第144話 アーン!・リターン

 もう頭の奥が痺れていく。一孝さんの腕の中で体も蕩けていくの。彼が私にキスをしてくれている。


 すると、唇から彼の熱さが離れていく。


なんで、


 私の中の飢餓感が膨れ上がる。


もっと、


 私の一度満たされた心が彼を求めている。

私の中での彼への想いが身体の奥底から燃え上がり噴き出そうとする。


彼をどこ?


 私はそっと目を開ける。


彼と繋がりたい。

唇は彼への言葉を紡ごうとふっと熱い吐息を吐き出す。


「一孝さん」


 私は貴方を求めてる。


「つ づ き」


 私はもって繋がっていたい。想いすぎて言葉が途切れる。体の中の熱が外に出ようと言葉を邪魔をする。


 薄く開いた視界の中にいた。彼がいた。一孝さんがいるの。

今度は私が彼を求めようと身構えようとしたら、


「あぁーキスしてるぅ、エッチい」


言葉の奇襲攻撃

 どこかで隠れていた羞恥心が全てを覆い隠してくれた。想いは反転して悔恨に変わり、身体じゅうの熱さは顔をうちから焦がしていくの。

 目を開けると顔を赤く染めた一孝さんの顔があった。でも羞恥心が体を動かすの。飛び跳ねるように彼から離れてしまう。


「恥ずかしくて,顔を出せません。一孝さんどこか外へ連れ出してぇ」


 熱すぎて恥ずかしくて、誰にも見られたくなくって隠れるところもなくってしゃがみ込んで縮こまるしかできない。寄るべ無くした私が頼れるのは,やはり彼だけなの。 

 私はしばらく懊悩していました。


そこへ、


「一孝くん、恥ずかしくってしょうがないかも知れないけど、お腹は空いてないの」


 私たちの所業を目撃したであろうママは、それでも落ち着いて一孝さんに聞いている。


そうだ。彼って何も食べてない。ハッと頭を上げる。一孝さんを見たの。


「そういえば、空いてました。食べてなかったんですもんね」


 そう、私が手ずからお寿司を差し出してあげたんだ。そうしたら彼は寝てしまった。疲れが出たんじゃないかって。


「と、思ってね。美鳥ちゃん」

「はい」


 思わず立ち上がって返事をしました。


「美鳥に用意させておいたから,食べてもらえるかしら」


 ありがとう。ママ。こうなることを見越して私に言っててくれたんだ。


「一孝くんに出してあげて」

「はい」


 私は巻き寿司をとりにテーブルのところへ急ぐの。途中、


「美鳥ちゃんが愛を込めて巻いたんだから楽しんでね」


 ママが彼に耳打ちしてきるのが聞こえた。内緒話になってない。どうしよう。頬の熱さが引いてくれない。なので頬を手で押さえてしまう。テーブルのところで立ち止まってしまう。


