いんだ。
そこは。
顔を殴らないでよ。
怖いんだ。
顔は。
どうして?
どうして言わないんだ。
……違うのか。
言えないんだ。
そっか、言えない。
普通の子でも言えないんだ。
僕だからじゃなかった。
自分の無力さ、馬鹿さを何度も呪ってきた。
でも。
違うんだ。
これが当たり前だったんだ。
僕はおかしくなかったんだ。
だから、だから。
だからぁ! お前らが悪いんだ!
いつの間にか僕は足を突き動かして、無心に作り出した右手の拳を。
三人組のうちの一人に、振り下ろしていた。
歯を食いしばりながら。
僕は彼らのうちの一人を殴った。
すると――。
「あ?」
「えっ」
「………」
殴った男は、世界から消えた。
――――。
自分の拳を見て、僕は腰を抜かした。
目の前には、仲間が消えた事象をみて怖がる他の二人組。
そしてその様子をまじかで見ていた一年生。
「か、かける? お、おい」
「どこいきやがったんだ?」
「き、えた」
「は? ふっ、ふざけたこと……ぬかすな……」
目を点にして、顔を真っ青にして、僕の方を見ていた二人組は。
恐怖に染まっていた。
忽然と、真横に居た人間の気配が消えたのだ。
怖がるのも無理はない。けど。
何だか、ざまぁと思ってしまった。
そしてすぐさま僕の頭の中でとある言葉がでてくる。
『干渉』。
「そっか……触ったから、消えた?」
もしこの現象が、あの『僕が持っている物は他の人からどう見えるのか?』の結果に起因するなら。
そう思ったのだが。
でも、違うらしかった。
もしそうならば、僕に殴られ消えたあの人物が、
僕からも見えなくなることに理由を見いだせない。
なら、また違う現象が起こったのか?
それにどうやって人に干渉したんだ。
今まで人に触れても何にも起こらなかったのに。
無反応だったのに。
何が。
あっ、分かった。
これは怒りだ。
どうやら、この世界に迷い込んでしまった僕は――。
人間の枠を外れ、違う次元から世界を観測している僕は――。
僕は――。
もしかしたら僕は、この世界の神にでもなったのかもしれない。
いや、ダメだ。
僕は人間なんだ。
自分の価値が分からない、ただの人間だ。
だから自惚れちゃいけない。
僕が僕である事を忘れちゃいけないんだ。
「……どうすれば元に戻せるんだろう」
消したあの子をどうやったら戻せるだろうか。
分からなかった。
心の奥底では、もう消えたままでいいのではないかと思ってしまうけど。
理屈で詰めるなら、そうはいかないんだ。
感情で流されてはいけない。
流された結果、いい事なんて無かった。
僕は過ちを犯さない為に、理屈で考える。
それが僕の処世術なのだ。
――――。
結局、分からなかった。
いつの間にか、その場から他の二人組は消えていて。
最後に、一年生も自分のバックを抱きかかえながら走り去っていった。
ついでに日も落ちて来ており。
既にその場は暗闇に包まれていた。
色々と分かったことはあった。
消してしまった子は、また直すとして。
「……」
まあもちろん最優先にするべきなのは分かっているけど。
僕には確かめなきゃいけないことがあったんだ。
この世界、この世で、この異世界で、僕と言う存在が現れてしまった理由。
あの力は何なのか、誰が僕をここに送ったのか。
最初こそ「もしかしたら僕に隠された力が」だとか。
「神様が僕に見せてくれている」だとか。
しょうもない考えしかなかったけど。
ここまで情報が集まってきて分かったことがあった。
最後に、確かめるべきことを確かめる事で、僕は確信を得られる。
だから僕は、その足で。
家に向かった。
晩御飯が終わり、妹は部屋へ向かい。
父も自分の部屋へ向かった。
そんな中、ちょっとした家事をまだ続ける母が、リビングにいた。
母はいい人だった。
エプロン姿が脳に焼き付いて、作ってくれる料理は本当に美味しかった。
母は笑顔が綺麗だった。
母は印象的な声をしていた。優しい声だ。
ずっと僕は、この母に支えられてきた。
もちろん生まれてからこの時まで、イジメられてからこの2年間まで。
……だから僕は確認するべきだったんだ。
見ておくべきだった。
母の変化を見るべきだったのだ。
この僕だけが存在しない世界で、僕は母の変化だけを見ようとすら思っていなかった。
何故だか、自問自答してみた。
感じた後ろめたさの裏を読んで、どうしてそれを思っているか考え。
辿り着いた。
母の部屋に入ったことが無いのだ。
僕は。
母は優しい人だ。
その上っ面で僕は満足していた。
――それだけが母だと、本能的に、無意識的に思っていた。
それが間違いだった。
だから気づかなかったのだ。
だから気に掛けなかったのだ。
だから見ようとすら思わなかったのだ。
