第80話 ごぜんさま 会議

 ハーバープレイスでのお手伝いも終わり、パパの車で家まで帰っている。

 まったりとした空間で、隣のシートでは、妹の美鳥が鬱ら鬱らしている。

一孝には預けるなんて言ってしまったけど、私がそばにいても安心しきっている顔を見ていると、まだまだ守って上げなきゃなんて考えてしまう。いけない、いけない。

頬についている顳顬隠しのほつれ髪をどかしてあげる。今日、2回目になるかな。確かー近いって聞いている。

 体調がすぐれない中、ライムとして一日中よくやったと思うよ。

 私もへとへとだね。そういえば、最後のジャンプは、心臓が飛び出るかと思ったよ。

 少し飛び上がって、くるっと回れば良いかと思ったら、


「ねえ、ママ」


 青いブラウスを着たママが振り向く。あぁ、今日一日はシアンになるんだっけ。

 でも、すでにポイントウィッグを取ってしまって髪型がショートボブになってしまっている。


「最後のサポート、やりすぎ。飛びすぎちゃって、私の心臓バクバクになったよ」

「そおぅ、美華ちゃんが鬼気迫る顔で頼んでくるものだから、張り切っちゃった」


 ママはちろっと舌を出してにっこりしてる。


「前の方へ2回くるくるって回って、スルスルって捻ってたでしょ。それでビシッと着地したじゃない。綺麗だったし、かっこよかったよ」


「でもね」


「凄いですよ」


 前のシートから、美鳥の彼氏の一孝が興奮して声を上げている。


「体操の床で誰も成功してなかった大技だそうですよ。タブレットで調べたんですが」


 タブレットを掲げながら、一孝が後ろを向いてくる。


「前方2回宙返り1回半捻り。然も伸身! 『サパタ』っていうんだそうですよ。更に伸身。H難度だそうですよ」

「お前が興奮してどうなるの。飛ばされたの私だし」

「いやぁ、美華姉、オリンピックに出ても金メダル確実」


 だから、そんな興奮するなって、


「別に体操の選手になるわけじゃないし。もし失敗したら膝を打って皿を割るか。後ろに落ちて尻骨を折っちまうかなんだよ」


 こいつめ、破顔していやがる。


「美華姉、お尻は、最初から割れてる」

「言ってろ! 割れてるじゃなくて折る、骨折なんだよっ」

「一孝くん下品。退場」


 一孝はすごすごと助手席にもどった。ママが苦笑いしている。


「話変わるけど、この後、どうするの?」

「夜は守道さんが夫婦で来て家飲みって言ってたわね。打ち上げだって」


 ママがなんか楽しそうな顔をしている。


「鼎たちと、ゆっくり話をするのも久しぶりなのね。楽しみなのよ。どう?美華ちゃんも一緒に」

「止めとく、というか、私、ナイトフライトでシンガポール行くんだよ」


 しょんぼり、美桜ママさんががっくりと肩を落とす。


「そうなんだね、行っちゃうんだよね。せっかく帰ってきたのに」

「だあー、向こうから帰ってきたら、寄らせてもらうから」

「そう、まってるわ」


 すぐに笑顔になった。


「家に着いたら着替えて、すぐに行くからね。サムソナイトを取りにホテルに戻らないといけないし」

「そうそう、なんで家に泊まらないかなって思っていたのよ。お泊まりセットとか、持ってきてなかったし」


 実は休みの間、1人なんだし、夜更かし覚悟で遊び倒そうとホテルの予約をしたんだ。自宅じゃ、どうしても門限が気になっちゃうじゃない。


「いや、ねえ。和也もいないし、都心ではっちゃけようと思ってホテルに泊まることにしたのはいいんだけどねえ」


 頭の後ろに手を回してカキカキ、


「まさか、海外へついてこいって呼ばれるとは考えも及びませんでした。ぴえん」

「そう、言う割にはサムソナイトを持ってきてるくせに、期待してたんじゃないのかな?美華ちゃん」


 ぎくっ


 鋭い。心のうちじゃ、呼んで欲しいって祈ってたのも事実。呼ばれれば、いつでも追っかける気でいたんだ。

 それが入国が難しいところじゃなくて、ビザもいらないシンガポールだよ。

 あそこには、マーライオンや、天空のインフィニティプール「マリーナベイサンズ」があるアジア屈指のアミューズメントなのよ。

 行かないなんて選択肢はありません。


「でね、ホテルの予約が後1日分あるの。まさか、こんなに早く呼ばれるなんて思ってもなかったんだから」


 朝、一孝へのちょっかいの対価として美鳥に頼まれていたのは、ずっと考えていたんだ。


「そこで、残り1日は美鳥に譲ろうかと」


「美華ちやんは、行っちゃうわけだから、都心に美鳥1人でだけって危なくない?」


 ママが言うのは御尤も。そりゃそうだ。そうなんだけど、


「今からは、私が送っていくし、迎えは一孝に行かせれば良いよ」

「でもねぇ、眠そうで体調良くなさそうだし、ウチで寝かせてあげた方が良くない?」


 ちょっと旗色悪いかな。


「休憩の時に美鳥にホテルのモーニングヴュッフェの話をしたら、すごく食いついてきて、行きたい食べたいって言ってたんだよ。今日1日のご褒美ってことでどうかな」


 私は、隣でシートに腰掛けて眠っている美鳥の肩を強っく揺すって目を覚まさせようとした。

ガクンって一段と肩をゆすって、頭を振った。するとなんとか美鳥が目を薄く開いて目を覚ましたんだ。もう一度、揺らすと美鳥のやつ、鳩が豆鉄砲喰らった顔で目を見開いている。


「なっ、美鳥。お前言ったよなあ」


 あと、もうひと押し、ママに見えづらい角度で、腕で美鳥を揺する。


「なあ!」

「はいっ」


 美鳥も揺すられた反射で、思わずに返事してくれた。その後、目が泳いでいたけど、しらな〜い。


「まあ、美鳥がいいなら、しょがないかな」


 なんとか、ママを誘導できたかな。

ママは美鳥に向かって、


「ママたち、これから鼎たちと飲んで騒ぐのね。五月蝿くなるから美鳥ちゃんは美華ちゃんの泊まっているホテルで静かに休みなさい。それで良いかな」


 やはり、ママから見えづらい角度でパチパチとウインクでサインを美鳥に送る。


「うん、いいよ。ママたちは、私に気兼ねなく飲んでお話して、久しぶりなんでしょ」


 にっこりと思ってた以上の返事を美鳥はママに返してくれた。

 因みにパパはママには、甘々なのね。ママさえOKなら、万事OKなんです。逆らえないとも言います。


 ふぅー。約束は果たしたよ。


まあ、美鳥。後は頑張れ。

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