大罪の極点より ~La nuova tragedia~

御米食郎

大罪の極点より ~La nuova tragedia~

プロローグ

暗い森の中で

 時は日がすっかり落ちた夜。アメリカ合衆国のとある州のとある町。その町の外れの古びたホテルの一室に1人の男がいた。

 男は明かりもつけずにベットに座り込み、ニュース番組を映し出している旧型のテレビをじっと見つめている。暗い部屋の中をテレビの光だけが薄く照らし、電波が悪いのか、映像は飛び飛びでノイズもひどい。

 男は真剣な眼差しで色々な意味で見るに堪えないニュースを見続けていた。その間、男は瞬き以外に身動きひとつしなかった。

 しばらく男がそのままテレビを見続けていると、天気予報が始まったかと思った矢先に突如として、番組スタジオ内からの怒号や叫び声が聞こえて来た。初めはテレビの画面からは見えないスタジオのバックグラウンドから聞こえていたが、次第に画面に映るニュースキャスターらにも悲鳴が伝染していく。その絶叫とキャスターらの慌て方から察するに、スタジオ内はひどく混乱しているようだった。

 そんな中、何も動きがない天気予報図と混乱するスタジオの様子を今まで垂れ流していた画面が突如ライブ中継に切り替わった。唐突に表示されたライブ中継は、どこかの小都市が、暗く底の見えない巨大な穴に飲み込まれていく様子を遠くから映していた。

 穴が徐々に広がり全てを侵食していくという、人類が見たことのない光景。

 スタジオはこれがどのような状況か理解できていないのか、ニュース番組にもかかわらず説明を放棄していた。


「ようやくか……」


 男はそのライブ中継を見るや否や、そう一言だけ呟き、おもむろにベットから立ち上がった。すると男は少し満足気な顔をして、そのまま部屋から出て行った。

 誰もいない部屋の中は、テレビが発する光だけが淡く明滅していた。


 


 同時刻。イタリア北部の小高い丘にて。

 そこには2人の少女がいた。

 1人は背の高い木の枝に座り、下に見える街を望んでいる。もう1人は木の根元で横になって眠っていた。


「うっわー。町がどんどん飲み込まれてるよ……こりゃすごいねぇー。ほら、アレアも見てよ!」


 木の枝に座っている少女が叫ぶ。

 しかしアレアと呼ばれた少女はぐっすりと眠っていて微動だにしない。叫んでいる少女は眼下の光景に夢中で彼女が眠っていることに気付いていなかった。


「ほら見てよ! 下の方が凄いことになってるよ! ねぇ、アレア、聞いてる? 返事くらいしてよ!」


 彼女はうんともすんとも言わないアレアにしびれを切らし、ようやく彼女の方へ目をやった。


「なんだ、寝てたのか」


 彼女はアレアが寝ていることを確認すると、再び町の方に視線を向けた。

 沈黙がその場を満たす。


「さぁ、万が一に備えてそろそろここから移動しなきゃだねぇ……」


 彼女はそう独り言つと、「よっ」という掛け声とともに木から飛び降り、アレアを肩に担いで町とは反対方向に歩いて行った。


「しばらくは様子見かな……」


 彼女は最後にそう呟いて、夜の闇の中に消えて行った。




 ――記録――


 2040年12月25日 午後22時前後

 突如イタリア北部に穴のようなものが出現。穴は出現してから巨大化し続け、一夜にして広大な範囲がその闇に飲み込まれ消滅。さらに、穴の膨張が止まるのと同時に、その中から謎の生命体が這い出てくるのを確認。その生命体は人に敵意を持ち、無差別に攻撃することが確認された。


 2040年12月26日

 前日のものと類似した小規模の穴がイタリア各地に出現。同日、イタリア、バチカン、サンマリノ崩壊。


 2041年1月初旬

 上記三国崩壊後、ヨーロッパほぼ全域に穴の出現を確認。各国の軍の奮闘もむなしく、謎の生命体数体の討伐という戦果のみを残し、北緯52度以北の北欧諸国や島を除いた大部分のヨーロッパ諸国が順次崩壊。




 穴と謎の生命体。それらは出現してから1か月経たずに数えきれない死者を出し、一部を除くヨーロッパを魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする居住不可能地域アネクメーネへと変えた。

 

 そして後に人は、最初の大穴を深淵アビス、謎の生命体を使者アポストロスと呼んだ。

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