第97話 藍の衣 舞う 1

すぐそばで呼ばれている。


でも、私の世界は、未だに暗いの。


「コトリ、おい、大丈夫か? コトリ」


 あぁ一孝さんの声が聞こえる。私の耳を優しく振るわせてくれる彼の声。


えっ!聞こえる? 感じるんじゃない。聞こえるるんだ。


 私は瞼を開く、目を開けた。


 心配そうに私の顔を覗き込んでいる一孝さんの顔、はっきりとわかった。ぼんやりしていない。私の、


「一孝さん…」


 自分の口が愛しい人の名を紡ぐ。あぁ、帰ってきたんだ。私の体に。


「コトリ、良かったよ。目を開けたって…カズって、もしかして美鳥か」


 彼の顔が笑顔に変わっていく。


私は腕を伸ばして彼の頭を抱えていく。


「一孝さん、一孝さん、一孝さん」


 彼の耳に何度も告げていった。


「美鳥」


 彼も私を抱きしめてくれた。頬も熱い、胸も温かくなっていく。


 しばらくして、人の会話や、屋台の売り子、買い手の声が聞こえてきた。自分の耳で聞けてる。


 どうやらコトリは花火の大音場で気を失い、倒れたよう。


私は地面に横になって一孝さんに抱きしめられて上体を起こしている。


一孝さんが抱きしめていた私を少し離して、


「良かったよ、美鳥が戻ってきた」


 彼がにっこりと話をしてくれている。私も嬉しいよ。


そのうち、彼がキョロキョロし出した。



何?


「じゃあ、気付に」


   ♡


 またしても頭がの中が爆発してしまう。


もしかして、一孝さんってキス魔


もちろん


嬉しいです。


「もう、一孝さんたらぁ、公衆の面前でぇ、恥ずいよ」


 ダメ、頬が熱い、目も潤んできた。胸もお腹も熱くなってきてる。


「一発で目が覚めたろ、俺も心配してたからな。」


「もう!」


 恥ずかしくて、一孝さんが見れない。ソッポ向いてしまいました。


「赤くなった耳も可愛いよ」


 もうダメ、両手で顔を隠して縮こまるぐらいしかできません。


 しばらくして落ち着いたと思ったら、


「コトリはどうだ?」


 って聞いてくれた。


私も気にし出したところだったんだけど、


反応がないの、無音、真っ暗。でも微かにいるようには感じる。そっと触れてきてるの。


「ダメ、返事ないよ。でも、いるのはわかるから」


「そっか、早めに帰って様子みるか」


 なんか残念なことを彼が言い出した。


「大丈夫、すぐ気付くって、ねえ、私と楽しもう」


 私は一孝さんの目を見ながらお願いする。


「お願い」


「そうだね、コトリが気づいたら教えてくれ。俺たちは続きだよ」


 一孝さんが私の手を取り引き起こしてくれた。お尻とか、裾とか汚れていないかも見てくれた。でも、


   パンパン


 お尻の汚れを叩くのは余計です。面前でしょ。



「恥ずいょ、でも、私は今からスタートだから、エスコートお願いね。一孝さん」


「おう」


 私が手を差し出す、彼は優しく握ってくれた。これから私たちのお祭りが始まるんだ。


 2人で、屋台を数軒も見ないうちに神社の内鳥居が見えてきた。


なんだ、だいぶ奥まで来てたんだ。


 「一孝さん、まずはお参りだね、帰りに屋台案内して。いいものあったんでしょ。ちょっとお腹張ってるし」


 彼は恥ずかしそうにソッポ見て、


「チョコバナナとか、ミニカステラとか、スティックワッフルなら、食べたかな」


「えーんなにー」


 一孝さんは私が詰め寄ると両手を降参ポーズにして、


「いやっコトリがなっ」


 ジト目で睨んでやると、


「俺も食べたかったです。はい」


 がっくしと項垂れてしまった。


 境内に入り、手水で口を濯ぎ、手を洗う。並んで1番前に来てから、まず鈴を鳴らす。


   ガラン ガラン


お賽銭を賽銭箱に静かに落として、


まず2礼


そして2拍手、この時にお願いするんだって、もちろん私は一孝さんと…


   パンパン


 最後にI礼


 で、横にづれて後ろの人に開けてあげる。


丁度出た時に、


「美鳥、一孝君、会えたね。参拝終わった?」


 ママっだ。家を出て一孝さんのマンションまでは一緒だけど、思わず、抱きついてしまった。


「あらあら、またぁ。美鳥も甘えん坊、治ってないのかしらぁ」


とは言っても、然りと抱きしめてくれた。


 心細いことあったんで抱いてくれてものすごく安心してしまった。私もママをぎゅっとしたよ。


「よしよし」


 ママは、ニコニコして頭もなでなでしてくれた。周りなんか関係ない、嬉しい。


「ちょっと美鳥ちゃん、着崩れてない?」 


 でも、ママが私を肩を持って剥がし、浴衣の崩れも見てくれる。


「ちょと、しゃがんでじゃって、えへっ」


「もう、しっかり着付けしたのにぃ」


 倒れたとは言えなかった。小さい声で、


「ちよっとトイレも」


 ママは彼の方を向いて、


「一孝くん、美鳥借りますね。待っててもらえる?」


「は、はい」


 境内の社務所の側に地域の公民館があって、トイレもあった。それも洋式。助かります。


 中に入って、手洗いシンクのあたりで、


「浴衣クリップ渡してあるよね、裾を帯に差し込んでクリップで留める。わかった?」


 ママの指示通りにする。ここから先は乙女の秘密。浴衣初心者だから、助かりますママ。


 出てくると、


「ちょっと胸元がはだけてるかな』


 ママが脇の下にある身八つ口に手を入れて、下の衿を引き締めた。すぐに前の衿も整えてくれた。


 そしておはしょりの折り返しのの上を持ってそれを下に引いて整えてくれた。


「裾も広がってない?」



 すぐにー上前を持ち上げて下前を引き上げ腰紐の上に押し込まれた。さらに上前も引き上げられ、同じく腰紐に押し込まれる。で、腰紐を結び目も直した。


「ママ、ごめんなさい。お腹もチョッチ苦しい」


「全く何食べたの」


 私はたべてない。コトリだよ。


 帯の下を引いて上に余裕を持たせてくれた。


「ありがとうね、ママ」


 ママは両手を腰に当てて、


「せっかく御めかししたんだから、一孝くんに可愛いとこ見てもらいなさいよ」


 わかってます。後半戦頑張ります。


「うん、わかった。行ってくるね」


「最後の花火は入り口の公園で見てるから待ち合わせでお願い」


 ママからの言付けをもらった。みんなで帰らないとね。


 その公民館の外に出て見渡すと、一孝さんは、すぐ見つけることができた。


 背がそれなりに高く、作務衣で腕組んでる姿は男前。自慢できます。


「一孝さん!お待たせっす。いきましょう」


「それほどでもないよ。行こか」


「はい」


私の後半戦始まりです。

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