第141話 せっかくの…

 一孝さんが私の作った手巻き寿司を食べてくれる。

 勇気を出してアーンって言ってみたら彼もアーンで口を開けてくれた。

 私も頬が熱くなる。みるみる一孝さんの頬も染まる。嬉しい、嬉しくなっちゃいます。

 そして口に入れてあげる。


   あれ?

 

一孝さんがお寿司を口にしたところで、動かなくなった。


   あれ?


 目まで瞑っている。

 

「一孝さん?」


 呼んでみても反応ないの。


「一孝さん!」


 強く呼んだけど,だめ。目を開けない。肩を揺らして。だけど変わらない。そのうちに口にしたお寿司も落ちてしまった。


「お兄ぃ!」


 私は立ち上がり、もう一度、強く呼んで肩も揺らす。

ようやく、パパもママも美華姉さんも異変に気づく。すぐさま、ママが彼の様子を見に近づく。美華姉さんも近づいて顔を覗き込んだりしてくれた。


 「どうしよう?」

 

 私は彼の様子を見ようしたけど、オロオロするばかりで体が思うように動いてくれない。


 「どうしよう」


 ママとお姉ちゃんを見るだけだった。ママは一孝さんの手首を持ったり、首筋に手を当てたりしてる。

 お姉ちゃんが彼の顔に頭を動かして耳を口に近づける。


「脈はしっかりしてるし、ゆっくりよ」


 ママが言ってくれた。


「こっちも」


 美華姉さんも彼から離れて、


「息してるのは聞こえてる」


 私も一孝さんを見た。ゆっくりと肩が上下している。

徐に美華姉さんが、


「こいつ寝てる」

「?」


 だんだんとその言葉が頭に入って、私の緊張で強張っていた体の力が抜けた。半立ちしていたけど椅子に腰を下ろした。ママも美華姉も安心したように肩を落とす。


「寝落ちかね?」


 状況を察したのはパパだった。


「みたいですね」


 相槌をママがする。


「全く脅かしっこなしだよ」


 美華姉、言葉使いが荒い。でもそれだけ心配してくれたんだ。自分でも気づいたのか。


「食べてる途中で、寝ちゃうなんて一孝くん、ちっちゃいこどもみたい」


 急いで猫を被って話してくる。

私はというと、横からを彼に近づいて顔を覗き込み、


「お寿司を口にするまで普通だったのに、話だってできたよ」


 彼の様子を見る、


「表に出さないだけで疲れていたのでしょ。美鳥ちゃん…」


 私は姉のほうへ顔を向けた。


「なんか、彼を疲れさせることをしてない?」

 

 あります。たくさんありました。


「家までおんぶしてくれました。プールでもお姫様抱っこ…」


 聞かれて,私は縮こまる。波のプールで浮き輪から落ちたときや、

ウォータースライダーの入り口近くの池でも抱き上げてくれたんだ。


「そういえば、ウォータースライダーの入り口に来るのも、抱っこされてたよね」

「そんなに、美鳥ちゃん抱えていたんだ。一孝くん,頑張り屋さん」


 美華姉もママも驚いている。実はもっともっとだったりして。


「それじゃあ、さすがの一孝でも疲れ果てるね」


 ごもっとも。何にもいいごたえできません。


「まあ,ゆっくり寝かせてあげないとね」


 ということで、一孝さんはソファーに移動することになった。女性陣では無理ということでパパと和也さんが2人掛りで移してくれた。

 そんな状態でも彼は目を覚ますことはなかったの。私は彼に寄り添ってソファーに座る。静かに目を閉じて、薄く口を開けて、ゆっくりと肩が上下している。苦しい表情はしていないのが救いです。