「あぁ、美鳥。俺,そっちにいくから」


 彼は、立ち上がりソファーから,こっちにきてくれた。その肩越しにママ,ミッチそしてカンナの笑顔が見えた。

 でもね目が上弦を描いているの。ニンマリしてる。唇は下弦だし。口元は手で隠そうとしてるけど見えてしまった。またまた,手で顔を覆って俯いてしまう。

 そうして彼はテーブルについた。


「さて、何がある? ・・・・・」


 でも,すぐに自分に向けられる生暖かい視線に気づいたのでしょう。


「座るところ変えようか?」

「はい。そうですね」


 ママ達ギャラリーに背を向けるように座るところを変えました。もちろん私は彼の隣に座るの。これでやっと,恥ずかしいところを見られなくて済みます。

 テーブルの上の角平皿に巻き寿司がいくつか乗っています。それを見て、彼がいうんです。


「さっき口にしたのは? 美鳥が巻いてくれたのだよ」

「あれはですねぇ」


 私は、彼の耳に寄せて、


「もったいないんで、私が食べちゃいました」

「あれ、俺が一度ー口に入れたぞ」

「だからこそですって」


 一孝さんは,一度肩を竦めて,私を見てきたの。


「ふふ」


 背中からヤジが飛んでくる。


「そこ! 美鳥さん? 何を話しているの。詳しく話してもらえますか」


 カンナですね。何かを察したんでしょう。うふふ

気をとりなして、


「代わりに'づけ'なんてどうですか? 私,これ好きなんです」

「そうか、じゃあそれで」

「はい」


 私は皿から、づけ鰹と貝割れ大根とかを一緒に巻いたものを取り上げて、一孝さんの口元へ持っていく。


「アーン」

「アムっ」


 私が催促して彼がそれに答えてくれた。2回目だけど嬉しい。

 頬が熱くなります。さっきから一向に冷めてくれない。


「ん、確かに美味しい。美鳥お薦めなだけあるね」

「本当に?」

「こんなに美味しいんだ。お世辞言ってもしょうがないよ。ありがとう」

「どういたしまして」


 すると背中から,再び


「何いちゃついてるの。もっと見たいから,こっち向いて!」


 ミッチですね。'プレイ中ですギャラリーは'お静かに'ですよ。

ふふ、スルーします。


「そういえば美鳥。手を見せて?」

「はい?」


 あっわかっちゃいました。私は恐る恐る一孝さんに手を差し出していく。


「やっぱりだ。爪が塗られてる」


 そうなんです。


「ちらっと見えたんだ。爪の色が変わってるって」

「一孝さんが寝ている時に美華姉さんがしてくれたんです」


 爪に色がついてるのですね。


「美鳥は指の形も綺麗だけど、よりキュートになったよ」

「ありがとうございます。飾った甲斐がありますね。ふふふ」


 彼は私の手を傾けたりしている。色の具合を見ているんだろう。


「これはマニキュア? 塗ってるのかな」

「いえ、ネイルチップを爪に貼り付けてるんです。マニキュアだと専用の薬じゃないとすぐ落ちないし、ジェルネイルだ2週間ぐらい持つから」

「へぇ、そんなに種類あるんだ」

「そうなんですよ。ウチの学校はネイルメイク禁止なんで、2学期始まるまでには元に戻さないといけないのでチップにしたんです。これって貼ってある付け爪ですから、すぐ剥がせるんですよ」

「へぇー。色も透明感あって綺麗だ」

「これはチークネイルっていってクリアで透明感を出してるんですね。後、オーロラとかマグネットとかもあるんです」

「そうか、美鳥もお洒落になっくね。俺は楽しみだよ」


 一孝さんが私のメイクを褒めてくれた。もっともっとお洒落のこと覚えないといけないな。綺麗な私をみてもらうんだ。


「でね、一孝さん、実は」


 私は急ぎ履いていたスリッパを抜いで、


「フットネイルっていうんですけど、足にも、しちゃいました。見てもらえます?」


 彼は、テーブルの下に注目して、私は少し足先を持ち上げてネイルチップを貼り付けた指先を見せるの。


「足先まで,キュートだよ」


 わぁ!褒めてくれた。


「ありがとうございます」


 私は嬉しくて指を広げた手を合わせて,にっこり微笑んだ。すると彼の頬が染まる。頬が染まった彼もかわいいな。


「美鳥ちゃん、お化粧自慢も用意いけど、早く一孝くん食べさせないと」


 ママが背中越しに注意してくれた。


「ゴッ,ごめんなさい。一孝さん、次は、これどうぞ」


 急かされて,次の手巻き寿司を取り上げて彼に食べて貰う。

急かしているようで申し訳なかったけど、食べてもらった。

 そして完食。私が巻いたの全部食べてくれた。


「あー美味しかった。これって全部、美鳥が巻いてくれたの?」

「はい」

「俺の好みピッタシ! よくわかったね」


 そうなんですか。そうなら私も嬉しい。


「昔、よく食べていたでしょ、折り寿司。それを思い出しながら選んだんです」

「そっかあ,ありがとな」


 一孝さんが笑顔を見せてくれた。嬉しい。彼の笑顔が私の心に矢を立てる。胸がキューンとした。

 美華姉さんが言ってたの,私が選べば、彼は文句言わずに食べてくれるって。

 でも、この笑顔はお世辞じゃない。本物の笑顔なんだ。そうなんだって私は信じたいよ。


⭐︎


「美鳥も風見さんも幸せな笑顔ね。ご馳走様」


 いつの間にかテーブルの反対側からミッチとカンナ,ママと美華姉にまで私たちのやり取りを見られていた。会話に夢中になり過ぎたみたい。


恥ずかしいよぉ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る