第85話 美香姉のメール

 ピッピン


 再び、スマホにメールの着信音が鳴る。

 土下座で、下げていた頭を起こすと、ローブを羽織った美鳥がいた。パウダールームから出てきたようだ。

 でもなんかおかしい。しっかり拭き取れていないのか、濡れ髪になって、よれてしまっている。

 いつもは、くっきりとした目も虚になっている。歩き方もぎごちなく、ゆっくりになっている。


「おい、大丈夫か?」

「………」


 何か、呟いているのだが、聞こえない。ベッドから降りて近づこうとしたんだけど、


「近づかないで」


 いきなりの大声で拒絶されてしまった。でも、美鳥は、すぐ頭を左右に振って、


「ごめんなさい。違うの。違うんです。だっ、大丈夫ですから」


 さっきとは違う、なんとか聞くことができるくらいに小さくなった声で謝ってきた。


「そんなんだと、余計に心配になるよ」

「本当に大丈夫なんです。構わないでください。お願い、一孝さん」


 虚な目で俺を見て、力無く話してくる。


「お願い」


 絞り出すように話されてしまった。

 俺が躊躇していると美鳥は壁に備え付けられたライティングテーブルを向いて、置いてある自分のバックを開けて、何かを探し出したんだ。

釈然としなかったけど仕方ない、俺は先ほどきたメールを見るために、ベッドに置いたスマホを取り上げて画面を見た。やはり美華姉だ。


画面には



…………………<携帯>

美華だ。

美鳥の様子はどうだろう?


いつもみたいに笑っていたか?

ならいいのだけど。


塞ぎ込んでないか?

もし、そうなら





代わりにごめんと言っとく。




女の子の日って言えばわかるかな。 

美鳥は生理が始まったんだよ。


わかるな。

今日は諦めろ。

血だらけも思い出なんか、美鳥には持たせるなよ。

こんな時、女の子はナィーブでデリケートなんだ。





 

 俺は、思わず、美鳥の背中を見てしまう。

 美鳥の態度に納得してしまう。


   あ〜あ。


 昂っていただけに反動も大きかった。



    ピッピン


 3通目の美華姉からのメール。


 画面には



…………………<携帯>


美華だ。

どうだ?

持ってきたバックを開けて、すぐ見つかればいいのだが、

なんかワタワタし出したら、


 





 続きを読んで、顔をあげて白いローブの背中を見ると、

 美鳥がワタワタし出した。バックの中のものを何回も出したり、入れたり、終いにはバックをひっくりかえして、床に全てをぶちまけてしまう。


 そのうちに、


   グスン、グスン


 なんか、泣いて鼻を啜る音が聞こえてきた。美鳥を見ると背中が震えていた。そして遂にはしゃがみ込んでしまう。

 気落ちしているのがわかるよ。見るに耐えないと言うか、なんと言うか。

 スマホのメールの続きに書かれていたことがある。俺はしゃがみ込んでいる美鳥に近づいた。


「来ないでって言ってるのに」


 でも俺もしゃがんで美鳥に寄り添う。


「構わないでって言ってるのに……」


 次第に涙声になって、嗚咽も混じってきた。


「せっかく……二人きり……なのに…始まる…し」


 大きな瞳に涙を溜めて、美鳥は俺を見てくる。


「ごめん…ご…め…なさい。お…え…ん…あ…さぁ……い」


 ハラハラと涙が頬を濡らし流れて行く。言葉にもできていない。

そのまま、美鳥は俺に寄りかかってくる。鳴き声が大きくなる。


「おえん、ああん…うあぁーん」


こんな大きな声で泣く美鳥は初めてかもしれない。俺の記憶にはない。

しばらくして、少し落ち着いたのか、 


「で、…つけようとしたら、ないの。持ってきてなかったの。バックを大きいのに変えたからかなあ、ないの。入れてなかったの」


 再び、涙が流れ出す。


「お兄ぃ、すてないで、こんな間抜けな、私を見捨てないで」


 俺の着ているロープが引っ張られる。美鳥がギュッと自分の顔につけるように引き寄せているんだ。


 俺はといえば、美鳥に寄り添う側の腕はだめだけど、もう片方の腕は動ごかせた。

逆手になってやりづらいけれど、ライティングテーブルについている引き出しを開けることができた。中を探ると何かが指先に触れる。


 あった。


ポーチがひとつに、麻の袋がひとつ。

そのうちのポーチを


「はい、これ」


 俯く美鳥の膝の上に置いた。

ゆっくりとした動作で美鳥は俺のロープを手放して体を起こす。そしてポーチを見て、次に俺を見てきた。


「美華姉から、お前に渡してくれてって頼まれたんだよ」

「お姉ちゃんが?」


 ポーチのファスナーを開けて中身がわかると、美鳥の目は見開かれる。


「そうだよ」


 美鳥は、ポーチを抱き寄せて


「お姉ちゃんありがと」


 小さい声で呟いた。そして、


「一孝さん、ごめんなさい」

「んっ、なにが」


 俺の素知らぬ顔を見て、彼女は立ち上がり通路を歩きパウダールームへ消えて行く。


 メールの続きには、


…………………<携帯>



ライティングテーブルの引き出しに入っているポーチを渡してやってくれないか。

予備に持ってきたのを入れてある。

ワタワタしてるのは、こんな時に持っていなきゃいけないものがないと言うことなんだよ。

兎に角、渡してくれれば良い。

中のものについては、

聞くなよ、

喋るなよ。

中身を出すなんてもってのほかだ。

デリカシーは持ってくれな。

これっていうだけで良いんだよ。




 俺は、つくづく思う。本当に空港に向かっているのか? ビックリっていうプラカード持って出てくるんじゃないのか。

スマホを操作して、メールの返事を返した。

  


SEND…………………<携帯>



さすがです。美鳥は大丈夫と。



ピッピン


 美華姉から返信がすぐ来た。


    Vサインのアイコンが貼られて。








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