 それでも、寝ている一孝さんを見ていると目頭が熱くなってくる。私をこんなに大事にして守ってくれてるんだ。涙が出そうになって手で押さえてしまう。

 そうしていると、美華姉さんが彼にちかづいて、一孝さんの顔を覗き込む。


「起きてる時なんかは、やんちゃ坊主だけど、寝てる時の一孝ってあどけなくて、かわいいね」

「美華姉さん」

「これだけ,周りでワサワサしていて起きないなんて、よっぽど疲れていたんだね」

「そうなの」


 さっきミッチがメールで家に無事帰られたことを伝えたの、そうしたら返事の中身に書いてあったの。それをボソボソと話していく。


「さっきの話せには無かったけど、お姉さんと別れた後,私、流れるプールに入ろうとして,そこから寝ちゃったの」

「そんなとこから,家まで寝てたんだね」

「うん、一孝さん、1階にあるプールから2階にある救護室まで走って連れていってくれたのだって。ミッチがメールでさっき教えてくれたの」


 美華姉は目を瞬かせた。


「あんたを抱いて、階段登って2階のフロアも横断したぁ。2階って砂地だよね」


 私は頷く。美華姉も驚いて素の喋りにってしまった。そして近くにいた彼氏の和也さんとアイコンタクトしてる。彼はぶんぶんと首を振った。


「和也でもキツイって言ってる。美鳥わかる? それがどれだけのことか。その前に砂地でダッシュ2本こなしてるのよ」


 多分,すごすぎて,私は返事を躊躇う。すると彼女は一孝さんの頬を両手で挟むと、自分の顔を近づけていく。


「これは、ご褒美ね。よくやったわ一孝」

 

 えっ、キスするってくらいに近づいてます。えっー美華姉!

「ちよっ、ちょっと美華姉さんがなんで、それは私がぁ」


 慌ててお姉ちゃんの腕を持って引っ張る。でも、


「驚いた?」


 私に振り向き様、こんなことを言ってくるのよ。


「プンスカして、ちょっとは元気かでできたかな。ついさっきまで情けない顔してたんだよ。美鳥」


 えっ、そんなに酷い顔だったの。


「一孝が目を覚ました時に,そんな顔は見せちゃだめ。美鳥は笑ってないといけないの」


 彼女の言葉に、『美鳥の笑顔好きだよ』と彼も小さい時に言ってくれたことが脳裏をよぎる。


「ありがとう。お姉ちゃん。元気づけてくれて」


 私は笑った。目に溜まった涙を指で拭いながら笑顔を作っていく。


「そう、それでいいのよ。極上の笑顔を彼に見てもらうのよ」


 そうして美華姉さんは一孝さんから離れてくれた。


「じゃあ、美鳥の元気も戻ったし、お寿司食べよう。ママの渾身の作が台無しだよ」


 彼女は彼氏を引き連れてテーブルに戻る。途中、


「お前、もしかしてあいつの事、気になるんじゃあ?」

「そんな事ないよ。私の❤️は貴方だけなんだから」

「でも、あいつに」

「もう」


 なんて会話してる。ダダ漏れで聞こえてるんだけど、美華姉さんはキスして和也さんの喋りを封じる。


私も、


 「一孝さん。早く目を覚ましてね。笑顔で起こしてあげるから。大好きな貴方」


 丁度,みんなが見てないのを確認して彼の唇に軽くキスをした。



 テーブルに戻るとパパのお酒を飲むベースが早くなってた。実は見られていたかな。


 それから、お寿司を海苔で巻いて作っては食べだけど、やはり一孝さんが気になって,食が進まなかったっけ。モゾモゾとお寿司を口にしていると、


「美鳥ちゃん。一孝くんが目を覚ました時のために、幾つか巻いておいてくれない」


 ママが話を振ってくれた。


「いいけど、一孝さんの好みなんて,よく知らないの。何を選ぼう」

「貴方が一孝くんの好きそうなの選べば良いのよ。絶対に『美味しい』って食べくれるから。ね!」

「そうだね。ありがとうママ。やってみる」


 具の組み合わせを一孝さんの事を考えながら巻いていると、不思議も自分も食べたくなって、それを巻いて食べてしまいました。ダイエットの文字が頭の中から消えまして、お陰でお腹いっぱい。

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