母の部屋を。
僕は踏み入れた。
階段奥にある、母の部屋を。
生まれてから一度も見た事がない。この部屋を。
そして、扉を開けた。
「……え?」
部屋は、汚かった。
脱ぎ散らかされた服に、床の底が見えないくらいゴミが積み上がっていた。
おおよそ、母親の部屋とは思えないほど。
荒れていた。
そして僕が視線を遡っていると。
見えて来たのは――。
「……ぶつ、だん?」
仏壇。
知らない仏壇が、そこにあった。
その仏壇が気になり、ゆっくりと近づくと、そこに飾られていたのは。
「僕の写真だ」
まさか。
うそだろ。
あぁ、ああ。
この写真は。
……。
僕は10年前、事故にあった事がある。
10年前なんてほんと子供で、5歳とかそこらで。
その時、とある雨の日に僕は車に轢かれた。
信号無視をしてきた車に轢かれ、母親がすぐさま救急車を呼んでくれた。
幸い、『誰も怪我をせず』、今ではこの通り元気だ。
でも、お医者さん曰く、轢きどころが悪かったら危なかったと言っていた。
今、この仏壇に飾られているのは。
僕が5歳の時の写真だった。
つまり、この状況が指す真実は一つ。
『僕が消えた世界』ではなく、
『僕があの時、死んでしまった世界』だったのだ。
そうだ。
確かにパラレルワールドにしては強引すぎると思っていた。
本来パラレルワールドは現実で行われた選択のもしも、IFの話であり。
それにしては『僕の存在が消えた世界』と言うのは、少し強引すぎると感じていた。
納得だ。
あの時、僕が5歳の、あの雨の日。
僕が車に轢かれて死んだ世界線。
それがこの世界なんだ。
「気づくべきだったんだ。……遅すぎだ」
その瞬間、背後の扉から母が入ってきた。
「………ふぅ」
母は疲れ切った顔をしていた。
エプロンをそこに脱ぎ捨てて、母は雑く寝転がった。
そんな母へ向けて、僕は言った。
「母さんなんだよね、この世界を作ったの」
――。
――――。
――――――。
ずいぶんと、お早いお帰りじゃないか。君は。
「え?」
気が付くと、僕は知らない野原に立っていた。
どこまで目を凝らしても、地平線の先まで何もない土地が続いていた。
暖かい風が僕の服の中を通過して、髪の毛が靡く。
そして耳に触ってくる優しい声が、僕に語り掛けて来た。
君は、多分最速だったよ。真実に気づくまでが。
「……誰?」
僕かい? ま、なんだろうね。自分でも知らないよ。
「……あなたがあの世界に、僕を誘ったんですか?」
いいや。作ったんだ。
「作った?」
そう。作った。
あの世界は君の為の、特注の世界さ。
でも勘違いしないでほしい。
僕は君の生死を弄っただけであって、
その他の事象はちゃんとした時間の経過によって形作られている。
「………そうですか」
……きっと君からしたら、苦痛な事もあっただろう。
しかしながらそれは、必要な経験であって――
「――母は何一つ変わってなかった」
彼が長々と語ろうとしたのを遮って、僕はそう強く言った。
……そうだね。
「どうしてですか? 僕が死んだ世界で、母は何も、何にも変わっていなかった。なぜ?」
君はそこから真実に辿り着いたんだね。と。
知らない彼は、僕の思考を読んだかのようにそう言った。
「……教えてください」
いいだろう。
元々、何も隠すつもりも無かったんだ。
さて、始めようか。
君は、自分の価値を知っているかい。
「……価値?」
そう、価値さ。ほれ、物の値段だとかそういう。
「そのくらいは知ってますけど……自分に価値なんか」
それさ、僕がこの世界を作った理由は。
そう彼は言った。
価値? どうして僕がそんな理由で。
確かに僕は自分の価値をしらない。
でも、それがこの世界とどういう関係が。
僕はね、生き方を知らない人に助け船を出しているんだ。
「………」
生きると言うのはね、価値を作る事なんだ。
物に価値を付ける、自分に価値を付ける、人に価値を付ける。
そういうのがこの世界での生き方なんだ。
と言うか、人間の原初からの本能さ。
「……それがどうしたんですか」
人はね、自分を好きであるべきなんだ。
まぁそれが正解だとは言わないけど。
ある程度自分に対し、芯を持たなきゃいけない。
「……あなたは僕に、自分の価値を認めさせたいだけなんですか?」
認めさせたいわけではないよ。
気がついてほしいんだ。
君は価値があると言う事を。
「……なるほど、だから僕がいない世界を見せたんですか」
僕がいない世界を見せる事で、僕に僕がいない場合の世界を見せる。
僕がいなかったらどうなっていたか。
その変化が、お前の価値の証明だと。
「じゃあ、どうして僕は人を消せたんですか?」
僕はクラスメイトの三人組のうち、一人を消した。
その事象、出来事に、何の意味が……?
