第119話 トントン ケンケン

 一孝さんがビーチチェアーに横たわる私の頬を触りながら、


「どうしよう。大事をとって帰るか」


 凄く心配してくれているのは嬉しい。

 でも、せっかくミッチとカンナと、何よりも一孝さんとプールに来たんだよ。水だって全くと言っていいほど飲んでいないの。


「一孝さんのおかげで水なんか飲んでいないのだから大丈夫だよ」

「いいのか?」

「うん」


 彼が笑いながら私の前髪をくしゃっとする。


「分かったよ。じゃあ次はどうする。このまま少し休むか?」


 私は、上体を起こして体を捻りチェアーに腰掛ける。


「どうしようかな?」


 すぐ、近くで私の様子を見ていてくれている2人にも、


「ねえ、どうする? 次の波が来るまで時間あるし」


 って聞いてみる。


「美鳥、あんなことあっても、まだやる気?」

「あれくらい平気だって。今度こそ楽しみたいのよ」


 ミッチが嘆息して、


「まあ、もう一回ってのはあるわね」

「でしょ」



 そう言いつつもミッチは周りを見渡して、


「それより私は喉が乾いたかなあ。何か飲みたい」

「私もぅ」


 カンナも賛成してる。結構、運動してるけど水分とってなかったっけ。


「一孝さん、私たち売店に行って何か飲むもの買ってきますね。一緒に行きますか?」


 なんて誘っていると、


『本日はアクアリゾートへお越しいただきありがとうございます』


 全館放送で、インフォメーションがあった。


『只今より2階サンディービーチ特設会場にてビーチフラッグス大会を開催します』


イベントごとをやるみたい。


 『大会優勝された方には、ウォータースライダーの無料ペアチケットのプレゼント等、各種景品もあります。多くの方の参加をお待ちしています』


 なんですとぉ。ペアチケットとな。


「一孝さん」

「はい」


 何を言われるのか分かっているのか、彼の目が泳ぐ。


「お願いしていいですか?、ウォータースライダーのペアチケット。ぜひ2人でいきましょうね」

「はっ。了解であります。微力を尽くして、もぎ取って参りましょう」


 一孝さんは立ち上がり敬礼して言っている。


「じゃあ、俺は受付に行ってくるよ」

「お願いします。私たちも飲み物買ったら、追いかけていきますね」


 私は、ビーチチェアーから立ち上がったんだけど、あれれ。

ちょっとだけ耳がバサバサって言ってよく聞こえない。


「どうしたの? 大丈夫じゃなかったの」


 ミッチが心配して声をかけてくれた。

私は頭を傾けて、上側に向いた顳をトントンと自分の手で叩いてみる。耳の中に水が入ってしまったみたいなの。


 すると、


「ぷふぅ」


 一孝さんが口に手を当てて吹き出している。


「一孝さん。何を笑っているのでしょう?」


 えっ、私なんか笑われることしちゃたのかな。


「ごめん、ごめん。いや、何ね、最近同じことやってのをみていてねえ」

「誰がしたんですか?私は、してないですよ」


 ポンと彼は手を叩いて、私に近づく。更に耳に顔を寄せて、


「コトリが、全く同じ仕草をしたんだよ」


 耳はこそばゆいし、思わず肩をすくめて彼の顔へ振り向いてしまう。


「コトリが?」

「そう、頭を手でトントンって、これが可愛いのなんのって、思い出したんだよ」

「コトリがなんてそんな仕草をしたんでしょう」


 コトリは、一孝さんのマンションの中にしかいない不思議な何か。私の小さい頃にそっくりな容姿をしているんだ。何故か何処か、私と意識とかと繋がっている。


「いつぞや、生物の試験勉強しただろ、俺のマンションで」

「うん」

「その時の言葉で頭がいっぱいになって溢れそうになったんだって」

「ああ〜、あれ。私も頭の中で文字いっぱいだったの」

「それの文字を耳から出そうとしていたんだと」

「なある。それでトントンしてたんだ」


 なかなか、耳の中の変な感じが治らない。私は片足になってケンケンと飛び跳ねてみた、

何度か跳ねて、


   グジュ


 って耳から何か流れ出る感じかして、


   ボワァ


 って音がし出した。耳に音が入ってくるようになりました。


「治った。耳の中に水が入ったみたいで」

「良かったね。もう美鳥どうにかなったかと思ったわよ」

「ごめんなさい。大丈夫だから、売店行こ。カンナも驚かしてごめん。早速行こうよ」

「あれって変な感じするものねぇ」


 心配してくれたカンナも連れ立ち、ビーチを離れて売店に向かいました。


 体を冷やしたのか売店に行く途中で催してきたんで、2人には、先に売店に行ってもらって、私は用を足してラバトリーを出た。


 そうしたら、


「お前いつまでかかってるんだよ」


 いきなり、手を掴まれた。

驚いて、振り返ると髪をツーブロックショートにした大学生ぐらいの男の人が、

濃いめの眉を怒らしていたの。


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