君には価値を消せる力を与えた。
と言うか、何だろう。同じ世界へ送った? かな。
「え?」
これ以上話すつもりはないよ。
「……一番大事なところを話してくれないんですね」
あれはあれ、これはこれさ。ただ君は、依頼者になっただけ。
話を戻そう。
君は見て来たんだろう? 君がいない世界を。
「……見てきましたよ。家族の仲がいい、あの世界を」
で? どうだった。
と彼は食い気味で言う。
「僕はいない方がいい、それが結論です」
はぁ、難しいね。こればかりは。
と彼は大きくため息を吐いた。
「まずまず僕にあの見せ方は横暴すぎます。あなたは人の事を考えていない」
考えを変えようとしたいのは君の方だろう?
「変えるほどの価値が僕には見当たらなかった」
それは考え方次第だよ。
「前向きに生きろと?」
違うさ、変化はいつも前向きな事ばかりじゃない。
簡単な話、物の見方を変えるんだ。
「はぁ」
君は、君の価値を自分視点で図ろうとし過ぎだ。
もちろん君視点の君は、愚か者でヘタレで教室の金魚に恐怖する臆病者かもしれない。
でもだ、君は、周りの人からどう見られているか。
どう接されていたか。
どうしてそうなったのか。
考えてみたまえ。
「でも、実際うちはあんなに変わって……」
その原因は君がイジメによって傷ついたからだ。
で、イジメは変わっていたか? 君がいない世界で、イジメは行われていなかったのか?
「………」
変わらない物もあったはずだ。
「――――」
何となく、彼が言う価値が分かった気がした。
僕がいないこの世界の変化は、いわゆる人の他人に対する価値の変化によるものだ。
価値は重さだ。
重さがあればあるほど、人は苦しかったり、大変だったり。
でも嫌な事ばかりじゃない。
重さが生むのは感情だ。
「お前は……僕に、価値があると言うのか?」
それを決めるのは君さ。
「……どういうこと?」
お前には価値がある。
それが誰かを傷つける価値なのか、
誰かを笑わせる価値なのか、
自分を好きでいられる価値なのか。
それは分からない。
でも、確かにあるんだ。価値は。
お前だからの価値は存在しない。
存在するのは、お前が生み出した、お前だけの価値だ。
「――――」
君は面白い性格をしている。
君の母が言う通り、賢い子だ。
「……そうだ、母さんは?」
僕は母さんが怪しいと思ったんだ。
この世界で、たった一人変化していなかった母親。
それに目を付けて、母親の部屋に入った。
母がこの世界を作ったのかと思っていたんだが……違うのか?
君のお母さんは依頼者だよ。
「依頼者?」
そう、依頼者。
息子を一番心配し、息子を一番愛し、息子の価値を知っている。
僕はそう言う人を見つけるのが得意なんだ。
だから君と出会った。
「どういう?」
他人に価値を感じる。
他人に価値を捧げれる。
それは、とても凄い事なんだ。
「……それって」
君は価値があるよ。
誰かの価値になってる君は、生きている意味があるんだ。
だから。
ここまでだね。
さようなら。
君の行く末を、君の選択を、君の価値を。
楽しみにしているさ。
「まって! ことの様!」
視界が白く光った。
僕はその吸い取られそうな光に思わず目を閉じる。
そして――――。
――――。
大昔、僕は一人で近所の神社へ行った事があった。
大雨のその日、幼い自分からしたら長い階段を、短く小さな足で登る。
傘は無く。ずぶ濡れになりながら。
僕はその神社へ行った。
大きくって立派な建物が佇んでいて。雨の匂いが鼻を触った。
僕はつい最近、死にそうになったのを分かっていた。
僕と親は事故で車に轢かれたのだ。
僕は無事だったけど。
親は大けがを負っていた。
服であんまり見せないようにしてくれていたけど、お腹に痛々しい傷がついていたらしい。
僕は、小さな時の僕は、それを知って申し訳なくなっていた。
幼い僕にしては浅はかな考えだったが。
何とかしてあげたいと思っていた。
この神社は願いが叶うと聞いた。
だから願った。
ただ純粋に、ただ一心に。
母の傷が治りますように。と。
君は賢い子だ。
そう言われた気がして。
話しかけられたから、話し返す様に。
「ぼくのだいすきなお母さんを、元気にしてください」
そうして僕は神社から去った。
……君は賢く、優しい子だな。
どうせこの世界は今から僕が変えるんだ。
僕と出会った事を忘れてしまう君に、せめて名前を教えるよ――。
「――――――」
さぁ、その言霊を叶えるよ。
『僕が消えた世界』―完―
僕が消えた世界 へいたろう @He1tar0u_8
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カクヨムを、もっと楽しもう
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